丸の内線の中で、こっそり夢をクチにしてみた。
「ちゃんと(出版社直で)本を出せたら、ご褒美に椅子を買うんだ」
クチにしたからには、(予定はないけれど)なんとしてでも良い椅子をゲットしたい。
丸の内線の中で、こっそり夢をクチにしてみた。
「ちゃんと(出版社直で)本を出せたら、ご褒美に椅子を買うんだ」
クチにしたからには、(予定はないけれど)なんとしてでも良い椅子をゲットしたい。
「お久しぶりです!」と「いつまでもお待ちしています……」で、ちょっと胸が熱くなった勉強会のあと、ひとり東京駅地下鉄の階段を上っていたら、突然、世界が斜めになった。
へっ?????
久しぶりに姉さんに会うので、少しでもオサレしようと無理やり履いた7センチヒールが根もとからバキッ。
逝ってしまった。
生まれて初めての経験だ、歩いているときにヒールが折れるだなんて。このダイナマイト・バディを支えきれなかったのね……哀れなブルーノ・マリ。無理やり履いて、ゴメンなさい。
さすがに、片足で帰るわけにもいかない。とにかく何か履くものを。でも、場所は丸の内。ショーウィンドウを見れば、2万~3円台の靴ばかり。いやよ、いやよ、次に買う靴は、タニノ・クリスチーって決めているの、中途半端に高い靴は絶対イヤ。あさまの出発時刻は近づくし(というか、オランダ戦開始時間までに家に帰りたくて……)、見えない目をこすりながら、ようやく1万円台の靴を見つけた。
教訓。人間らしい体になるまでヒールはお預け。
いつもゴーシュがお世話になっている1学年上の先輩のお母様と何気なく話をしていて、気づいた。わたしの方が一回り以上、お姉さんだ……。
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ゴーシュが中学になってから、わたしがときどき意識して聞くことにしているのが、「学校で使うノートはあるの?」。小学校では学校で用意してくれていた。そのくらい、ノートを使う必要がなかったということだけど。
その質問をすると、ゴーシュは「大丈夫、まだある」と返事をする。ここで、「ふ~ん、そうなんだ」と引き下がってはいけないことをようやく最近学んだ。彼の「大丈夫」は、今、白いページが残っている、という意味。ひょっとしたら、明日はなくなってしまうかもしれない状態でも、「大丈夫」。先が読めない、というか、見えないものを見ようとしない、というか、考えようとしない、というか。
それは母も同じだ。顔が見えない、体が見えない。行間が読めない、コンテクストが読めない。先が読めない。それとも、読もうとしない、のか? 怖くて? できないことが?
鼻のあたまで、何かがピラピラしているのが見える。ジブラルタルから帰ってきたばかりだから、仕方ない、か。
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わたしは、卵焼きなら甘いのが好き。卵焼きを作るとき、溶いた卵の味見なんてしないけれど、何度も失敗作を作ってきたし、その10分の1くらい「そうそう、こういう味にしたかった」っていう卵焼きも作ってきたから、目分量で、砂糖の量とか、塩加減とか、ミルクの入れ具合とか何となくわかって、いい感じに仕上がるようになってきた。「手抜き」とは全然違う。理屈抜きで体がわかっている。
この間、気が付いたら牛丼も味見していなかった。「こんな感じ」で、砂糖入れて、醤油入れて、みりん入れて、昆布を突っ込んで。結果としては、偶然、「ボ~ノ、ボ~ノ!」だったけれど、牛丼を味見しないで作れるほど、まだ牛丼作りは数こなしていない。
危ない、危ない。
それで、ようやくわかった。その危ないことを、翻訳でもやってしまうらしい。たとえ失敗しても、それが卵焼や牛丼なら、自分が食べればいい。まずくても、太っちゃっても仕方ない、自分で作ったんだもの。
でも、翻訳は自分で食べられない。
だから、しっかり味見をしましょう。味見は「見直し」であり、「突き合わせ」であり、「熟成」でもある。しっかり味見しながら成功例を積み重ねていくしかない。