お米


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新潟の魚沼地区が実家の知人から、毎年お米をもらっている。
今年も新米が届き、早速ル・クルーゼで炊いて食べた。

これが、驚くほどおいしい。
おいしいお米と称するものは、いくらでもお店で売っているが、市販のものとは次元の違う旨さである。
お米自体が異様なほどおいしくて、おかずが無くてもどんどん食べられてしまう。
おかずで汚すのが惜しいくらいだ(笑)

現地でも特別に質のいい米のできる場所に田んぼがあるらしいが、さらに身内用に手をかけて作っているのだから、おいしいに決まっている。
十把一絡げに○○産というが、お米の出来の良し悪しを決める土地質は局地的なもののようで、同じ地方でも味にずいぶんと差があるらしい。
にも関わらず、出来の良し悪しを無視して全部混ぜてしまい、わざわざ質を平均化して出すことが多いというから、もったいない話である。

那須の実家もかなり土地が良いようで、現地の品評会で毎年のように優勝したり準優勝したりしている。
それをさらに手をかけて、時間をかけて天日干ししたものを送ってもらう。
いくら都会が便利とはいえ、こればかりは真似出来ない。

ところが不思議なもので、人の家に遊びに行くと、奥さんの実家とか、大抵はどこかで原産地と繋がっている。
多くの家庭が、密かに独自のルートを持っているのだ。
その家ならではの自慢のご馳走で、もてなしを受けることは多い。
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送金への道


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送金先として、ゆうちょ銀行の口座を指定した書類が届いた。
5桁の店番らしき数字と、8桁の口座番号が書かれている。

銀行から送ろうとして、ATM機の前に立ったが、支店名がみつからない。
ゆうちょ銀行の店番は3桁の漢字の数字で、ATMではそれをカタカナ読みした最初の一字で検索する。
つまり六一八なら、ロクイチハチのロで検索するのだ。
今回は5桁の算用数字を渡されただけで、これでは選びようがない。

仕方なく郵便局に行ってみた。
すると、この口座番号には現金の送金はできず、ゆうちょ銀行の口座から、この口座に送金することしかできないという。
つまり自分の口座が無ければ、お金を送ることはできないのだ。

また他銀行からの送金の場合は、それ用の口座番号に変換しなければならないという。
窓口の女性が、変換をやってくれるというので頼んだ。
意外に時間がかかって、何度も画面を見て慎重に確かめた後、紙に出力して渡してくれた。
店番は5桁から3桁の漢字の番号に変わり、口座の種別が加わり、さらには何と口座番号も一桁削られている。

まてよ、現金をここからこの変換された番号の口座に送れないだろうか・・と思って聞いてみた。
するとこの番号は、あくまで他銀行からの送金にしか使えないという。
つまり、これからもう一度、最初の銀行に戻って送金するしかないのだ。

何だか腑に落ちないが、再度銀行に行き、もらった紙を片手にATMから送金した。
今度は簡単に送金することができた。
しかし現金を送金するだけなのに、こんなに行ったり来たりするなんて・・・

Mrs.COLKIDに言ったら、そんなことは常識で、郵便局に口座を持っている人には、ちゃんと送金方法の通達が来ているという。
また、ゆうちょ銀行のサイトで、自分で番号を変換することも出来ると教えてくれた。

まあ、確かにその通りなのだろうが、こんなに不便で本当に通用するものなの??
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たまくすの木


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横浜開港資料館は、神奈川県庁の向かいにあり、横浜港に突き出た大桟橋の、ちょうど根元のあたりに位置する。
すぐ目と鼻の先は港であるが、建物が視界をふさぎ、直接海を見ることはできない。

ここは旧英国領事館の建物を利用して作られた資料館で、幕末の開港の頃から明治、大正、昭和初期に至るまでの、横浜に関する膨大な資料が収蔵されている。
様々な文書、写真、新聞などが展示室で公開されており、閲覧室を利用して貴重な資料を見ることもできる。
この時代のことを書こうとする作家が、よく利用する資料館である。



敷地内には立派な一本の木を中心とした中庭があり、柔らかい光の中でベンチに佇む人の姿が見られる。
この木は、横浜が小さな漁村であった時代からこの地にあり、ペリー一行の上陸を描いた有名なハイネの絵の右端に見られる木が、まさにこの木だという。

通称たまくすの木と呼ばれるこの大樹は、その後1866年の大火、1923年の関東大震災で激しく損傷を受けるが、いずれも命を失わず新たな芽をふき、現在の姿にまで復活した。
歴史を目の当たりにしてきた銘木を前に、ゆっくりとベンチに座り、昼のひとときを過ごす。
何と贅沢な時間であろう。

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横浜


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横浜というところは、歴史があるようで、何も残っていない町という印象がある。
海外への玄関口であり、外国人居留区もあったくらいだから、古写真を集めていると、横浜の写真は山のように出てくる。
元々が彼らを対象としたお土産の写真であり、それらは横浜写真とさえ呼ばれている。

ところが、横浜を写した古写真を手に入れて、現在の地図を睨んでその場所を探しても、なかなかみつからない事が多いのだ。
他の場所、たとえば日光などは、当時の特徴ある香りが残されており、写真を片手に歩き回ることで、劇的な「再会」を果たすことができる。
しかし横浜に関しては、この知的な遊びを楽しむことが難しい。

原因のひとつとして、埋め立て地である・・ということが、挙げられるように思う。
どんどん埋め立てて拡大していった町である為、原型を留めないほど地形そのものが変化している。
江戸時代から明治・・そして現代でも、その開拓は続いている。

また、震災による被害の影響も大きい。
横浜市開港記念会館は、市民からの寄付を募り大正6年に着工、7年に開館したのだが、何と5年後の大正12年の大震災で外壁を残し焼け落ちてしまった。
それでも一部残ったのは、地盤がしっかりしていたのと、当時最新の設計であったからだという。
昭和2年に内部が復旧されたが、屋根のドーム部分など大正時代の姿が完全に再現されたのは、平成に入ってからである。

太平洋戦争の戦災の被害も大きかったろう。
僕の父親は当時横浜に住んでいたが、横浜大空襲の折には、撃墜されたB29の夜空に散る火の塊を、防空壕の中から数えた話をよくしていた。
大量の焼夷弾がばら撒かれ、大震災から復興した街は、再び一面焼け野原と化した。
もっともその際、開港記念会館などの歴史的建造物は、意識的に目標から外されたふしがあり、終戦後に進駐軍が接収して利用することまで、既に考えられていたのではないかという。

横浜という町には、明るさと暗さが同居している。
それは、叩かれ、焼かれての歴史によって、築き上げられたものなのだろう。
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晴天の横浜


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朝食を済ませてから、横浜にある開港記念会館と、開港資料館に行った。
東京の下町に住む僕は、あちらの方面はとんと縁が無い。
どう行くのかもわからないので、住んでいたことのあるMrs.COLKIDに道案内は全面的にまかせて、僕は電車の中でグーグーと寝ていた。

天気が実によく、休日らしい一日であった。
正直なところ、僕は横浜開港資料館に古写真を見に行きたかっただけで、横浜市開港記念会館というのが、別にあることは知らなかった。
Mrs.COLKIDにはっきりと告げなかったので、間違えて最初に記念会館の方に行ってしまった。
しかし面白そうなので見物することにした。

ボランティアの年配の方が、ガイドをしてくださった。
僕が意外に細かいことを知っているので、その方も嬉々として案内してくださり、予想外に長い時間をそこで過ごした。
歴史的建造物で見応えがあり、間違えて得をした気分になった(笑)

その後、本来の目的である資料館の方を見学し、カフェで軽く昼食をとった。
そのまま港の方に向かい、大桟橋にある「くじらのせなか」のあたりを散歩した。
空は真っ青に晴れ上がっており、気候も程よく、実に気持ちのいい日である。

大桟橋からタクシーで中華街に行き、聘珍樓で飲茶を食べて帰宅した。
なかなか休日らしい一日であった(笑)

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図書館


LEICA X1

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この連休は体を休ませようと、だらだらと過ごしている。
家から出ないでのんびりとしていたが、夕方近くなって、マッサージでも受けようかとお店に電話してみた。
すると今日は夜まで予約で一杯であるという。

マッサージは諦めたが、このまま何もせずに一日を無駄にするのが、急に惜しくなってきた。
そこで、明日あたり行ってみようかと考えていた、荒川区の日暮里図書館に、今から出掛けてみることにした。
と言っても閉館の時間まで1時間しかないので、急いで行かなければならない。

滅多に乗ることの無いJR常磐線で、三河島の駅まで行く。
図書館はそこから歩いて10分ほどで、三河島と日暮里の駅のちょうど中間くらいの地点にある。





この図書館は、僕の大好きな作家の吉村昭氏生誕の地の、ちょうど正面に建っている。
当然のように館内には吉村昭コーナーが設置されており、すべての本が揃っているという。
また氏が寄贈した愛用の品なども展示されている。

実はアマゾンで仕入れた吉村作品を、ついに全部読み終えてしまったのだ。
100冊近いと思うのだが、アマゾンで検索をしても、もうこれ以上未読の本は引っかからない。
そこでこのコーナーに展示されている本をチェックして、知らないものが無いか調べてみようと思ったのだ。





吉村昭コーナーの壁には、ずらっと氏の作品が並んでいる。
同じ作品のハードカバーと文庫本の両方が揃えられており、本の装丁を変えた時に改題した作品などは、それ以前の古い題名のものも揃っている。

それらを端から追ってみたが、ほとんどすべて既読作品であることがわかった。
一冊だけ、これは読んでいないかな・・という本をみつけただけだった。
(帰宅後調べたところ、その題名はアマゾンに登録されていないことがわかり、早速古本屋でみつけて注文した)

しかし、これで吉村作品も完全に終わりかと思うと、非常に寂しくなる。
もっともっと読みたいのに・・・
雑誌などで発表された未刊行作品はまだあるのだろうが、それらは入手困難であるし、残念なことではあるが、今後新しい作品に接する機会はほとんど無くなるのだろう。

帰りは日暮里まで歩いた。
いつもの羽二重だんごに寄り、いくつかお土産に包んでもらった。
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直撃


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タイガー・ウッズの放ったミスショットが、近くにいた英タブロイド誌のカメラマンのカメラを直撃し、偶然ボールが当たる直前の画像が撮影されたというニュースを読んだ。
MSNのトップに出ていたので、読んだ方も多いだろう。

注目すべきはこの時のカメラがニコンD3Sで、レンズはかの24-70であったということだ。(シャッター速度は1/1000秒だそうだ)
カメラは大したダメージを受けなかったようだが、本当だとしたら大したものである。
撮影直後の、カメラ内部で画像を処理して書き込んでいる最中に、ボールの直撃を食らったであろうから・・・


ギズモード・ジャパンのサイトから

原文・クリックで拡大可
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手荷物


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飛行機に乗る時、機内に持ち込むことの出来る手荷物は1個で、サイズも決まっている。
ANAの場合は、飛行機が100席以上の一般的な機種の場合、各辺がそれぞれ25cm×40cm×55cm以内で、さらに三辺の合計が115cm以内という規定がある。
多少グレイゾーンもあるのかもしれないが、この数値をほんの少し超えているために駄目と言われても文句は言えない。
また乗客の混み具合によっては、さらに厳しくなることもあるという。

先日デパートで旅行かばん売り場を覗いたところ、どのメーカーもそのサイズを意識した製品を出している
飛行機会社の規定が変更されるたびに、合わせてモデルチェンジするようだ。
大抵のかばんは底のサイズを25cm×40cm以内にして、高さが55cm程度の、キャスター付き縦型バッグ・・という形態になっている。
飛行場での手荷物検査の際に、X線検査機の入り口にその底の大きさに切り抜いたゲージがあり、そこを通らない荷物ははじかれるので、底のサイズには特に気を遣っているようだ。

羽田のそばに行くと、歩いている人の多くが、このタイプのかばんをごろごろと引いている。
僕の場合も、たまたま家にこのサイズに適合するバッグがあったのだが、頭上の荷物入れに入れるには少し大きすぎるような気がしたので、今回はあえて預かってもらった。
預かりカウンターは混んでいて時間がかかるし、到着後に受け取る時も荷物が出てくるのを待たなければならない。
皆が預けたがらない訳である。

パソコンをかばんに入れたまま預けようとしたら、荷物を手荒に扱うので、基本的にはお勧めしていないという。
それでもいいですと言ったら、承諾書を書いて欲しいという。
どうしようかと思ったが、面倒なのでその場でかばんから出して、機内に持ち込む手荷物の方に入れた。

ちなみにX線検査の時は、パソコンだけ手荷物から出して、専用のトレイに乗せて機械を通さなければならない。
飛行中は電波を発する機器の使用は一切禁じられており、パソコンもワープロくらいしか使えないので、僕の場合は機内でパソコンを開くことはない。
携帯電話も、本来は飛行機に入る手前で電源を落とさなければならず、たまたま「今から出発する」とメールを打ちながら乗り込もうとしたら、入り口で止められて送信し終わってから入るよう注意された。

ところで前にも書いたが、三脚は折りたたんだ状態で高さが60cm以内だという。
よく持ち込む人がいるのか、「大型三脚の場合」として、わざわざ検査場に注意書きが提示されている。
今回は仕事なので三脚は持ってこなかったが、以前北海道に行った時に、これに引っかかった。

厳しい顔をした女性検査官が、僕の三脚にメジャーを当てて、この通り60cm以上あるのでこれは駄目です!と、にこりともせずに言った。
さあどうだと言わんばかりだったので、僕は60cm以下ならいいんですねと確かめ、三脚のヘッドを回して外したら58cmくらいになった。
ヘッドをポケットに入れて、これでいいですねと言ったら、女性検査官は返す言葉を失い、呆然として口をパクパクとあけていた。
それ以来僕は三脚を選ぶ際に、このサイズを気にするようになった。
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帰宅


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遅くなって出張から帰宅した。
羽田からの帰り道は、久しぶりにモノレールを使い、JRの浜松町経由で帰宅した。
行きの時と、所要時間は同じようなものかもしれないが、親しみのある駅を通るので近く感じる。
今日は疲れているのでこの辺で・・・
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活躍


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売り出されたばかりの頃に、これはいいと、デルのミニノートを買った。
重いノートパソコンに不満を持っていたので、機能を割り切ったミニノートは、魅力的な製品に思えたのだ。
しかし程なく、これは使えないということが判った。

まず動作が異様に遅いということ。
デルの同じSSDモデルを買った人の多くが、同じ事を言っている。
変なプログラムが勝手に動くことと、たまにしか使わないのですぐにアップデートが始まってしまうことも多少は関係してはいるのだが、それ以前に根本的にパソコンの動きが鈍いように思う。
もちろんRAWデータの現像なんて、性能的にとても出来ない。

また画面が、やはり少し小さすぎるということ。
サイズ的に一度に見られない画像が多く、上下にずらして見たりして、非常に不便である。
液晶の品質は、一般的なノートの多くはそうだが、写真の加工にはちょっと使えない。

そしてキーボードの配列が独自であるということ。
致命的なのは左上の隅にESCキーがくることで、慣れるまでは、半角と全角を切り替えるつもりで間違って押し、それまで書いた文章をすべて消してしまう・・という事故が多発する。

それらの問題点は多くの人が感じていたようで、ほどなくデルから後継機が出るのだが、なんと上記の欠点がほとんど改良されていた。
つまりSSDをやめて普通のHDにして、少し画面を大きくして、キーボードもまともな配列にしたのだ。
わざわざ大きくして、しかも小さいモデルを廃番にするなんて、あれは使えなかったと認めているようなものだ。

そういうわけで自分のミニノートは、何となく気に入らなくて、あまり使わないでいた。
ところが今回仕事の都合で、何度も出張する必要が生じ、やむなくミニノートを持ち出すことになった。
普通にネットに接続して使う分には、それなりに重宝するし、まあまあ活躍している。
このブログを休まず更新できるのも、ミニノートのお陰である。

しかし不満が解消されたわけではない。
たとえばプレゼンテーションの動画ファイルなど、処理が追いつかなくてまともに再生できなかったりする。
これでは仕事に支障をきたしてしまう。
画像の加工も、せめてJPEGのリサイズくらいは現地でやれないと不便である。
欲張るとその分大きくなり意味がなくなるが、もう少し様子を見て、買い換えることになるかもしれない。
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何も無いところ


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何も無いところに来ている。
仕事が早く終わり、時間が余ったので、街の中を歩いてみた。

話には聞いていたが、本当に何も無いところだ。
家はあるし、車も走っているのだが、お店らしきものがほとんどない。
あっても寂れてシャッターが閉まっている。
なぜか人もあまり歩いていない。

喫茶店に入ってコーヒーを飲むつもりであったが、その喫茶店が見つからない。
これだけ家があるのに喫茶店が一軒も無いというのは、そもそも外でコーヒーを飲む習慣が無いのだろう。
コンビニも離れたところに一軒あるだけだという。
それでいて、夜になると開く、いかがわしげなスナックやバーはけっこうある(笑)

本でも買おうかと思い、あらかじめグーグルマップで本屋の位置を確かめておいた。
しかし辿り着いてみると、すでに廃業していて、建物の窓ガラスが割れていた。
もう一軒見つけたが、おばあさんが店番をする古い小さな店で、文具といっしょに本が売られている。
置いてある本の背が焼けて色が変わっているので、古本屋かと思って外に出て看板を確かめたほどであった。
驚くべきことにWindows98の操作本が置いてあった(笑)

パソコンの入ったかばんは重かったが、歩くのは慣れているので、そのままどんどん歩いていった。
今僕がこの遠く離れた見知らぬ街を歩いていることを、誰が想像できるだろう。
しかしさすがにこう何も無いと、不安になってくる。
どこまで行っても目的地らしきものに辿り着かないので、このまま帰れなくなるような気がしてくるのだ。

仕方が無いので、タクシーを呼んでホテルに向かった。
近くに食べるところがないので、ホテルのレストランに夕食を予約してあるのだが、その時間までに数時間もある。
困ったなと思い、今度はホテルの周りを散歩してみた。
やはり何も無いところで(笑)、ただ広大な川原を何キロか歩いて、日が暮れたので引き返してきただけだった。
その間、数人、犬の散歩をする人とすれ違った。

レストランでひとりで食事をした。
ビールを飲んで、少し酔っ払った。
楽しいような、わびしいような、出張の旅である。
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羽田


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出張に出るので京成線で羽田に向かった。
Mrs.COLKIDが羽田まで同行して送ってくれた。

それにしても羽田というのは、何であんなに遠いのだろう。
まあ、僕の家から、ということではあるが、ずいぶんと長い時間、電車に揺られて行かなければならない。
距離は大した事無いと思うのだが、あちこちの駅で電車が時間調整をして停まる。
こちらは飛行機の出発時間を気にしているので、余計にその時間が長く感じられる。

都内に住んでいるのに、下手をすると、国内線の飛行機に乗っている時間より、羽田までの方が時間がかかる。
実際、成田に向かうのとあまり変わらない印象だ。

車の方が早いかとも思うが、帰ってくるまで飛行場に置いておく駐車料金が馬鹿にならない。
先ほどMrs.COLKIDに到着のメールを送ったが、あちらは試しに帰りにバスを利用してみたところ、電車の半分ほどの時間で帰り着いてしまったという。
渋滞の心配はあるが、それも手だなと思った。
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地下鉄


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日曜日だが体を休ませる必要があったため、ゆっくりと過ごした。
昼までのんびりとして、午後から銀座線に乗って三越前に行った。
先週作った背広の上下を受け取りに行ったのだ。
その後、例によって銀座まで散歩をした。

カメラも持っていったが、Mrs.COLKIDと普通に散歩したためか、ほとんど撮らなかった。
本人に撮ろうという意思が希薄だと、写真というものは撮れない・・ということを知った。
ただ重いボディを持って一日歩いただけで、意味が無かったと反省。

銀座線の駅は古めかしくてけっこう好きだ。
駅の構造も他の地下鉄より狭く、電車も何だか小さい。
地上から階段を下りるとすぐにホーム・・という駅もある。
僕が学生の頃に走っていた赤い電車は、駅の手前で一瞬車内の電気が切れて、非常灯が点灯した。
冷房も効いておらず、汗を拭きながら乗ったという記憶がある。

銀座線は日本で一番古い地下鉄である。
ホームから見えるリベットの打たれた柱は、開業当時のものかと思うほど、古めかしいものもある。
僕の母親が小学校に上がる前、銀座線の新橋か神田の駅で、ホームのベンチに祖母と座っている時、階段を物凄い勢いで若い男が下りて来た。
その後を数人の刑事が追いかけ、目の前で若い男に飛び掛り取り押さえたという。

その時、「赤だ!」と誰かが叫んだのと、地面に人が倒れこんだ大きな音が、今でも耳にはっきりと残っているそうだ。
それが新橋なのか神田なのか、今でも地下鉄で駅を通るたびに、ホームを見てその場所を探すという。
70年近く前の話である。
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スーパー


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来週は出張なので、今日は会社で準備に明け暮れた。
僕が不在の間の仕事を、別の人に引き継ぐのだ。

帰宅時に待ち合わせて、近所のイタリアンの食堂に家族でピザを食べに行った。
体に気をつけているので、注文は程々にして、腹八分目を志している。
体調が悪いわけではないのだが、スケジュールが詰まっており、万が一にも休むわけにはいかない。

その後、母親に連れられて、同じ建物の中にあるスーパーマーケットに入った。
驚くべきことに、母親はほぼ毎日ここで買い物をしており、来ない日はせいぜい2週間に1日くらいだという。
元来こういうところでの買い物が好きなようだ。
陸の孤島であった郊外の住宅地に住んでいた頃と違い、駅から近い自宅に向かう途中にお店あるので、喜んで立ち寄って買い物をしているわけだ。

ここは変わったものを扱っているスーパーで、品揃えが普通と少し違う。
その点も女性の興味を惹く理由らしい。
美味しそうなものが売られているのを見つけて母親に教えると、それは前に買ったけど美味しくなかったと言われた。
毎日通っているものだから、商品に関しては熟知しているのだ(笑)

母親が気味悪がって近寄らない一角がある。
それは食肉売り場で、行ってみると豚の足とか耳とか得体の知れない内蔵とか、動物の体のパーツが解体されてパックされて並んでいる。
脂ぎったシート状のものが折りたたんで売られていたが、それには豚の皮と書かれていた。
どうやって食べるのだろう。

凄いのは、ブタの顔が丸ごと真空パックされて売られていることだ。
手にとって裏側を見てみると、頭から剥がされたような跡がある。
それを自分の顔にかざして、ハンニバルだと言ってふざけてみせたが、ブラックが過ぎたのかまったく受けなかった。
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検査


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この夏は暑さが尋常でなかったためか、涼しくなると同時に、逆に体を壊す人が多いようだ。
身の回りを見ても、かえって元気だった人に、そういう例が多い。

僕も出張などで飛び回っているが、不安になって食事に気を遣うようになった。
一落ち着きしたら、母親が定期的に通っている医院で、検査をしてもらおうと思っている。
そういう歳の仲間入りか・・・
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