歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

「いじめる人」 と 「いじめられる人」

2006年11月04日 | 世間話し
最近また「いじめ」による自殺が、新聞・テレビに取り上げられています。
そのたびに、教育委員会、校長、担任教師、みんなそろって「いじめは無かった、知らなかった」ということが語られます。

先日、ある校長が『いわゆる、「死に到る」ような「いじめ」はなかった』と語っているのをテレビで見ました。

その校長は、当事者の周辺を調査し、具体的な事実を知った結果、「自殺するほどのいじめ」ではないと思ったのでしょう。

しかし、いじめられた生徒は、「死に到らない程度」の「いじめ」で「自殺」しているのです。

彼にとって「死に到る、いじめ」と「死に到らない、いじめ」を何処で線引きしているのか、その場で記者は聞いたのでしょうかね。

「いじめ」は「悪い戯れ」ではなく「犯罪」です。
「いじめ」という「軽い言葉」は「いじめる側」が「罪悪感」「加害者意識」を持つ妨げになっています。

犯罪行為であるといって、新たに法律の網をかければ一件落着でもないですから、難しいです。

法律は「起きた現象」に対して「処理」するだけで、「起きる原因」に対しての解決策にはなりませんからね。

いじめの対策は、
「いじめる生徒」に対して「いじめをさせない」ようにする「指導強化対策」
「いじめ」が発生した時、早期に発見する学校側の「管理強化対策」
とかですよね。

しかしです。「いじめられる側」の問題については、あまり取り上げられていないのではと・・・・・・。

いつも思うのです。
どうしてそんなに「簡単」に自らの命を絶ってしまうの? 死を選択するハードルが低すぎるのでは・・・・・・。

いつも思います。「それぐらいのことで、死なないでほしいと・・・・・・」
でも、そんなことを言うと『当事者にとっては「そんなことぐらい」ではなく深刻な問題なんだ、不謹慎だ」と糾弾されそうですが・・・・・・。

それでも、敢えて言いたい「そんなことで死ぬなと!」

「そんなことで」死なない、死なせない「対策」も必要だと思うのです。
いじめる側、いじめられる側、両面からの対策が・・・・・・。

でも、ここまで書いてきて、思うのですが、いろいろな対策が取られた先に待っているのは、伸び伸びとして、長閑で、明るく、自由で、楽しい、学校生活ではなく、息苦しくギスギスしたそんな・・・・・・。難しいです。


それと何ですが、いまの世の中、何か「簡単」に死んでしまう人が増えたのではと思うのです。

自殺者の増加は、世の中の「在りよう」に大きく影響されますが、それって「こころの病」が増えるということの意味ですよね。

それとですね。世の中の「在りよう」は肉体にも影響してますよね。
体位は向上しても、体力は低下している訳ですからね。

体力の低下が、動物として「生命を維持する能力」の低下として現れている気がしているのです。

世の中、身体を使う仕事から、頭を使う仕事へと変化してきてますが、頭と身体のバランスが崩れると、動物としての能力は低下すると思うのです。

仕事で頭を使い、余暇で肉体を使っても、旨くバランスがとれないのでは?

難しい世の中です。


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1 コメント

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Unknown (さかいのぶよし)
2017-11-08 10:13:08
「いじめ」。大人はヘートスピーチなど条例や法律で取り締まる工夫をする。又、ICレコーダー、カメラ、動画で公にして不当性を社会的に糾弾も。子供のかわいそうなのは、義務教育で不快なのに、やり無理行かせられ、「いじめ」られる。子供の時に頑張って「いじめ」たからと長生きはしない。世の中、合わないのは、会わない。では、行かないし。

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