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近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

“キューポラのある街” ②あの頃みんな老けていた

2010年10月05日 | 映画の話し
昨日の続きです。

それで、映画“キューポラのある街”ですが、舞台が埼玉県の川口市で、制作が1962年(昭和37年)、鋳物工場の勤める労働者一家を取り巻く日常を、長女の中学3年生を中心に描いたお話しです。

それで、私の1962年頃は、埼玉県川口市と荒川を挟んだ隣町の、東京は赤羽の2DKの都営住宅に住んでいて、親父はタクシーの運転手をしていました。

赤羽は東京の外れと云うよりも、埼玉県の入り口と云った街でした。ですから、映画「キューポラのある街」で描かれた世界は、地理的にも、年頃的にも、家庭環境的にも、かなり重なり合っているのです。

でも、しかし、主役の中3の娘は、恵まれない環境の中にあっても、真面目で、家族思いで、明るくて、しっかりしていて、可愛い顔をして成績優秀で、未来に希望を抱き計画的生きる、とても、とても、立派な少女なのです。

その辺のところは、いい加減な私とは、かなり、かなり、重なり合わないのです。

この辺りの風景は、私のあの頃と、まったく重なり合うのです。これがカラー映像ですと、どんな小汚いものでも、映像化されると、それなりに小綺麗に映ってしまうのです。

小綺麗でない“キューポラのある街”は、カラー映像では表現できないのです。

このシーンは驚きでした。お母さんが病気で具合が悪くなったと思ったら、何と、何と、妊娠の“つわり”だったのです。オィ!オィ!お母さんは何歳だァ! この辺が、計画的でない、町の鋳物工場で働く職人の夫婦なのです。


それで、あの頃、中3の娘を持つ母親は、こんな年格好が普通だった? いま現在の眼で見ると、孫が居てもおかしくないような気がします。時代は若かったのですが、人間は老けていた? 老けて見えた?
 

これって、栄養とファッションの変化と云う事でしょうか、これは、つまりは所得の変化と云うことかも。

と、云う事は、低成長で所得が低下しつつある現在、男も女も、若者も年寄りも、すこしずつ、年齢よりも、老けて“見える”だけでなく、ホントに身体的に老ける時代に突入しつつある・・・・・・のかも? 

戦後経済も、人口増加も、ピークを過ぎたようですし、高齢化も今が頂点で、平均寿命の伸びもそろそろピークでは? 少子高齢化問題はそれほど深刻に考えなくても大丈夫かも?

映画で、このお母さんの年齢設定ですが、長女が中3ですから15・6歳、結婚は当時としては23・4歳の頃、とすれば、38歳から40歳でしょうか、まぁ、妊娠しても世間的に、笑われることはありません。

このお母さん役は“杉山徳子”で、1926年の生まれで、撮影当時は36歳と云うことです。設定と実年齢はほぼ一緒、でも、かなり老けて見えます。

それで、鋳物工場で働くお父さんの方ですが、そろそろ定年が見えてきた鋳物職人なのです。当時は55歳が定年でしたから、設定は40代後半と云ったところでしょうか。演じている“東野英治郎”は1907年の生まれですから、撮影当時は55歳です、設定よりもかなり老けています。


高校に進学を考えている娘と、悪ガキの小学生に、4・5歳の幼児の3人の子供を抱え、お父さんは町工場を解雇され、そんななか、赤ん坊まで生まれてしまうのです。

古い職人気質で、無学で、無計画で、酒飲みのお父さん、中3の娘にとっては、大変良くできた、反面教師なのです。

新しい時代を体現する中3の娘、それを、あの、“吉永小百合”が、とても、とても、初々しく演じているのです。ここで、やっと、吉永小百合の登場です。


この続きは次回。

それでは、また明日。


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1 コメント

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Unknown (さかいのぶよし)
2019-06-15 06:27:34
肉体労働、汚い仕事、危険な仕事は学歴、学力の低い貧乏人(小生。)金持ちはジム、海外登山、クルージングとカネを使って体験。イジケルし心も貧しい方が多いのは、歴然と。職人=マイスター、プロフェッショナルと尊敬される人もいるが。

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