自分の誤訳。
その1:指摘されて、耳の芯まで赤くなるような誤訳。
その2:指摘されても、「はぁ~?」と返事してしまいそうな誤訳。
「アゼルバイジャン、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン……」と傘はり仕事をしていたら(まだ終らないのよ)、愛しのだんな様が核心をついた質問を投げかけてきた。
「そんなことやってて、本当にやりたい仕事を頼まれたらどうするの? 時間がないんじゃない?」
答えは一つ。「受けるに決まってるじゃん」
「本当にやりたい仕事」かどうかは別にして、翻訳の薫り高き仕事がきたので、当然のようにホイホイ受注する。この業界はあっちもこっちも忙しいらしい。どうやって時間をつくるのかは、走りながら考えることにする。
それで、本当に「本当にやりたい仕事」が熨斗つけてやってきたらどうしよう……お~っと、とらぬ狸とやらになりそうだ。そんな妄想を見る時間は、わたしにゃない。
往生地公園の近くの小さな空き地にクワの木がある。黒々しく熟した実が妖しくささやく。「おいしいよ、おいしいよ」。
朝、息子とふたりで立ち止まり、物色してみた。
「黒いのは甘くておいしいよ。赤いのは酸っぱくて、白いのは腹をこわす。気をつけてね」
彼からポケモン以外のことで教えてもらえることがあるとは夢にも思わなかった。どうやら学校にもクワの木があるらしい。でも、本人は白い実を食べたことはないんだと。友達が本にかいてあったことを教えてくれたそうだ。これがスケベーな話だったら、耳年増になるところだ。
大人気ないと思いつつ、こっそり実を一ついただく。羞恥心が先に立って選択を誤ったのか、陽に照らしてみると、真っ黒だと思った実は美しいボルドーだった。恐る恐るかじるとやはりすっぱかった。初恋の味ってヤツだわ、きっと。
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父は、よそ様のお宅の果物の木が気になる人だった。特に柿の木。「あそこの柿は、今年あまり実をつけないな」。「ここのはいっぱいなるだろうな」。どこの柿の木も彼のもののようだった。
実をつける時期になると、もういけない。彼の心もそわそわしだす。もう食べごろだ、とか、あれは渋いぞ、とか、自分の口に入ってくるわけではないのに、いつも無口な人が饒舌になる。
クワの木を見ていて、そんなかわいい父のことを思い出した。
文字単価いくらで英訳の仕事をしていると、翻訳原稿の細かいことが気になるときがある。傘はり仕事が一体いくらなのかいまだにわかっていない(しかも追加で受注してしまう)このわたしでさえも、だ。
そういう場合は、たいてい日本語が妙なのだ。しゃれた表現で、わたしの理解を超えている、というのではなく、明らかに文章が途中でぶち切れている。こういう文章に出会うと、「あのねぇ、不完全な文章でも文字数が減ればそれでよしってアナタ、そこまでして翻訳料金を支払いたくないっていうんかい」と見えないクライアントを怒つきたくなる。
以前、すごい仕事があった。原稿をみると、四字熟語の羅列のごとき詰め詰めテキスト。え~っと、これをどのように英語に変身させよとおっしゃるのか――う~~~む、添付資料があるではないか。この原稿はこういう意味です、と原稿の解釈が書かれた資料がしっかり用意されていたのだ。資料の文字数は原稿の1.5倍程度はあったような気がする。おいおい、そういう資料があるのなら、はじめからその「添付資料」を「翻訳原稿」にしてよ。翻訳料金を抑えたいのはよくわかる、でもね、別紙資料を見ないと訳せないようなテキストなんて、翻訳原稿とは呼べんでしょう。
「常識とは何か」、「良心とは何か」を考えさせられる貴重な経験だった。
「シャカシャカシャカシャカ、シャカシャカシャカシャカ」。
窓を開けて洗濯物を干していると、おいしい音が聞こえてきた。お向かいさんがケーキを作っている。きっとオーダーが入ったのね。あの音を聞くだけで元気が出てくる。やっていることは違っていても、「あぁ、彼女も頑張ってるんだ」と思えるから。疲れてくると、無性にがんばっている仲間が欲しくなるのはなぜだろう。
あ~ぁ、もうそろそろおいしい匂いも漂ってくるのかなぁ。
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土曜日は青山詣で。どうして青山に行く時間があるのか、自分でもよくわからない。我が師はますます江戸川コナン化してきた。なぜだっ?
級友たちに、「ねぇねぇ、5キロ痩せたんだけど、どうどう?」と無理やりコメントを求める。「すっきりしたね」とか、「顔のラインが全然違うっ!」とか、期待通りのせりふでわたしを喜ばしてくれる。みんな、大人だなぁ。とっても好きよ。
今日は大先輩が「まな板の上の鯉」役だった。だがねぇ、大先輩の訳文をどう料理すりゃぁいいっていうのさ。試されていたのは料理人の腕だった。