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「長野でのんびり翻訳生活」の野望

翻訳とか原書を読む会とか

本物

2011-07-25 08:04:59 | 翻訳のこと

街中ですれ違ったら、きっと怖いおじさんにしか見えないであろう濁声の芸術家が、今年も長野に来てくれた。

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言葉(と沈黙)の世界。

気づいたら3時間が終わっていた。毎回話を聞くたびに、くぅぅ~、やられた、と思う。何が違うんだろう。

前座のお兄さんのお話を聞いていると、学芸会の保護者の気分になる。一句一句、さぁ、次のせりふは大丈夫? 間違えないで言える? と心が落ち着かない。何よりも問題なのは、今のは誰のせりふ? と混乱してしまうことだ。聞く方もしっかり聞いていなければならない。ボヤっと聞いていると、えっ、えっ、今誰が出てきたの? と置いてきぼりを食らってしまう。

聞く方もしっかりしないと。油断できない。

でも、芸術家のお話の場合、油断するもしないも、流れに乗っていればいいだけだから、聞いている方はある意味楽ちん。息を吸ったり吐いたり、たまに止めたり。すべては芸術家の思いのままだ。聞く方は意識しない。というか、意識できない。

こういう本物に出会うと、目の前の壁がまた高くなる。読者に負担をかけない――言うは易く行うは難し。

こちとら、前座に上るのさえ四苦八苦なのだ。


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