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思索 電子回路 論評等 byホロン commux@mail.goo.ne.jp

少し詳しいΔΣ変調② 始めにΔ変調ありき

2010-03-22 02:49:30 | 電子回路
今回はΔΣ変調が考案された成り立ちをたどってみましょう。ΔΣ変調の生みの親である、早稲田大学理工学部教授の安田靖彦さんは、当時を振り返って次のようにお話しされています(郵政研究所月報 2001.7)。短い言葉の中にΔΣ変調の決定的な核心部が語られており、非常にリアリティが感じられる味わい深い文章です。

「私事になって恐縮ではあるが、このデルタ・シグマ変調は今から40年も前、昨年秋に逝去された猪瀬博先生の研究室に私が大学院学生として在籍中、あるきっかけで創案し命名したものである。
(中略)
当時は真空管からトランジスタへの移行期で、デジタル回路は現在からは想像できないほど高価であった。そこでこの試作交換機では通話方式として、PCMではなく回路が簡単なデルタ(Δ)変調を用いることになり、私がその担当者となった。

昭和35年の秋、先生から我々大学院学生に新しい卒論生に与える研究テーマを考えるように指示があり、ふと思いついたのがこの方式であった。デルタ変調は入力信号の微分値を運んでいるから、受信パルス列を積分することによって原信号を再現する。このために伝送の途中で誤りがあると、後々までそれが影響するのが問題とされていた。これを避けるためには、予め入力信号を積分してからデルタ変調すれば、その出力パルス列は入力信号の振幅値そのものに対応し、受信側では積分操作は不要となる筈ではないか。この考えは一見尤もらしかったが、このままでは実現できないことにすぐ気がついた。直流成分を持った入力信号がくると積分器がすぐ飽和してしまうのである。この困難にたいしては、一両日の間に解決方法を見つけた。この積分器をデルタ変調器のフィードバックパスに存在する積分器と一緒にして差分器直後のフォワードパス内に挿入するのである。この効果は絶大であった。誤り波及がなくなると同時に、入力信号と出力パルス列の積分値の差が常に零レベルとなるようにフィードバック制御される結果、安定度が高く、精度に対する要求条件が緩やかとなる利点が生じた。
(中略)
この方式はデルタ変調という既存の技術をベースにしたが、性能が中途半端な後者がその後殆ど実用されていないのに対し、デルタ・シグマ変調は前述の通りの状況である。まさに出藍の誉れと言うべきであろう。」
(本文書を紹介してくださったktさん、ありがとうございました)

はい。当時の苦労なども目に見えるようですが、、多くの図や式などをあれこれ考えるよりも、「あ、そういうことなのか!」と一気に全体像がつかめますよね。既存技術のΔ変調を改良する構想からΣΔを発想し、入力部の積分器(Σ)が飽和する問題を解決するために、Δ変調のフィードバックラインに存在する積分器を、差分器(Δ)の後ろのフォワードラインに移動させて、ΔΣ変調を完結させたということなのですね。

それから、安田靖彦さんは同文書において、ΔΣ型AD変換器について次のようにもお話しされています。

「この方式がこのように最近脚光を浴びているのは、他の方式と比べて、回路内で精度を要するアナログ的な部分が極めて少なく、集積回路(LSI)化し易いことにある。」

つまり、何よりも“生産性に優れている”と言うことですね。この辺りは、一昔、1ビットオーディオをの優位性を盛んにアピールしていたシャープの説明と少し趣が異なるようです。特にオーディオ帯域においてΔΣ型が優れているといわれる理由として、ΔΣ変調の有するノイズシェーピングという特性に言及されることが多いようですが、これについては、また後々に触れてみたいと思います。
(そういえば、1ビットオーディオも最近あまり聞かなくなったような...。)

関連記事:
少し詳しいΔ∑変調③ 積分器の出力 2010-03-25
少し詳しいΔΣ変調①序 2010-03-21
コメント
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