結局、今の自分に重要なのは、上手いとか下手だとか、勝ったとか負けたとか、そういうことじゃなくて、どんなに小さな仕事であっても、「ここまでやって間違ったのなら仕方がない」と自分が思える仕事をしているのか、いないのか、そこまでとことんやっているのか、いないのか、それに尽きるんだろうな。
中学の入学式の日、近くの席に座っていた城田優似のワカオくんに一目惚れ。告白したのか、告白されたのか、もう記憶にないけれど、その憧れの君と、手も握らない清いお付き合いを始めたのが13歳のとき。
恋する乙女心をいっぱいいっぱい詩にしたのも、13歳のとき。
誰かが学校に持ってきた『スクリーン』をこっそりトイレに持ち込んで、何人かの女子でため息をつきながらシルビア・クリステルの「エマニエル夫人」を眺めて、見終わってから、壁の向こうで待っている男子に雑誌を投げたのも、13歳のとき。
放課後、校舎の中で男子と鬼ごっこらしき遊びをしていて、窓ガラスを何枚も割ってしまい、担任兼坊主のオオハシじぃやに「尼寺へ行けっ、尼寺へ!」と怒られたのも、13歳のとき。
そんなことも、こんなことも、全部ママには秘密だった13歳。
13歳のお誕生日、おめでとう。
大人の入り口にようこそ。
9月下旬、今年の金木犀は花の色が薄いし、やけにさみしいなと思っていたら、最近また、よい薫が漂うようになってきた。花を見ると、濃くてきれいな橙色になっている。どうやら、金木犀は二度咲く年があるらしい。しらなんだ。金木犀が二度咲く年はマツタケが豊作という言い伝えがあるらしいけれど(信毎10月16日付社会面)、今年は残念、凶作だそうな。
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歯車仕事、無事完了。
カチっ、カチっ、しっかりハマったと信じて、メールの送信ボタンをポチっとな。この仕事がどんな姿に仕上がるのか楽しみだ。今年は、歯車仕事の当たり年かも。
今回の歯車仕事で実践できたのは、「断る」。断らないで何でもやるのが信条のあたくしだが、今年前半、人様を巻き込んでの痛い目を経験して、ようやく「断らない」と「断れない」の違いに気づいた。(「断れない」って「ら抜き」言葉なのかと真剣に調べてしまった……一見ら抜き言葉のように見える可能動詞なんだって。ふ~ん)
「断らない」のはいいのよ、すごいことだと思うし、そうありたい。知恵がないとできないからね。例えば、ここにはいつもお世話になっているから、ここの仕事は絶対断らない、いったんそう決めたら、急ぎの依頼にも必ず対応できるように、仕事の量を調整する、処理能力を上げる、とかね。
でも、「断れない」となると話は別。できるのか、できないのか、しっかり見極める。グズグズしないで、パッ、パッと判断する。できないと判断したら、次の可能性の芽を摘まないように断る。どんな仕事であれ、フリーランスで生計を立てるつもりなら、これができないと致命的。致命的でした、確かに。
中学、休校。 大学の全キャンパス閉鎖を受けて、台風の「た」の字の雰囲気すら漂っていない昨晩のうちに休校が決まった。でも、明け方の嵐も8時頃にはおさまり、11時にはうっすら陽も差したりして。心配した母が電話をかけてきた。ニュースによると、台風は長野県を北上しているらしい……ここも一応、長野県なんだけどねぇ。
しばらく前、熱交換器の技術を解説した専門書の一部を訳したことがある。「どういう技術が紹介されているのか、全てを訳す必要がある本なのかを知りたいので、概要の章だけをざっと訳してほしい」――そんな依頼だった。
専門外の分野の内容をざっと訳すなど無理な話で(もっとはっきり言うと、「熱交換器」っていったい何? 状態)、じっくり訳すしかないわけで、熱交換器の専門書を購入して頭をかきむしりながら、「なんでこんな仕事、引き受けちゃったんだよ」と、「やります」と返事した自分のお口を呪いながら、何とか訳した。
それからしばらくして、アテンドで、熱交換器の生産工場にお邪魔する機会があった。通訳するのはわたしではなかったので、実にお気軽モード、「あぁ、熱交換器って実物はこういうものだったのね」と感激の対面を果たした。
そして今、またしても翻訳に熱交換器くんが登場。はじめて出会ったあのときは、「なんじゃこりゃ」と思ったけれど、結局、どんな出会いであれ、何ひとつとして無駄なことなんてないんだなぁ、と実感する。
だからといって、熱交換器ならお任せ、なわけではないところが、実にアタクシらしい。何冊か本を読んだくらいでよくわかるようになるのなら、今頃はすっごいエンジニアになっていると思います。
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愛しのだんな様と同い年なのも、あと7時間だけ。また、お姉さんになっちゃうわ。

