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「長野でのんびり翻訳生活」の野望

翻訳とか原書を読む会とか

翻訳者の責任

2006-06-09 04:56:28 | 読んだ新聞

「ダ・ヴィンチ・コード」の上映時間を調べようとして、新聞を開いた。かなり、アナログな人間だ、わたしは。そういえば、最近、新聞をしっかり読んでいないなぁ~、と思いつつ、開いた新聞をパラパラとめくる。どの新聞でもよかったのだけれど、たまたま手に取った新聞のあるページに神様からのお告げが……(って、おおげさ)。

カズオ・イシグロがそこにいた。……。彼の写真付きインタビュー記事だった。考えてみれば、単なる翻訳本(『わたしを離さないで』早川書房)新刊の宣伝だ、が、彼と私は赤い糸で結ばれているのかも……なんて思ったり(たぶん、右手のお姉さん指あたり)。

最後の段落をチョコっと引用。

日本語はほとんど解さず、翻訳に目を通すこともない。「翻訳者を信用するのが健康にもいい。翻訳者にはその言語で読めるようにする一定の責任がある」(ロンドン共同=宮脇英朗、信濃毎日新聞200666日文化欄より)

ずしん、ずしん(心に落ちていく音)。ちなみに、翻訳されたのは土屋政雄先生。イシグロの指名なのだろうか。期待が高まる。まず原書『Never Let Me Go』を読んでみよう。きっとまた、「目から鱗」の経験が待っているはず。


中学生の頃に見た世界は、一生、君のものになる。

2006-02-06 07:53:53 | 読んだ新聞

中田英寿のファンでもなければ(ワールドカップは楽しみだが)、清涼飲料水の愛飲者でもない――けれど、このキャッチコピーには心が動かされた。

そうなんだよね、小学校高学年から中学生の頃に受けた知的刺激の影響力は絶大だと思う。目の前に未知の世界が広がっていても、それが未知の世界だとは意識しないで、恐れず大胆に動けるのがこの頃なのではないだろうか。わたしの場合、自分の原風景は10代前半にできたもの、といっても過言でない。10代前半の子どもたちにどれだけステキな世界を紹介できるか、それが大人になった(なってしまった)自分に課された使命の一つなのかもしれない。


「次世代エネルギーに注目」

2005-10-21 19:10:22 | 読んだ新聞
10月21日 日経

「日本株投資 有力運用担当者に聞く」

さわかみ投信社長、沢上篤人さんは

「中長期で上昇が見込めるのがエネルギー関連。世界の人口が増加するなか、石油などの化石燃料はいずれ枯渇する。今から、次世代エネルギー関連企業に投資して早すぎることはない。投資に重要なのは、十年、二十年後に人間が必要としているものは何かを徹底的に考え抜くことだ」

と語っている。
さわかみ投信 http://www.sawakami.co.jp/

う~ん、環境英語をかじりつつあるわたしには、なんとも深い言葉に聞こえる。投資家が環境を考えるということは、投資対象の企業も環境を考えざるを得ないということ。なんといっても、企業はビジネスになるのなら、金儲けになるのなら、必ず動くから。「cause」はどこへやら、だが。企業が動けば、社会全体の意識も、消費の後始末の観点から環境を捉えるのではなく、はじめから消費を少なくする方向にシフトするに違いない。

環境がビジネスになるのは間違いない。それももうすぐ。

環境とともに注目するのが医薬分野。とくに、後発(ジェネリック)医薬品分野に興味津々である。


「乳がん 髪の毛から兆候キャッチ」

2005-10-03 08:54:04 | 読んだ新聞
10月3日付 信毎

  乳がんを発症する女性は、体内のカルシウム濃度が低下するという。それを補うため骨からカルシウムが溶け出す。溶け出した余分なカルシウムを蓄積した細胞から、大型放射光施設「スプリング8」を使ってカルシウム濃度の変化を読み取ろう、しかも、髪の毛で、というのが新しい診断法だそうだ。なんでも「髪の毛にはカルシウム濃度の変化が"記録"されている」そうだから。

  これが実現すれば、あの乳がん検査も受けなくてすむのかしら?!おっぱいをムギュっとつぶす検査は、激痛を伴うというではありませんか。それが嫌で、超がつく痛がりのわたしはいい年にもなっても未だ乳がんの検診を受けたことがありません。忙しいプラス、痛いのが嫌だから乳がん検診を受けない人って他にいませんか?

スプリング8はこちら↓
http://www.spring8.or.jp/j/



「会社の金言 サントリー 悠々として急げ」

2005-10-03 08:39:34 | 読んだ新聞
10月3日付 日経

  「慌てずに急げ」と自分に言い聞かせる場面が多い。美しい言葉を使えば、「悠々として急げ」ということになろう。

  翻訳の卵として座右の銘(?)にしているのは、「何も足さない。何も引かない」。これはいわずと知れたサントリーウイスキー山崎のコピーだ。よその国も飲み物をもってきて、日本人の口にあうようにするのだから、何かを足したり、引いたり、試行錯誤するのは当然のことだろう。翻訳もしかり。原書をそのまま訳して、別の文化背景を持っている日本の読者が必ずすんなり感じることができるわけではない(もちろん、感じることのできる人もいるだろうが)。そこで、翻訳者は、ああやったりこうやったり悪戦苦闘する。で、結局、「何も足さない、何も引かない」ちょうど日本の読者にあった翻訳文がうまれてくる。まるで、著者が日本人だったらこう書くに違いない、と思えるような文章に仕上がるのだ。

  あ~あ、「何も足さない、何も引かない」そんな文章をいつでも書けるようになりたい。