ババ抜き


D3X + PC-E Micro NIKKOR 85mm f/2.8D

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毎朝通る道に小学校がある。
僕の前をちんたらと走っていた車が、その学校の職員専用駐車場に曲がって行った。
きっと小学校の先生なのだろう。
僕も教員の免許を持っており、学生時代に教育実習に行ったので懐かしく思った。

ふと、亡くなった伯父から聞いた話を思い出した。
終戦後の日本が、やっと落ち着きを取り戻した頃、伯父は、小学校時代の担任の先生のお宅を訪ねた。
詳しい経緯はわからないが、年賀状か何かをきっかけに、懐かしさから一度挨拶に伺いたい・・という話になったようだ。
上がってお茶でも飲むようにと言われ、伯父は先生のお宅へ上がった。

先生は、年をとったためか、以前より物静かな人になっていた。
その奥様も、やはり小学校の教員であった。
他には家族はおらず、二人きりの教師夫婦の家に、伯父は伺ったのだ。

一通りの挨拶を交わした。
懐かしい、変わっていないという感想を述べあった。
しかし、そこまでで、会話が途切れてしまった。
先生は表情を変えることもなく、黙って座っている。

時折、思い出したように、そういえば○○君はどうしているかな・・などという話題が出る。
しかし、その話が続くことは無く、また無言の時間が訪れる。
先生と奥様と伯父の三人が、黙りこくったまま、向かい合って机に座っていた。

奥様が出してくれたお茶をすすりながら、伯父は、これは困ったな・・と思っていた。
ふたりで静かに暮らす教育者の夫婦と、戦争から帰還し、社会に揉まれて生活している自分とでは、流れる時間に違いがありすぎる。
共通の話題が何も無いのだ。

苦痛に感じるほどの無言の時間が続き、伯父は弱り果てていた。
だいいち、二人には会話をしようという意思があまり感じられない。
もしかすると自分は、招かれざる客だったのではないか?

すると、さすがに間をもてあましたのか、奥様が
「ババ抜きでもしましょうか」
と唐突に言った。

「え・・バ・・ババ抜き?」
面食らった顔の伯父をよそに、奥様は引き出しからトランプを出してきて、それを机の上で三等分しはじめた。

おとなが・・・三人で・・・ババ抜き・・・
伯父はその展開に半ば呆然となりながら、先生が無言で突き出したその手から、カードを一枚引き抜いた。
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