水銀党本部執務室

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【不屈の鉄則】第二第三の加藤智大の登場を許すな

2013-06-09 22:30:53 | Weblog
<秋葉原事件5年>交差点に花と祈り
http://snsoku.net/news/1735958

5年目は、「節目」ではない。
私は毎年あの日起きたことを忘れない。愛する街が地獄にされたことを。
そして主張したい。この国には未だ解決していない問題があることを。

アメリカでは先のボストンマラソン爆弾テロの追悼ミサにオバマ大統領が駆け付け、「来年、必ずこの地に再び世界中のランナーが集まる。合衆国とボストンはテロには屈しない」と、ボストンマラソンの継続を宣言しました。異国の指導者の力強い決意の言葉に、胸を打たれた。
9.11事件でワールドトレードセンターが倒壊したグラウンドゼロには犠牲者の慰霊碑とともに、計画時点で高さ世界一の新しい超高層ビルが建設中です。
アメリカ合衆国には二つの揺るぎない鉄則がある。
ひとつはテロとその犠牲者への容易には風化しない追悼の意志、「リメンバー」。
そしてもうひとつは、国際常識となった、決してテロに屈しない姿勢。
「屈しない」とは、テロ以前にそこにあった日常が、人々の営みが、息づく文化が習慣が、価値が、テロ行為の結果として萎縮し失われたり後退したりして、犯人やその予備軍に「テロによって世界を自分の望むように変えられた(る)」と誤った餌を与えてしまう恐れのあるいかなる状況も国家や社会が決して容認しない断固とした姿勢なのです。

翻って、5年前の日曜日に秋葉原の歩行者天国であの忌まわしい惨劇が発生してからの、我が国の官民の姿勢はどうだったか。
事件後交差点脇に設けられた献花台は、当時現場前にビルを建設していた某大手デベロッパーから「心理的瑕疵になって物件の価値が下がる」と圧力をかけられて早々に撤去され、そして今日に至るまで、一般市民による慰霊の手段は現場の道路に献花するのみで慰霊碑も整備されず、政府・自治体主導の追悼式典も聞いたことがありません。
共同通信には、5年を経た秋葉原では現場の花に足を止める人もまばらで、街を訪れる人の大半はアイドルユニットのイベントに夢中で事件の風化が進んでいるなどと屈辱的な報道をされてしまう有様です。

そして事件の舞台になった歩行者天国。再開するまでにいったい何年かかりましたか?
安全策の検討に時間を要したといいますが、遅すぎる。
技術的な警備の議論にさかれた時間など、本当はごく一部だった。
警備が面倒なので新規の歩行者天国を認めず、既存の歩行者天国についても何か理由を見つけて廃止しようと、まるで外様大名を取り潰す徳川幕府のように虎視眈々としてきた警察。
歩行者天国の恩恵を受けられなかったり秋葉原の自由と多様性という価値を共有できない一部の地元住民。これら、事件の前から、つまり事件と関係なく歩行者天国が無くなればいいのにと思っていた一勢力が、惨劇に乗じて歩行者天国を葬ろうと一種の政治的策謀を企てたことは誰もがご存知のはずだ。
その非道徳的で不毛な停滞が、社会に、歴史に、どのような影響を与えるか。
人々は週末に秋葉原を訪れて、それまで当たり前だった歩行者天国の消えた異常な風景を目にするたびに、犯人・加藤智大の行為の大きさを思い知らされた。
これがテロに屈したのでなくて何なのか。第2第3の加藤智大に誤ったシグナルを送っていると何故想像できない。
加藤はモンスターではない、元はただの平凡な個人でした。ボストンマラソン爆弾テロを起こした兄弟もテロ組織ではない、加藤と同じ個人だった。
犯罪者予備軍は我々の中に無数に、いや、我々の心の中にも潜んでいる。
犯罪で世の中を変えられるなら、それが簡単にまかり通ってしまうなら、加藤智大が死刑になっても第2第3の加藤が現れる。
現に、黒子のバスケ脅迫事件は現在も進行中、被害は拡大する一方ではありませんか。

アメリカは、来年には再びボストンマラソンを開催すると大統領が約束しました。
全世界が注目する中で、模倣犯がテロを起こすリスクを承知で、それでも敢えてマラソンを開催する。ボストンマラソンの警備範囲は、秋葉原の通りの比ではない。

もし日本でマラソン大会がテロにあったなら、翌年に開催するなど到底あり得ないでしょう。
危険だから?
でも中長期的視野で見れば、テロの結果としての原状の改変を容認してしまう方がはるかに危険です。国際社会はそれを知っているから絶対にテロに屈しない。
日本のメディアは秋葉原事件を「通り魔事件」としか呼ばない。私もずっとその呼称に合わせてきたが、もし「通り魔」という言葉が事件を矮小化し本質をぼかすために使われているのなら、断言します。あれはテロです。ボストンや9.11と同じように、暴力によって社会に対し自らの目的を達成しようとした。
絶対に屈してはならなかったのです。
今からでも手遅れではない。日本の病根を断ち切り、暴力を抑止する強い社会を。
それが、犠牲者の無念に報いる唯一の道です。

冬月
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