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「長野でのんびり翻訳生活」の野望

翻訳とか原書を読む会とか

98%~99%

2007-09-30 15:17:57 | 翻訳のこと

「原書を読む会」では小道具が必要なため、不本意ながら移動はもっぱら車だ。他はザルなのに、なぜだか駐車料金に対してだけは執拗にケチなわたしは、駐車料金の「500円」をどうしても払いたくないがために、駐車場の契約スーパーで1000円分の買い物をする羽目に陥る。これまでは、牛乳やら卵やら毎日必要な食料品を989円分とか、976円分とか買っていた。駐車料金ケチだ。

5階建てのそのスーパーでは、この何日か4階を閉めて改装工事が行なわれていた。そして、新装開店で4階に姿を現わしたのは、フロアの約1/4を占める本屋だった(残りの3/4がどうなっているのかは知らない、もとい、興味がない)。

いけないねぇ。

まずいねぇ。

今日は歩きだから、1000円分お買い物をしなくてもいいのに、思わず体が吸い寄せられる。ビジネス書が多い、翻訳物のミステリーとか置いてないのかしらん、と思いながら眺めていると、創元推理文庫の塊が目に入った。作品数が少ないなぁ、スーパーの中の本屋さんだもの、仕方ないよね、と思いながら近くによると、なんだかいい感じがする。あるじゃないの、サラ・ウォーターズの新作が。エレン・ヴィエッツもあるぞ、しかも新しい作品! へぇ、ここの店員さんの好みはわたしと似ているのかも。

視察のつもりだったけれど、帰り際、なぜだか平積みされていた米原万里さんの新書に手が伸びる。「なぜ、この方はこんなにも早く逝かれてしまったのかしら……」と思いながら、『米原万里の「愛の法則」』を持ってレジへ。

これからは、牛乳や卵が文庫に変身することが決まった。

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『米原万里の「愛の法則」』(集英社新書)は複数の講演会の内容をまとめたもの。そのため、書籍ではあるけれど、話し言葉で書かれている。2005年、闘病中の米原さんが来長された際には、「GLOBALIZATIONと国際化のあいだ」と題した講演を須坂まで聴きに行ったが、この本を読んでいると、あのとき、妙な息継ぎで講演されていたことを思い出す。

当然、通訳や翻訳に関しても触れていて、読書の仕方、濫読の重要性、「概念をとらえて訳す」ことの意味など学びが多くある。その中で、ドキっとすることが書かれていた。

同じ言葉でも思い浮かべる内容は人それぞれで、言葉が違えばその内容の差も大きくなる可能性があり、その差を縮めるために通訳が存在する、例えば、神との交信に一種の通訳を使っていた時代もあった、という件で、ドキっが出てくる。

(前略)神様と交信するときには、現代でもやはり通訳を使ったほうがいいのではないかと考えています。

 ただし、一つだけ問題があります。どんな分野にも自分の能力について誤解している人間が、最低二〇%はいると言われています。つまり、自分は実際の能力以上にできると思い込んでいるわけです。(中略)例えば、弁護士にしても、優秀な弁護士もいれば、自分は優秀だと思っているけれど実際には全然だめな弁護士もいます。大学の先生でも事情は同じです。

 ところが、神様との交信能力については大体九八~九九%の人が自分の能力について過信しているのです。(後略)(P.123124

「通訳」を「翻訳」に置き換えて、「そうそう」と読んでいる自分が怖い。


読書のすすめ、映画鑑賞のすすめ

2007-09-29 22:47:27 | 考えること

Frankieの先生が生徒たちに向かってこんなことを言っている。

You have to study and learn so that you can make up your own mind about history and everything else but you can't make up an empty mind. Stock your mind, stock your mind. It is your house of treasure and no one in the world can interfere with it. If you won the Irish Sweepstakes and bought a house that needed furniture would you fill it with bits and pieces of rubbish? Your mind is your house and if you fill it with rubbish from the cinemas it will rot in your head. You might be poor, your shoes might be broken, but your mind is a palace."Angela's Ashes" P.208

ぼけ~っと生きていては、せっかくの宮殿も台無しだ。読もう、読もう、たくさん読もう。

でも、先生、そんなに映画を目の敵にしないで。「ボルベール<帰郷>みたいな映画もあるし……。強烈でした。女は強し。


(きっと)やさしいお兄さん

2007-09-28 18:11:58 | 考えること

健康診断に行ってきた。集団検診というやつだ。何の因果か、1年に1度の健康診断が2年に1度の車検にぶつかった。信州中野までの長距離を(「すごい古い車だねぇ~」と息子が表現した)代車で走る勇気がなく、電車を使うという英断を下す。

息子の登校にあわせて、往きは小学生が山ほど乗っている通学列車に乗車した。当然、電車通学指導のPTAモードになる。小言を言わずにすむかと思いきや、結局1度、息子を含む5年生の一団を(車内で)怒鳴り上げてしまった。君たちには、もちっと上級生という意識を持って電車通学に臨んでほしい。

帰りは、ひとりでのんびりロマンスカー、もといA特急「ゆけむりに乗って旅気分に浸る。全区間特急料金が100円というのは、一体どういう企業戦略なのだろうか。よくわからん。

検診は何の問題もなく1時間ほどでチャチャチャと終了。血液検査とレントゲンの結果待ちだが、わたしが気になるのは糖尿のみなので、尿に異常がないことさえわかれば、それでOK。今回も合格だ。そういえば、結核の血液検査を済ませたばかりなので、レントゲン撮影は必要なかったか……失敗した。

事件が起きたのは、体重測定のときだった。身長は160cm、よ~し、まだ縮んでいないぞ。さぁ、次は(問題の)体重だ。そろりそろりと体重計に足を載せる。……が~ん、太ってるじゃん、まずいじゃん、結局、また太り始めちゃったじゃん。が~ん。思わず心の声が外に出てしまった。「やば、この体重……」。その言葉を聞き逃さなかった体重担当のお兄さんが一言。「まずいですか? それじゃあ、体重○○.9キロにしておきますか?」

へっ? これって、健康診断だよね? この数字をどこかに出して審査してもらうっていうわけじゃないよねぇ? ○○.9キロだと、税金が安くなるとか、翻訳のコンクールで一等になるとか、そういうんじゃないよね? 瞬時にいろいろな考えが頭を巡った。

「そういう問題じゃないんで、結構です」というわたしの答えは、お兄さんにはショックだっただろうか。


Pseudo通訳者

2007-09-26 11:35:33 | 翻訳のこと

外国からの取引先を迎えた、とある会社の会議風景。会議参加者の中で英語を操るのはメインの参加者一人だけ、結果として、その人が通訳を兼ねながら会議を進行していく――小規模なミーティングなら十分に考えられる。でも、会議に参加しながら通訳するのは、たとえその人物の通訳能力がどれだけ優れていても、作業の負担が大きすぎる。それに、気がついたら通訳者が自分の都合のいいように通訳内容を歪曲していた、となっても不思議はない。ここでプロの通訳者の出番となる。

場合によっては、会議参加者全員が英語を理解するが、戦略上、わざわざ通訳者を通して会議を進めるということもある。通訳者にとっては針のムシロの環境だ。

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なぜ突然通訳話かといえば、昨日、久しぶりに会議で通訳業務に携わったからだ。ただし、通訳とはいえ、純粋な通訳とは明らかに違う。今回は英語を日本語にアウトプットする役を仰せつかったのだが、すべての発言を訳せばいいわけではなかった。依頼主がどこでどんな通訳を必要としているのかを見極めることも要求された。ふぅ。

サービス業には「気配り」が欠かせない。昨日、改めてその「気配り」の重要性を痛感した(わたしをよく知る、そこのあなた。「お前に気配りを期待しても、それは無理だろう」などと、どうぞおっしゃらずに……)。

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一時期、白状するとつい最近まで、「放送通訳者になれたら……」と思っていた。けれど、ようやくその夢がしぼんできた。さすがの夢見る夢子さんも、そりゃぁいくらなんでも無理だろう、と気づいた。他の夢を実現するには、別の夢を自らしぼませることも必要だ。

勉強仲間に同い年で放送通訳を目指して勉強を重ねている人がいるが、やはり勉強量が違う。近い将来、7時のニュースを彼女の同時通訳で聴いてみたいと夢子さんは思う。


山登り

2007-09-25 05:39:01 | 考えること

何年ぶりだろう、山に登った。息子の遠足コース、大峰山だ。山頂で、何でもないおにぎりをとてもおいしくいただいた。

途中、「謙信物見の岩の下でロッククライマーの雄姿にほれぼれしていたら、道を誤り、よつんばいで獣道を登るハメに陥った。何事もなかったので、結果オーライだが、よつんばいになって下を覗いたときには、「親子3代3人で登山中、足を滑らせ嫁が重態。安全なハイキングコースでなぜ?」という地方紙の3面記事がポワンと頭に浮かんだ。

3時間の行程で出会った人はたったの2グループだった。さみしいじゃないか。熊に出くわさずにすんだのは幸運だったと思おう。

家から徒歩で登山ができるというのは、考えてみればとても恵まれた環境だ。山に囲まれて生活しているのだもの、こういう楽しみ方をしなければもったいない。

帰り道、金色に輝くきのこを見つけた。なんという名前のキノコなのだろう。義母が絵に描いてくれるというのでとても楽しみだ。

唯一楽しみでないのが、筋肉痛と腰痛だ。どうか今日の仕事に悪影響が出ませんように。