錠剤


Z7 + NIKKOR Z 50mm f/1.2 S

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20年以上前の話であるが、ウエスタン関係のグッズを収集していたことがある。
1800年代に実際にカウボーイたちが使っていたアンティークも集めていたが、同時に1900年代半ばにハリウッドで作られた映画作品(西部劇)に使われたグッズも収集していた。
当時は西部劇全盛期の映画関係者にまだ健在の方がおられ、そういう方たちと文通したりもした。

その中に、ハリウッドに住む高齢のガンベルトの職人さんがいた。
早撃ちのテクニカルアドバイザーとして有名な方で、僕も子供の頃から、映画関係の本などでその名前は知っていた。
50年代の西部劇のテレビドラマの冒頭のシーンにも、主人公に撃たれて倒れる役で出演していた。
「帰らざる河」の時のマリリン・モンローに、早撃ちを個人指導している写真も有名であった。

その方にお願いして、特注でガンベルトをいくつか製作してもらった。
恐らく悠々自適の生活であったはずだが、高齢でもバイタリティがあり、常に商売を考える人で、仕事としてガンベルトの製造をしていたのだ。
映画やテレビドラマなどで使われたリグのレプリカを中心に、マニア向けに販売していた。
さすがに当人は途中から作るのが難しくなり、オレゴンに住む息子さんが作っていたようだ。

まだメールのない時代で、その方とはもっぱらファックスや手紙でやり取りした。
時差があるので夜のうちにファックスを送っておくと、翌朝には返事が届いていた。
律儀な方で、こちらの手紙にしっかり答えてくれた。
レターヘッド付きの丁寧な文書がファックスで送られてきた。

当時既に西部劇は衰退しており、映画作品の製作は米国内でも限られていた。
しかしハリウッドに住むその職人さんは、あちらでも生きるレジェンドとして尊敬されており、撮影現場などに顔を出すと特別扱いで迎えられていたようだ。
また時折ウエスタンが作られると、小道具の製造としてエンドクレジットに名前が出ることもあった。

その頃、日本でウエスタンショップを経営しているT氏という知り合いがいた。
ウエスタンという趣味は、かなり広い層にファンがいて、有名人や超が付くほどのお金持ちも多い。
T氏のお店では芸能人を紹介されたり、省庁のお偉方が来たりしていた。

T氏は前述のハリウッドのガンベルト職人さんの製品を、独自に輸入して販売もしていた。
米国に長く住んでいたT氏は、あちらに多くの友人がいて、その特殊なルートを活用して、日本では誰も持っていないような凄い製品や情報を仕入れていた。
T氏のお店に行くと、初めて見るような貴重なものがごろごろしていた。
アメリカナイズされたT氏は、ギブ・アンド・テイクに徹した人で、そのハリウッドの職人さんとも、基本的にはビジネスの相手として付き合っていたようだ。

T氏は製品をオーダーするためにその職人さんの家を時々訪れていた。
T氏の話によると(ここからが本題)その職人さんの家のキッチンは、新品のように綺麗で、使った形跡が無かったという。
見ると壁の棚にはビタミン剤の瓶が大量に並んでいた。
一切料理を作らず、サプリメントだけで生活しているのではないか・・と言っていた。
まだそういうものが日本では一般的ではなかったので、アメリカではそんな生活をする人もいるのかと驚いた。

アメリカ人は合理的だから、必要な栄養素が揃えば、食品として口から食べても、錠剤で飲み込んでも同じだろう・・と考えるのかもしれない。
もうその職人さんが亡くなられて久しいのだが、僕とやり取りしていた頃は、高齢にもかかわらず活動的で、いろいろ商売のアイディアを考えていた。
しかし、人は錠剤だけで生きていけるものなのだろうか・・という疑問を持ったのを覚えている。
現在僕自身も、いくつかサプリメントを買って飲んでいるのだが、時折ふとその職人さんのことを思い出す。
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