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噛噛堂 あと2112冊

遅読、積ん読、併読、乱読。それでも読んどく、70までの2112冊。いよいよカウントダウン。

祈りの形 1

2010年06月27日 | つくっ棚

「はじてのレース編み ミニドイリーパターン100」 朝日新聞出版 より
34ページ 作品41 を、
NASKAゴールドレース糸 ♯18/2号針にて。


それにしてもNASKAゴールドレース糸 ♯18、えらい強張った糸でした。
引き抜くたびに、ぷちぷち音がするほどの。

体の贈り物

2010年06月26日 | ろうびょうし棚

レベッカ・ブラウン    新潮文庫  2004年(1994年Copyright)

11の短編は、ケアワーカーの「私」とその訪問先の人々とのものがたりです。
「私」が訪問する先の人々は、「ある共通の病」を抱えています。
治癒することのない、「ある共通の病」を。

時として壮絶なまでの介護現場。
精神的にも。物理的にも。
そうした現場に、ケアする者としてのまっとうな感情を以って臨んでいる「私」ですが、
レベッカ・ブラウンの表現は、まったく感情にまみれていない。
しかしだからといって、ただ淡々とした報告書ではない。
レベッカがどれほど巧みに「現場」を綴っているか。
たとえばこんな一場面、
私は彼の体に軟膏を塗りはじめた。ほかのことは考えないつもりだった。心のなかでもこの人と一緒にいるつもりだった…(中略)…ある意味では、いい感じだった。パーティーで知り合った人とか、近所に越してきた人とかと普通に話しているみたいで。でも何だか、そこに四人の人間がいるような気もした。普通に話している人間が二人と、軟膏で他人の体に触れている一人と、腫れ物のできた体を持った一人…

なんという現場感。
ケアをする者と、ケアされる者。
感情のタレ流しではどうにもならない、そこは「現場」。

ケアをする者と、ケアされる者。
一方向に見える行為を、しかしいつしかレベッカは、
様々な「贈り物」を媒介にして「する・される」が双方向である事実を浮き上がらせていくのです。

11編の小さな短編たちが、どでかい「贈り物」になって胸に迫る、出会えたことに感謝の一冊。
そして私にとっては、
オヤジを見送った日々と「あの日」について、あらためて丁寧になぞることのできた一冊となりました。

この時期にこの一冊。
なんというホントの本との出会い。。。
だから本はやめられない。

new104冊目(全110冊目)

葬式は、要らない

2010年06月22日 | ろうびょうし棚
ためらい傷、というのがありますが、
ためらい本、というのもあります。

ためらい本。

なんか、今、このタイミングで読んでしまうと、ちょっとどうなんだろう…
そう思いつつ、少し読み進めて、やっぱりやめとこうと思って他の本に手を出すけれども気になって、また…

そんなためらい本がうんと増えていたこの数カ月ですが、
ためらう理由がなくなってしまった今、読み進めて見ようと思います。
ためらい本の一冊目。

島田裕巳    幻冬舎新書  2010年

新書商法によくある過激なタイトルがついており、
案の定、その後「葬式はいる」的な新書出版が相次いでおりますが、
何も無闇矢鱈と「要らない」と言っているわけではありません。

この縮小経済の日本にあって何でこの金額?
この無宗教もいいとこの日本人にあって何で仏教?
そんな転ばぬ先の杖、あの世に召される前の必読の一冊です。

それにしてもこの日本では、フツーに葬式あげるよりも、
「宇宙葬」(!!)にした方が安上がりなほどだなんて。ねぇ。

とりあえず今回、我が家においては全国平均値は下回った(!)ってとこに小さくガッツポーズです。
そして、なかなかいい葬式だったよなぁ、ねぇ、じーさん… ってとこにブブゼラ連発泣き笑いです。

new103冊目(全109冊目)