COCO ISLAND

自由 気ままに のんびりと・・・

パラオ・グアム (8)

2015-04-01 20:48:38 | 旅行日記(海外)
 

                


                                  『  日本軍 の 九五式 軽 戦 車  』

                       戦車 ってもっと大きな物を 想像しちゃうんですが ・・・ めっちゃ小さかったですねぇ。     


      

          

                            『  海 軍 司 令 部 跡 』


                    ペリリューには、西カロリン海軍航空隊の司令部が 置かれていてその跡地だそうです。

                    爆弾が直撃したそうで 天井には大きな穴が 残ってましたよ!      



                      


                          
                                                『 オレンジ ビーチ 』 


                               この何ともない穏やかな 普通のビーチが  1944年 9月15日 に始まったアメリカ軍の

                               最初の上陸地点でもあり、待ち構えていた日本軍の一斉攻撃 そして2日間の戦闘で海が

                               真っ赤な血で染まったことから 名付けられた  『 オレンジ ビーチ 』  だそうです。 

                               なんか想像も付きませんねぇ~~        

      

  



                     『  飛行場  の 滑走路 』


         アメリカ軍は、日本へ向かう戦闘機を 離着陸させるための飛行場が必要だった為に

         この飛行場をねらって ペリリューを攻撃してきたそうです。


         そして 今回 天皇・皇后両陛下を乗せた ヘリコブターは おそらく この滑走路の 何処かに 着陸するそうですよ。     
           
         その為の整備がされてるとか ・・・  ガイドさんが おっしゃってました。        



                            


                                         これが何か 解りますか ???     これ 『 零 戦 』 なんですよ~~!    



       



                    こちらが  操縦席 前に計器が着いていたんでしょうねぇ~~。。


                   


                      それより 1番驚いたのは ガイドさんが 機体を触ってください! って言われて触ったときでした。

                      写真で 解るかなぁ?? アップで撮ってみたのですが ・・・・・ あのね!機体がまるで紙のように薄っぺらいんですよ~~!      

                     今のアルミ缶より 薄く感じましたよ~~! 話では聞いたことがあったのですが  いや~~マジこれには驚きました。    




                        一方 米軍の方は ・・・・

      


              『  米軍の 水 陸 両 用 戦 車  』  で~~す!   日本軍の戦車と比べても 大きさが 親と子ほど違います。      

               まぁ ~~ 負けて当然だろうなぁ ~~ って感じますよねぇ ~~     



                                     

                                                      『 ペリリュー神社  』


                                                最後の日本兵が 戦ったといわれている場所だそうです。


                 


                     
                                『 中 川 大 佐 自 決 の 地  』



                        ガイドさんの話では  「 鎮魂~終焉の地 」の碑があるこの場所を 中川大佐自決の地と言ってますが

                        確かに中川大佐は玉砕戦終盤に この近辺に居たことは事実だそうですが 実際に自決したのはここよりさらに

                        ジャングルの奥深く入った場所に あるそうですよ!  しかしその場所は いまだほとんど手付かずで 危険で

                        不発弾や手榴弾 兵隊さんが使っていたのであろう飯盒等 遺品が多く残っているらしいです。


            



            そして この作戦の米軍最高指揮官である 米太平洋艦隊司令長官、ニミッツ海軍元帥がこの戦いに感銘して詩を作られていて

            それを英文と訳された内容とが 石碑に刻まれ ペリリュー神社の境内に建立されたそうです。 日本語がこちら   裏に英語が・・・
 
             ちょっぴり 見にくいので 書き記しますね!      


           『  諸国から訪れる旅人たちよ この島を守るために日本軍人が いかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ 』





       きっと ここを訪れた方々 それぞれに いろんな事を思われたと思います。 今年は戦後70年  戦争とは?? っと考えさせられる年でもあります。

       こんな場所で無駄な抵抗をして 沢山の犠牲者を ・・・  とも思います。

       ただ ・・・・ ここで戦ってた方々は 太平洋の防波堤となって 自分たちの家族が暮らしている本土への侵攻を 一日でも長く食い止めたい !

       その一心で 戦って下さったんだと思います。 硫黄島の戦いも 同じですよね! 

       そして ~~ 戦争がどうのこうのではなく 自分の身を捨ててでも家族を国民を守ろうとして下さった彼らのおかげで 今、私達は 

       こうやって平和に暮らさせてもらっている。          これだけは 忘れたくないなぁ~~ っと今回 痛感しました。


       硫黄島には まだ民間人は誰も入ることは出来ません。 でもここなら自分の目で見ることが出来るので  是非マリンスポーツを楽しみ 

      そして日本の事も学べる  こんな所を修学旅行に来て欲しいなぁ~~ な~~んて 思っちゃいました。                 
      

                    
                
      
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日本って国は・・・ (吉田)
2015-04-01 22:25:19
戦争は残虐であり、非道であり、悲惨なものです。
だから、許されるとは言えませんが、個人を責めたりする
ことも、できません。
その中で、他国の軍隊とは違い、真に、戦場の住民の
ことを思っていたという例が、よく出てきます。
最も、表に出ませんが、他国の軍隊にも、似たような例は
有るのかも知れません。
今回の戦場について、何も知らなかったことが恥ずかしい限りです。 零戦は、スピードや操作性を優先して機体の重量を限界まで削減したという話と、素材が無くなってしまい、そんな機体しか作れなくったという話と、特攻隊用(消耗品)なので、材料を極限まで抑えたという話が有ります。 何れにしろ、敵と正面切って戦う為に作られた物ではなくなってしまった戦闘機という悲し過ぎる現実ですね。
吉田さんへ・・・ (ココ)
2015-04-03 20:08:28
本当にそうですよねぇ~~。
ただ、今の日本人にそれだけの愛国心があるんだろうか??っていう疑問が私にはあります。
国のために死ねるか?なんてそこまで言う気持ちは毛頭ないですが・・・・
嫌~~本当にどんな理由で造られたにせよ、
この飛行機で戦っていたんだ!って思うと悲しく思えます。

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