そとづら


D810 + AF-S NIKKOR 24mm f/1.4G ED

大きな画像

外面のいい人・・というのは危ない。
得意先の人と話していて、そういう話が出た。

新しい人を社員に採用してみて、つくづくそう思ったという。
話した時に、非常に応対がよく、明るくはきはきしていて、これはいいと思い採用を決める。
ところがしばらく付き合ってみると、それが外面に過ぎなかったことに気付く。

日常会話の中で、育った環境も現在の家庭も、無茶苦茶であることがわかってくる。
もちろん中には不可抗力で、当人には責任はないこともある。
しかし、内面に何か得体の知れないものを秘めているのが、垣間見えてくる。
あの明るさが、それを悟られないための外面だとわかった時は、薄ら寒いものを覚えたという。

普段は明るく振舞い、人当たりが非常にいい。
それが一杯になり、限界を超えた時に、人が変わって別人のようになってしまう。
何度かその豹変振りに遭遇すると、当然のことながら、非常に危険な人物に思えてくる。

逆に言うと、その本質を隠すために、外面を装う能力が発達したのだろう。
その会社では、これは将来会社にとって大きな障害になると思い、早い段階で辞めてもらう処置をとった。
同じパターンが意外に多いことがわかってきたので、以来面接でやけに調子のいい人には警戒するようになったという。

人の募集をかけた時、僕も何度か似たパターンに遭遇した。
電話での応対が非常にいい人、やけに丁寧な人は、要注意なのだ。
飽きっぽくて仕事が続かなかったり、まったく使いものにならなかったりする。
これはいいぞ・・と期待したのに、採用してみてがっかり・・となる。

これも、結局能力が無いのを補うために、装う技術ばかりが発達したのだろう。
実力がある人の場合、無理に装う必要はないのだ。
逆に最初はぶっきらぼうで、生意気なヤツだと思っていたのに、しばらく付き合ってみると、なかなかの人物である場合が案外多い。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )