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「長野でのんびり翻訳生活」の野望

翻訳とか原書を読む会とか

彼女に何があったのか

2009-02-07 06:59:58 | 自分マネジメント

前回の記事で、「今、ここでかかっておけば都合がいいね、最高のタイミングじゃん」と不謹慎なことを考えたので、天罰が下ったらしい。どうも、ゴーシュが休んだ日に、業者が入って卒業記念用のDVD撮影が行われたようだ。あぁ、どのシーンにもゴーシュの姿が映っていないのかと思うと、母は悲しくなる。さらにその翌日には、1年間やってきた土いじりの最終工程、野焼きがあったという。いったい何なのさ、最低なタイミングじゃん。

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鞭を持つ美女から叱咤激励の言葉をもらい、あたくしは今、加齢に、もとい、華麗に変身しつつあります。

確定申告の相談受付さえまだ始まっていないというのに、このあたくしが、弥生ちゃんにデータを入力し始めたのであります。頭が少々ずれてきたのかもしれません。ひょっとしたら、ゴーシュのインフルエンザがうつって、熱にうなされていることに自分が気付いていないのかも(いやいや、当たりの50%はホフマン氏がひいてくれました。彼は今、寝込んでいます。がんばれぇ)。

今年の最大の難関は、PCを買い替えたため、「弥生ちゃんのアプリケーションを家のどこかから探し出して、PCにインストールする」でした。でも、ビュンビュン唸る鞭のおかげで、重い腰が上がり、弥生ちゃんに辿りつくことができました。この難関さえ突破できれば、こっちのものさ。あとはトントン入力していくだけ。

外は雪。白い雪も、あたくしの健闘をたたえてくれています。


不言実行

2009-01-23 08:37:36 | 自分マネジメント

今年の書初めで、ゴーシュが選んだ言葉は「不言実行」だった。画数は少ないけれど、見栄えがよろしくなくて書くのが結構むずかしい。

その上、実践するのもむずかしい。

四の五の言わず、トットとやる。

何をすればいいのかわかっているのであれば、ぶつくさ言わずにトットとやる。それが何だかわかっていないなら、まずそれを探すべくトットと行動を起こす。

「不言実行」、言葉に書くと簡単なのだけれど、いざ実践するのは実にむずかしい。

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ちょっとちなんじゃうけど、今はやりの「有言実行」だって、ぶつぶつ言わないで行動すれば「不言実行」だ。


いつかはやると思ってた

2008-05-14 04:25:34 | 自分マネジメント

南の方では、電車の運転士さんが「考え事をしていて」止まるべき駅をすっ飛ばしたらしい。でも、わたしにはとても笑えない。

昨日はゴールデンウィーク明けで3週間ぶりの火曜読書会だった。「間に合わない、間に合わない」といつものセリフを呪文のように叫びながら、急いで出かける準備。お気に入りの腰巻もしっかりつけて、と。さぁ、出かけようかと思っていたら、翻訳依頼の電話が入った。どうやってねじ込もうか、果たして本当にねじ込めるのか、イロイロ考えながら家を出る。

ハンドル握りながらも、どのようにスケジュールを組み立てれば、金曜日休校の今週を乗り切れるのかを考え続けた。信号にひっかかり、時計を確認。OK、読書会にはまだ間に合う。3週間ぶりの原書を読む会だもの、心を入れ替えて、5分前(?!)には着いてなきゃ。

でもなぁ、あの翻訳、本当にできるだろうか、そう思いながら、先を急いだ。遅れないように、アクセルを踏み込む。でもなぁ、〆切に間に合うかなぁ。これやったら、あれができなくなるよなぁ。どうすればいいのかなぁ。そう思いながら、何気なく周りの風景に目をやった。

違う。

なんだか違う。

見慣れた風景だけど、なんだか違う。わたしはどこに行くために、運転してたんだっけ。

今朝依頼の来た翻訳の〆切のことばかり考えていたから、脳がそれに反応したらしい、なぜか翻訳依頼主のビルの前にいた。

違うの、違うのよ、ここに来たかったんじゃないの、行き先は「しなのき」なの。お願い、誰でもいいから「どこでもドア」、1つください。


春休み

2008-03-16 00:15:59 | 自分マネジメント

15日から春休み。早すぎだ。「3月14日に終業式だ」と大宮の妹に話したら、ビックリされた。わたしもビックリしてる。4月は3日が弁当持ちの始業式だから、休みは合計で17日間。長いぞ。仕事でピリピリしている母と一緒に過ごさなければならないなんて、息子もかわいそうだ。

それにしても、休みだというのに明日もあさっても弁当作り。宇宙がわたしに試練を与えてくれているんだと思うことにする。そうでも思わないと溺れそうだ。


花丸がいっぱい

2007-09-06 18:42:45 | 自分マネジメント

階段を上る、白線内に車を止める、誰かとすれ違う――人は、無意識のうちにこうした一連の動作を行っている。階段を上るたびに「上げたこの足を次はどこに置こうか」などと着地位置を考えるようでは容易に転んでしまうだろうし、駐車のたびに何度も切り返しを繰り返さなければならないようでは車で出かけるのが億劫になる。また、人とすれ違うたびにぶつかっていれば、「スミマセン」の看板を前後にかけてサンドイッチマンよろしく歩いた方が手っ取り早い。いやいや、むしろ外出を控えた方がよいだろう。

こうした動作は、対象物と自分との距離を的確に測ることで瞬時に行なわれる。最近、この「的確に距離を測ること」を難しく感じる――な~んて、ガラにもなくこんなことを真面目に考えるのには大きな理由がある。ちょっと前、崇め奉り続けている例の女史から一発喰らったからだ。「そうですか、(翻訳を始めて翻訳とかかわり始めて)もう5年目になるの……」。……。5年もやっててこれじゃぁ、やっぱりダメっすかぁ。

昔から計画作りは得意だった。「あれができるようになるには、これをやって、あれをやって、それができたら次の段階に移ればいい」――バックスキャンはお手の物だ。あとは実行のみ。翻訳家になるという目標も、計画だけは万全だった。当初の計画どおりにいけば、印税でうれしい悲鳴をあげながら、今年のあさま組の忘年会で師に代わってわたしが大盤振舞いするか、ワード単価20円也のビジネス翻訳でガッポガッポ稼いでいるかのどちらかだったはず。

理想と現実のギャップを目の当たりにして、最近ようやく「計画作りが得意だった」のは妄想だったことに気づいた。たぶん、計画作りそのものを楽しんでいたに違いない。計画を難なく実行して、できないことができるようになった自分の姿を思い浮かべられるのだもの、そりゃあ楽しいはずだ。

なぜ計画を実行できないのか――理由は一つしかない、その計画が無謀だからだ。つまり、今の自分と次の自分との距離をうまく測れずに、自分に負荷をかけ過ぎていたということ。1段抜かしで階段をかけ上ろうと思ったけれど、思い描いたように足が動かず前のめりに倒れ込んだ感じ、といえばいいだろうか。あぁ、こんな簡単なことに気づくのに、どれだけ時間がかかったことか。

例えば、翻訳家になるには英語力が必要だ。その英語力を上げるためのメニューを考える。その一つとして、「今年は仕事関連以外に年間12冊の原書を読もう」と計画したとする(いや、実際、それが今年の計画だった……)。月1冊のペースだから、600ページや700ページといった大物を読もうなどとチャレンジングなことさえ考えなければ、楽勝でクリアできるはずだ。今はもう9月だから、少なくとも8冊は読み終えているはず、だった。

ところが、だ。現実は違う。考えなければならないのは、月1冊が(自分にとって)妥当な数字なのか。「読めるといいな」と「読める」とのギャップが大きすぎるなら、計画自体が破綻しているのと同じだ。1時間で読める量を考えると、決して無理な数字ではない。むしろ、月2冊にチャレンジすべきだろう。

今までなら、「ほらっ、やっぱり計画は完璧じゃん、それなのに実行できない。やっぱりわたしはダメなんだ。だからいつまでたっても受精卵のままなんだ」となるところだが、ちょっと考えを改めた。わたしにはもう一つステップが必要なんだと思う。つまり、「月1冊読む」という漠然とした計画では不十分で、さらにもう一歩踏み込んだ計画を立ててあげなければならない。あ~ぁ、手がかかる。

そこで、「毎日1時間原書を読む」という具体的な計画を立てる。それだけでは不安なので、「ランチのときには必ず原書を読む」ことにする。ランチは(たぶん)必ず食べるものだから、こうすれば原書を読むに違いない。1時間が無理なら、30分でもいい、そうだ、「ランチのときには必ず30分間原書を読む」にすればいい。実行できたら、スケジュール帳に花丸でも入れよう。

あぁ、手がかかる。ここまでビジョンを砕かなければならないなんて、本当に手がかかる。でもね、いくら手がかかっても、計画が実行できるのなら万々歳だ。