コラボレーション     経営研究所ブログ

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日本の伝統芸能はコラボレーション:“協創”

2009-04-01 23:08:38 | マネジメントエッセイ

芸どころ博多に赴任し、「博多をどり」を観て地方の声の美しさに感動し長唄を始めたのが平成6年。 時間だけは既に10年以上が過ぎた今、やっと長唄らしい唄い方になってきたと周囲から言われるようになった。石の上にも3年、年期は最少10年と言うから才能がなくとも継続は力と自分自身も実感している。
長唄を中心に、必然的に歌舞伎、文楽、能・狂言など日本の伝統芸能に関心を持つようになり、歌舞伎座、国立劇場などで生の芝居を鑑賞する機会が増えた。その折々に、日本の伝統芸能、邦楽は“コラボレーション”そのものと感じ入っている。
歌舞伎では、長唄・常磐津・清元など“音楽”である「歌」、舞踊に代表される“動き”の「舞」、そして“演技・演出”である「技」。これら3つの要素で構成される舞台劇であり、その三位一体は“コラボレーション関係にある”といえる。「人形浄瑠璃」とも呼ばれる「文楽」では、物語の根幹である浄瑠璃を語る“太夫”と物語を音で描写する“三味線弾き”、それにひとつの人形を3人の分担と共同で操る“人形遣い”の三業が三位一体となって完成される“コラボレーション”そのものです。
これらの日本の伝統芸能が西洋の音楽や演劇と違うのは指揮者が不在のままで演じられることです。 指揮者の合図無しでは演奏が始まらない西洋のスタイルには制御されたシステムを感じざるを得ません。 コラボレーションの基本ともいえる、個人の意識とその技が前提として、それらの相互作用、関係性が 創リ出すものだ。日本のスタイルは構成要素である演技・演奏者の自律を基本にした調和が感じられます。                                           
日本の伝統音楽、いわゆる邦楽は長唄、常磐津、清元、浄瑠璃などが代表的です。長唄、常磐津、清元では三味線弾きと唄い手、浄瑠璃では語り手である太夫と三味線弾きとの関係は主と従、主役と脇役、伴奏の関係ではありません。お互いの技を引き出し、最大のパフォーマンスを創りあげる目的を共有する双方が“主役”と言えるのです。この関係は協同で創造していく「協創」関係、すなわち“コラボレーション”そのものです。三味線は単なる伴奏楽器ではありません。文楽では、義太夫を語る“太夫”や長唄の“唄い手”は節と美声で、“三味線引き”は音と旋律で、物語の情景や心理描写を微細に渡り創造しながら、作品の主たるテーマを観客に訴えていくわけです。 このように能・狂言、歌舞伎、文楽、日本舞踊、など日本の伝統芸能は コラボレーションそのものと私は解釈しています。
しかし、西洋音楽がコラボレーション志向でないと断言しているわけではない。コラボレーションが如実に展開されている音楽があります。ジャズ音楽がそれです。それぞれのプレイヤーが自分の意思を音に託してせめぎ合い、関係性を高めあって、新たなサウンドを創造していくプロセスはコラボレーションそのものであると言えましょう。

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“Collaboration:協創” との出会い

2009-04-01 22:44:00 | マネジメントエッセイ
■“その時”は1990年10月16日
Mr.Collaboブログのオープニング、第一号記事は「Collaborationとの出合い」が最もふさわしい。私自身のビジネス人生の最も大きなターニングポイントになった出会いであるので決して忘れられない。
“その時”は1990年10月16日、火曜日。所は米国ボストン。時は流れても記憶は鮮明に蘇ってくる。日本の繊細な“もみじ”とは異なり、大きな楓の葉が、見事に秋の色に染まっていた。当時、日本とアメリカの間で経営コンサルタントとして活躍していたバーニス・A・クレーマーさんと会うのは、 久しぶりでした。午後7時、約束のレストランに現れた彼女から一冊の本を紹介された。 タイトルは『Shared Minds』。表紙にはエジソンの電球のイラスト。副題は「The New Technologies of Collaboration」。この時初めて “Collaboration」(コラボレーション) ”の言葉を知った。彼女の発音 の快い響きが今でも耳に残っている。著者はロサンゼルス・タイムズのコラムニスト、マイケル・シュレーグ(Michael Schrage)。
その内容はそれぞれバックグランドの異なる量子物理学者たち、ワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の発見、ピカソとブラックによるキュビズムの創造など多岐にわたるコラボレーションの成功事例をもとに個発想をベースに知的活動におけるコラボレーションのコンセプト、多様な形態、テクノロジー・ツールを先見的に説いている。著者自身はMITメディアラボでの体験があり、コラムにストとしての多様な視点からの考察が説得力を高めている。213ページの概要を聞き終わらないうちに、「これだ!」とまさに、表紙の電球のひらめきを感じた。

■「コラボレーション」への3つの想い
「組織の活性化を図るには個々人の持つノウハウや知識が重要であり、創造的ブレークスルー(革新)は異質・多様な人と知識の融合から生まれる」と信じ、実践していた私のマネジメントスタイルは、まさに著者のマイケル・シュレーグの説く『コラボレーション』の考えそのものであった。
その場で翻訳出版して『コラボレーション』のコンセプトを啓蒙、普及しようと決心した。その想いを強くしたのは3つの核心であった。私自身のマネジメントコンセプトがコラボレーションそのものであるとの確信は勿論、さらにPCやインターンネットの普及、情報通信技術の進歩によってメディアやツールが開発されコラボレーションの利用環境が実現すると仕事柄確信していた。
シュレーグ氏は日本人は優れたコラボレーションの実践者である語りかけている。しかし、世はグローバル社会。同質の仲間意識から革新を生むには限界である。異質を受け入れ、その知的融合を図ることでイノベーションを起こすマネジメントが企業経営のみ多くの社会問題、国際問題の解決求められている。日本人の伝統的な特質を活かし国際社会に通用する異文化間のコラボレーションの必要性、これが第3の確信であった。
幸いなことに、この本を紹介してくれたクレーマーさんは、シュレーグ氏とも交友関係にあり、翻訳の了解を取り付けてくれた。帰国後、会社の了解を得て、社内外の仲間で翻訳作業にほぼ1年間をかけました。この間、著者のシュレーグ氏、紹介者のクレーマーさん、それに私達翻訳メンバーの取り組みは、コラボレーション活動そのものだった。

■コラボレーションを「協創」と称す
日本語タイトルをどうするかと悩んだ。「Shared Minds」よりも副題の“Collaboration”をタイトルとしたかったが“コラボレーション”では、当時は認知度も低く、多くの読者を得るには難しいと考え、「心(マインド)と心を結び合い(ネットワーキング)、意識や目標を共有し創造活動を展開する」意味を込めて『マインド・ネットワーク』とした。現在、「コラボレーション」の言葉を見たり聞いたり、氾濫している程に認知されている現在ではこの時の悩みは飛んでしまっている。結果的には「コラボレーション」を“協同による創造活動“すなわち「協創」称し、タイトルを『マインドネットワーク-独創力から協創力の時代へ-』として世に出したのが1992年3月。私自身この年をコラボレーション元年と位置付け、以来、自分自身のマネジメントコンセプトを「コラボレーション」に統一して、もっぱら、商品開発プロジェクト、会社の経営、など企業経営の場でその実践に努めてきた。
「コラボレーション経営研究所」は企業経営にとどまらず、地域社会さらには国際問題など広範に コラボレーションのコンセプトによる課題解決が、一層求められているとの認識で設けた。 そして、コラボレーションの触媒、場づくりの役割を担うコラボレイターとして出発し現在に至っている。


原著:『SHARED MINDS~The New Techologies of Collaboration~』by.Michael Schrage
邦訳:邦訳『マインドネットワーク -独創力の時代から協創力の時代へ-』1992年 プレジデント社刊
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