着陸


LEICA X1

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出張に行っていた。
帰りの飛行機の中、機内アナウンスで機長の声が流れた。
客室乗務員の女性の、原稿を読むような単調な声とは違い、ごく普通の人間的な話し方をする。
えー、皆様・・・本日は当機をご利用頂きありがとうございます・・・という多少不明瞭な発声での挨拶から始まり、何やらしばらく話を続ける。

機長がマイクを取ることは珍しくないが、こんなにいろいろと話すのは初めてだ。
皆少し不思議に感じたようで、何か他に言いたい事があるな・・・一体何を言いたいのだろうと、耳をそばだてて聞いている。

「現在東京の天気は雨です。エー・・途中かなりの揺れがあるという連絡が入っております」
と、話が核心に触れだした。
「本機の飛行にはまったく問題ありませんが、飛行機が降下を始めましたら、ベルトを締めてくださいますよう・・」
黙って聞いていたが、問題ないとわざわざ言われると、かえって不安になる(笑)
まあどのくらい揺れるか分らないので、パニックを起こさないように、あらかじめ乗客に伝えておくのは当然なのだろうが・・・

やがて東京に近付くと、急に激しい雨が降り出した。
機体をザアザアと雨水が叩く音がして、思わず天井を見上げた。
自動車みたいに、飛行機でもこんな音がするのか・・・

やがてベルト着用のチャイムが鳴り、降下が始まった。
今度は客室乗務員の女性が
「皆様、外の天気は雨ですが、本機の運行にはまったく支障はございません。ご安心ください」
とアナウンスした。
また言われてすごく不安になったが(笑)、もうこうなったら仕方がない、どのくらいのものか見てやろうと、椅子に深く腰掛けて身構えた。

ズシン、ズシンと大きめの揺れに襲われ、機体がミシミシと悲鳴をあげた。
窓の外で雷の閃光が走るのか、暗い中に細かい間隔で何かが光るのが見える。
よく見るとそれは翼灯で、光るたびに窓のすぐ外を雲が猛烈な勢いで後方に流れていくのが照らし出される。
厚い雲のせいで、主翼の先端さえぼんやりとしか見えない。

幸いなことに揺れ自体は、心配していたほどではなかった。
大きなエアポケットにでも入ると、生きた心地がしないものだが、今日の揺れはアップダウンのある丘を、高速で走り抜けていくような感じだ。
椅子に座って目を閉じると、自分の体が斜め下方に向かって、かなりの速度で移動しているのがわかる。

やがて雲の下に抜けると、解き放たれたように機体が自由になり、窓の外に街の夜景が広がった。
飛行機は滑らかに着陸を果たし、先ほどの機長の腕が確かなことがわかった。
逆噴射をして速度が十分に落ちた頃、乗客の顔から緊張が消えていった。
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