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噛噛堂 あと2112冊

遅読、積ん読、併読、乱読。それでも読んどく、70までの2112冊。いよいよカウントダウン。

心にナイフをしのばせて

2010年03月31日 | よのなか棚

奥野修司    文春文庫  2009年(2006年単行本)
 その事件が起きたのは、1969年。高校入学間もない加賀美洋は全身をめった刺しにされた上に頸部を切断されて死に至った。犯人は同級生・少年A。40年近くの歳月を経てもなお、情け容赦なく事件を引きずらざるを得ない遺族に添って取材を進めていた著者が知った衝撃の事実とは、少年院で更生(?)した少年Aが、長じて弁護士となっていたことだった…!
少年法とは何なのか。被害者の視点を欠く法律が、犯罪により傷ついた被害者の遺族を更にどん底へと引きずりこんでいる実態を明らかにした渾身のルポルタージュ。


服役を終えた犯人が弁護士として活躍している?!

小説?
と、一瞬迷うほど衝撃をおぼえる帯広告ではありますが、本文の大部分は淡々とした独白形式。
導入部分と、その後ポツポツと母親の語りは挿入されるものの、
母親がどれほど「壊れた」のか、残された家族がどれほど「底を見た」のかを浮き彫りにするのは、
今は家庭も持ち、仕事も持つに至った、洋の妹による独白です。

さて、「心にナイフをしのばせて」いるのは誰なのか?

このタイトルの意味を知るその箇所まで読み進めた時には、その心にしのばせているナイフのあまりの鋭さに言葉をなくすしかありません。

その一瞬一点で起きた犯罪が、
どんなに長く、どんなに広く闇を投じるものなのか。
読後はただ、その闇を知らずにいられる奇跡を思うばかりです。

new84冊目(全90冊目)

眠狂四郎無頼控 (一)

2010年03月23日 | そのむかし棚
言っときますけどGACKTファンじゃないですから。
とりあえず言い訳してしまうほどタイムリー?
たまたま噛噛堂ではシバレンキャンペーン中だったわけですが、眠がGACKTで舞台化とは…

柴田錬三郎    新潮文庫  昭和35年

シバレン作品は買い集めようかなぁとも思ったのですが、懸念は昨今の活字拡大化です。
…やがて、深夜の路上に、幾人かが円月殺法をあびて仆れ伏す筈であった…
ってなノリをですよ、これ以上太りようもないほどにまるまるっちい活字で読んでごらんなさいよ、
そりゃ円月殺法どころか月に向かってお仕置きよ、ですがなー。
なので図書館の倉庫に眠っている真っ黄色に変色した古文書並みの文庫にて味わうことといたしました。

それにしても眠狂四郎。
とりあえず一巻目を読んでみたところでは、
無頼とか孤独とかと言いつつも、
けっこー、おせっかい焼き。
かなり、さびしんぼう。
かまってもらいたいキャラ。

いや~、自分の方から果たし合い仕掛けるし、
あまつさえヒトのかたき討ちにまで首突っ込むし。
そういう意味では、GACKTにぴったりじゃん!ナイスキャスティング。
大河んときの謙信ノリでやってくれるんでしょ?
無頼とか孤独を気取っていながら「見て見て~、オレを見て~っ」感じで。
うーん。そりゃまさに眠狂四郎。いいかも。


実は、物語としては、ころび伴天連の父親に対する葛藤がいつしかどこかで人物をデカくするために昇華していくのか…
と、そこにふくらみを期待していたのですが、「え?まじ?」ってくらいあっけなく出会って、しかも殺しちゃったりして。
それでチャンチャンにしてしまうのかどうなのか?!
そこんとこも知りたいじゃないかとばかりに二巻三巻への期待を持って、第一巻の終わりです。

new83冊目(全89冊目)

想い雲 -みをつくし料理帖-

2010年03月22日 | 食っ棚

正直言って、三巻目ともなると惰性ですうー。
もしもグインサーガなみの事態になりそうな場合には、その切り上げ時判断が難しいところです…

高田郁    ハルキ文庫  2010年
 ご存じ江戸の女料理人・澪をめぐる人情噺の第三弾。いよいよ小松原様の正体があきらかに…?!


種市翁の 「こりゃまた滅法」 「こいつぁいけねぇ、こいつぁいけねぇよぅ、お澪坊」 この決め台詞も、
もはや水戸黄門の印籠並みです。
いよっ、出ましたっ、種市っつぁん!

相変わらずスルスル読めるのはいいんだけど、
あまりにスルスルしすぎてて過去に登場した人物が再登場するたびにいちいち「誰だっけ」状態(苦笑)



ところで。
大阪弁で、「引っ込んでてんか」と言いますか?
この場合、「引っ込んどいてんか」の方がしっくり来るような気がするのですが。
あと、「…下さいましよ」なんてへりくだる相手に対して、自分の事を「俺」って言いますかね?

あーヤダヤダ。
スルスル読めちゃうとこういう小骨の引っかかりがどうしても気になって仕方がない。

new82冊目(全88冊目)

ドンナ・マサヨの悪魔

2010年03月21日 | that's ものがたり棚

村田喜代子    文藝春秋  2009年
 イタリア留学していた一人娘が、気のいいイタリア人のパオロとの子を宿し、出産すべく日本に舞い戻ってきた。どうしようもないほど「現実」である夫と、出産という一大イベントに舞い上がる娘夫婦の中にあって、マサヨはある日、ムスメノオナカノナカニイルモノに話しかけられる。「アイツ」と形容するしかないほどのオナカノナカニイルモノは、「向こう側から旅をしてきた者」だという。…やがていよいよ「アイツ」との対話の中で出産が進行する…


とりあえず、ホラーではないっす。
いや、こんな紹介のしようじゃあ、どう見たってホラーなんだけど。
ムリにでもジャンル分けしようとすれば、これは、
祖母小説 といったところでしょうか。そんなものがあるとして。
そしてそんなものがあるとしたら、今のアタシが読まんでドースル?ってなもんでしょう。

自分自身の腹の中に居るほどの一体感はなく、でも赤の他人様の腹の中ほど他人事でもなく…
そんな中途半端な位置のもたらす所在のなさが何を求めて何を得るのか。

そんな気負いがあって読んだわりには、お話自体は何をどう感じ入ったかというものでもなく、はっきり言ってうまく読み解けなかったのですが、
マサヨという人の、妻として母として規模として祖母としての、各対象への距離のありようがどこか自分自身に似ておりまして、改めて「醒めてるヤツ」と我が身を評価。

もしもこれをドラマにでもして、この醒めてる感を出したいのらばマサヨ役はソフトバンクの樋口可南子、でしょうか。





おっとおっ! その図式はアタシが樋口可南子ってか。





ごめんなさい。サムすぎました。


new81冊目(全87冊目)

銀盤のトレース

2010年03月20日 | スポ棚

碧野圭    実業之日本社  2010年
 名古屋でフィギュアスケートの上達に熱中している小6の朱里。スケート開始年齢は遅いながらもダブルアクセルが得意な朱里だが両親は「お金がかかる…」「勉強は…」とスケートの継続に否定的。スケート継続を賭けたバッジテストにはたして朱里は受かるのか…


マンガの原作。またはテレビドラマのノベライズ。てな感じで。
ストーリーに乗せてさらさらさらっとフィギュア世界をちょい覗き程度を前提に読む分には、まあまあか。

「お金だったら、我々だって協力する」…あまあまジジババとの家族会議はナンダカナ~だし、
朱里の才能を開花?させることになった往年のスター選手との関わりも中途半端だし。

ま、マンガ、マンガと。ノベライズ、ノベライズと。

new80冊目(全86冊目)

梅一枝

2010年03月19日 | そのむかし棚

柴田錬三郎    集英社文庫  2008年(文庫版オリジナル編集)

シバレン。
まずは作家というより、よくテレビに出ていたうちのおじいちゃん似のヒトなる認識。
作家としての認識は、まだ中国loveだった頃に「てっとり早く三国志を読破したい」と手に取った「英雄ここにあり 上・下」
続いてこれも中国モノ「毒婦四千年」
いずれも、なんとも血沸き肉躍る読中感!
そのうち全作品を読破してみたい…なんて思いつつも無為に時は過ぎてゆき…
それがなんだかキブン的に、突然今年はシバレンな感じです。
ウォーミングアップとしては短編がよろしかろうというわけで、手にとった剣豪モノ。

9編の中で実はラスト1編だけは、剣豪ではなく、気持ちだけは剣豪にならんとしたある小者の話。
剣豪小説集でありながら、トリをつとめたのが剣豪ではなく、ジブンに重ねられる程度の情けなき小者とは。
なかなか憎い編集です。

new79冊目(全85冊目)

美晴さんランナウェイ

2010年03月16日 | that's ものがたり棚

山本幸久    集英社  2007年
 27歳の美晴さんは、世宇子の叔母さん。「もう許さない!」と思ってしまう奔放で勝手気ままな美晴さん。そんな美晴さんが、実はさびしんぼうで、どんなにお母さん(世宇子のお祖母ちゃん)を思っていたかが、女の子から少女へと成長する時期の世宇子の目を通して描かれる。家族小説ならぬ一族小説(?)


各章トビラの挿絵、そして主人公・世宇子の年齢設定…
ジュニア小説の趣ですが、てゆーかジュニア小説?
いえいえ軽く見ているのではなく、ジュニアに訴えるってのはなまじなオトナ相手よりも大層なことですから。
中学生になんなんとする孫がいたなら、ぜひにもの推薦本。

家族のあいだで交わされる日々の会話の数々が、
小さな日常であっても、時としてやっかいなスッタモンダであっても、
どれもこの家のフツーを見事に見せてくれている。

家族の日常。それは、可笑しくてやがてせつなき。
お父さんのつくってくれるチャーハンや、
お母さんと半分こするおかわりのおしるこや、
世宇子の布団にもぐりこんでくる美晴さんのセリフや、
いろんな日常の何やかやはクスクスと可笑しくて、
だからそれが日常であればあるほど怒涛のようにラスト結婚式の日に集結していきます。
日常が、最後に怒涛。

とてもとてもとても、シアワセなものがたりです。

new78冊目(全84冊目)

円朝の女

2010年03月14日 | 「その時」棚

松井今朝子    文藝春秋  2009年
 名噺家・三遊亭円朝をめぐる5人の女の一話完結オムニバス。


「吉原手引草」とコレしか知らない松井氏ですが、
「吉原…」もコレも、全編、語りによる展開。
これがどうも、饒舌すぎて(しゃべりっぱなしってことだものアタリマエですが)疲れるのです。

5人の女を描くことで円朝が浮き上がってくるのか、といえばまるで浮き上がってこないし。
ま、円朝はボヤけているけど、江戸の末期から日清戦争の頃までの、
「その時代」は浮き上がってくるので、もともと作者の意図はそこなのか?

なので「その時」棚へ。

new77冊目(全83冊目)

ザ・葬式

2010年03月13日 | ろうびょうし棚

延々18年の「積んどく」本。ビフォアおくりびと。

小杉哲平    朝日新聞社  1992年
 関西で葬式の司会者をつとめる著者が見た、「そんなんあり?!」「それってないでしょ!?」な悲喜こもごもたち。


もちろん悲惨で痛々しいタイプ(?)のものについては憚られるから、
ここで紹介されているのは「小説よりも奇なり」なトンデモ話が多くなる。
ただし、ドタバタしているだけのように見えながら、
著者が本文中でも、またあとがきでも触れているように 「ただ悲しいだけというのは幸せだ」 という、そのごくシンプルな事実が浮き彫りになってくる。

願わくば。
アタシは自分で唱えられもしない経文で送られたくはないし、
アタシは墓場という物理的な場所に置かれたくはないし、
ということで。

new76冊目(全82冊目)

居住の貧困

2010年03月06日 | よのなか棚
本間義人    岩波新書  2009年
 住宅。それは本来、国民の人権としての居住権を保障する上で社会政策の一環として展開されなければならないはずの問題。それが政策なきままに、いや、社会政策ではなく「経済政策」として展開されてきた結果の諸問題を提示する一冊。


災害とは背中合わせのこの国土。
ジブン自身の高齢化は想像の及ぶ範疇内。
「ハウジングプア」は他人事ではありませぬ。

ジブンの金の言い訳に日々を費やしているあのお二人には他人事でしょうがねえ。。。



図書館新着本コーナーの中から、
普段なら手に取らないかもしれない一冊をムリヤリ選んでみるのも此の如く一興でしたな。

new75冊目(全81冊目)