何とか他の道も見つけなければ、と思いつつも辞められない種まき生活。またしても、最後で悲しい結末に。めったに出てこないエンタメ系、しかもミュージカルの原作だったものだから、受かったら絶対そのミュージカルを観に(ブロードウェイに)行こう!な~んてスィートな夢までみて。あ~ぁ、我ながら痛々しい。
再来週には合格確率0.00001%の種まきの結果も待っている。この過酷な道はいつまで続くのか。えっ? 嫌ならやめればいいんじゃないのって? そりゃそうなんだけど……。
何とか他の道も見つけなければ、と思いつつも辞められない種まき生活。またしても、最後で悲しい結末に。めったに出てこないエンタメ系、しかもミュージカルの原作だったものだから、受かったら絶対そのミュージカルを観に(ブロードウェイに)行こう!な~んてスィートな夢までみて。あ~ぁ、我ながら痛々しい。
再来週には合格確率0.00001%の種まきの結果も待っている。この過酷な道はいつまで続くのか。えっ? 嫌ならやめればいいんじゃないのって? そりゃそうなんだけど……。
どうしたわけだか、わたしのところに来るお札には羽が生えている。間違いない。
もらったお小遣いを握りしめて、夏祭りにでかけた頃からそうだ。銀座の(はずれの)広告代理店で働き始めても、連日飲み歩いては、財布の中身はどこかに飛んでいった。何かの手違いで、年の割には高い収入をもらうようになってからは、なおいけない。無駄遣いを一切しない友達が隣で目を光らせてくれていたにもかかわらず、「きゃぁ、クリスマスセールが始まったわ、靴を買いましょう、コートを買いましょう、スーツを買いましょう」とあるだけ散財。おかげでイメルダだ。ちなみに、あの頃の戦利品は今やどれもこれも無用の長物。タンスの肥やしにもなりゃしない。
そんなわけで、財布の中身がボリュームダウンしても、精神構造はなかなか変わらない、変われない。
最近は、自分が悪いのではなく、お財布が悪いというように考え方を変えることにした。まぁ、なんてステキな発想の転換。あっ、これ、責任転嫁ともいう。なんでも、オレンジ色のお財布はお金が住みにくいとか。二つ折りのお財布だと、お札が折れて痛いんだとか(だれが? 野口さんが? 福沢さんが?)。
そんなわけで、お財布、変えました。茶色い長財布です。くれぐれも、「それを人は散財と呼ぶ」とおっしゃらずに。わたしって追いつめられてますでしょうか……。
「銀盤の妖精」というキャッチフレーズをジャネット・リンにつけた人は、もしその人がコピーライターだとしたら、そのあまりの短絡さに気恥ずかしくならなかっただろうか、などとつまらないことが頭をよぎった。
生まれてはじめて、しかも偶然、フィギュアスケートなるものを観た。一流プレーヤーは皆、「銀盤の妖精」だった。速い、速い。カメラがプレーヤーと併走するテレビ画面からでは、決してわからないスピード感だ。出場する順にスピードとしなやかさが増していく。思わずため息が出る。ため息を聞いてから、今のは自分のため息だったのかと驚く。そんなはずじゃなかったんだけど、と驚く。フィギュアにここまで心がふるえている自分に驚く。そして、なるほど、こういう力があるから彼らは(彼女は)一流なんだ、と納得する。
悩める子羊としては、どうしても彼らの(特に彼女の)努力を考えずにはおられない。超人的な身体能力だけではきっとこの演技はできないのだろう。努力あってこそ。そんな努力は微塵も見えないけど。
どの分野であれ、一流を観て、感じて、心に栄養をあげることは重要だと今なら素直に思える。
人間なんて、やるか、やらないか、だ。結局、そのどちらかでしかない。やらなきゃできないし、やればやった分だけ必ず前に進む(この効果や進み方はまた別の話)。
やればできるのはわかった。ありがたいことに何をやればいいのかもわかっている。じゃあ、なぜ、やれないんだ? なぜ、やらないんだ? 自分はやれないのか、やらないのか、どちらだ?
「自分ができないのは、やれないからじゃない、やらないだけなんだ」という長年のイイワケにいささかウンザリ、「それなら、なんでやらないんだよ」に答えられない自分に疲れてきた。
ぱんぱんに膨れていた庭の梅のつぼみが、ポンとほころんだ。