クリスティーの本には薬物がよく登場する。看護士や薬剤師としての経験が色濃く反映されているからに違いあるまい。特に、一時日本でも流行っていた(?)青酸カリ(potassium cyanide)はお馴染みさんだ。ミス・マープルの'The Blue Geranium'も例外ではない。
この話の中には smelling saltsなるものも登場する。辞書を引くと、「芳香塩、かぎ薬、気付け薬」などと書かれている。芳香塩は、ラベンダーなどのエッセンシャルオイルと一緒に使うと、リラクシゼーション効果があるらしい。また、刺激臭を放つので、気を失った人に嗅がせると意識が回復する。映画やドラマで、そういうシーンを見かけたことが何度もある。ちょっと昔の洋画で、長いドレスの貴婦人らしき女性たちがなよなよと倒れこむ、あれだ。彼女たちの場合はフリではなく本当に失神していて、気付け薬の瓶を手放させないのにはちゃんとした理由があるという。現在では、スポーツ選手が使っているという記述も見かけた。
炭酸アンモニウム――と言われてもよくわからないが、Wikipediaの「空気中に放置してもゆっくりと二酸化炭素とアンモニアを放出しながら分解し~水溶液は塩基性を示す」で、ふ~ん、だからあのトリックが使えるのか、と思わず納得する。
でも、実際にはどんなものなのだろう。ひとまねこざるになった気分で、薬局に行ってみた。軽い気持ちで「気付け薬、ありますか?」と聞いたら、お姉さんの眉間に皺が寄った。「はぁ~?」という声まで聞こえてきそうだ。
「き、何ですか?」
「き・つ・け・ぐ・す・りっ」
「ひきつけの薬ですか?」
「……。いいえ、気付けの薬です」
引き下がればいいものを、何としてでもこのお姉さんに理解してもらいたくなった。こういうときの自分の脳の動きを見てみたい。「失神した人に嗅がせたりするんですよ」ウンヌンカンヌンと説明してみたが、結局「何言ってるんだかよくわからないおばさん」になりさがって幕が閉じた。
気付け薬が置かれていないのはわかった。でも、「気付け」という言葉さえ今は使われていないらしいと知って、複雑な気持ちになった。
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オオクボ調査によると、どうやら最近では「水銀の体温計」も通じないらしい。世の中は少しずつ変わっている。

