風のいろは 何いろ?

緑を渡る時、空を吹き巡る時、風は何色なのだろう?
風には色はないけれど、私には………。

「日々の歌」(キリスト集会の信仰の歌)を聞いています

2006-04-16 | 日記
以前は 頭とお尻で 同じフレーズを何度も繰り返すのが
煩わしいと感じることがありました。
しかし今回車の中で 1番から順番に聞いてみようと
しみじみ歌詞に耳を傾けて かなり意識して聴いていたら
何度も繰り返すフレーズは とても重要なことだからだと
思いました。 そういうつもりで聴くと
煩わしいと感じていたフレーズを 噛むように聴いている
自分がいます。 巻き戻し(CDだから本当は違うけど)して
何度も聴いてみたりすることも。

今回 日々の歌を聴いていて 一番心に響いてくるのは
(私の心に訴えかけてくるのは)
『イエス・キリストの十字架の御業miwaza』です。。。
教会で祭られている 十字架に磔haritukeされたキリスト像を
思い出しつつ イエス様の事を思い浮かべつつ…。

これまで私が思い描くイエス様像は いつも 「羊飼い」の
ように 優しく微笑む 穏やかなお姿でした。
しかし今日々の歌を聴いていて 描くお姿は
十字架に磔にされ 血を流されていらっしゃる イエス様です。



今 やっと 私を購うaganauために 十字架につけられた
イエス様のことを 覚え始めています。(かなり遅いですけど)
購う、という言葉、兄姉がたから散々聴いていたけれど
今 やっと 原罪とか 購いとか 赦しとかが
具体的に分かってきたところです。
(いえいえ まだまだですけど・・・・)



イエス様がいらっしゃらなかったら 私達は神様と
和解できなかった。 神様は私達人間をお赦しになれなかった。
私は 神様にお祈りすることもできなかった。
神様に「お父様」と話しかけることもできなかった。
すべて イエス様のおかげ。。。

そして そのイエス様を世に送ってくださったのは
神様ご自身。 それほどまでに 私たちを愛してくださった。
神様の大きな愛。憐れみ。



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