はじめに
11月2日(土)23:00-00:50(24時間表記)にBS1で放送のBS1スペシャル エネルギーシフトへの挑戦で、アメリカのエネルギー学者が原発事故後の日本の再生可能エネルギー導入の現場を歩き、エネルギーシフトへの道筋を論じます。
3年前のこのブログの記事エイモリー・ロビンス博士が語る「人々がより少ない資源で豊かに暮らす未来」で、省エネと自然エネルギーを重視した小規模分散型エネルギーシステムを採用すれば、人々がより少ない資源で豊かに暮らす未来が可能と主張して、世界の注目を集めていることを紹介しました。ロビンス博士と協力者達は、アメリカは2050年までに石炭と石油の消費を止め、エネルギー効率化と再生可能エネルギー社会への移行が、ビジネスとして成り立つかについて行ってきた研究の成果を近著「新しい火の創造」(ダイヤモンド社、2012年10月出版)に発表しました。この書籍は500頁にも及ぶ大作ですが、ここでは番組のバックグラウンド情報として、そのごく一部についての抜粋を紹介した後で、21世紀の原発の依存の是非にいて私見を加えたいと思います。
ロビンス博士が日本に投げかけた提言
日本の旭硝子財団は、環境問題に貢献した個人や団体にブループラネット賞を贈って顕彰しています。2007年の受賞者は、ロビンス博士でした。博士は受賞記念講演で、以下に述べる五つの「もし」を実現すれば、日本が世界のエネルギー問題でリーダーシップを発揮して行けると語りました。
その1:日本は石油ショックの後でエネルギーの効率化に目覚しい成果をあげた。しかし今では、地球温暖化防止は金がかかるお荷物であり、犠牲を払う必要があると考える人が大半で、これが競争力の源泉であり、利益となり、生活の質を向上させてくれるとは受け止めていない。しかし、日本は現在の技術を使えば収益性を保ちながらエネルギー効率を少なくとも3倍高め、青い地球の保護に貢献できる。もし日本の人々がそれを可能であると認識し、実現を常に求めれば、である。
その2:日本は燃料に乏しい国だが、主要工業国の中で最も再生可能エネルギーに恵まれており、現在より小さいコストとリスクで、他国より早く、長期的エネルギー需要を満たすことができる。もし政策当局がこれを認識し、動きを認めれば、である。
その3:大規模な工業社会は巨大な発電設備を必要とするという概念は、時代遅れになっている。小型化と情報化の技術革新によって、膨大な数のスマートな分散型発電設備を、少数の巨大発電設備より安価、短期間で建設し、信頼性の高いものにできる。もし旧来の組織機構や習慣が、大規模集中型発電設備を好むのを止めれば、である。
その4:迅速に展開するエネルギー技術と市場は、旧来の官僚的で独占的な習慣を、国の利益とそぐわないものにさせている。日本のエネルギー政策は、多様で、しなやかで、オープンなものになる必要がある。もしそうなれば、日本の持つ技術力と商品化力は、もっと良く花を咲かせるであろう。
その5:もし日本が以上四つの可能性を現実化し、リーダーシップを発揮し、投資によって近隣諸国と共有すれば、日本は世界をより健康、安全、豊かで涼しくなるよう引っ張っていくことになる。
この講演の40ヶ月後、福島の原発事故が世界を震撼させました。ロビンス博士は、上記の五つの「もし」が選択肢から必須なものに変わったと述べています。2011年、世界の原発市場の低落が加速される一方、水力を除く再生可能エネルギーの総発電容量は原発の1.5倍に達したそうです。博士は、原発は本来的に高コストの発電システムで、競争市場でいずれ淘汰されると予測しています。
化石燃料時代の終焉に至るロードマップを探る「新しい火の創造」研究プロジェクト
ロビンス博士とロッキーマウンテン研究所員達は、多数の外部の専門家達の協力を得て、(i) アメリカは2050年までに石炭と石油の消費を止めることができるか、そして(ii) エネルギー効率化と再生可能エネルギー社会への移行が、ビジネスによって推進され、永続性あるメリットを実現できるかについて研究・分析を行ってきました。これらは可能であるとしたプロジェクトの成果が、「新しい火の創造」に集約されています。但し、実現を阻止する現行の障壁を取り除くような教育、イノベーション、リーダーシップ、政策と規制の変更があればとの前提つきです。原著名は"REINVENTING FIRE”で、化石燃料に頼らない新しいやり方でエネルギーを作り出すというような意味だと思います。下図は2050年に実現された仮想の未来から振り返った、アメリカのエネルギー消費の推移です。原本の図はみやす形でコピーを挿入するのが困難なので、手書きでなぞって書き直してありますが、大筋は原図通りです。
2050年には、石炭、石油、原子力への依存がほとんどなくなり、再生可能エネルギーの割合が著しく増加しています。石油依存からの脱却は大きな経済効果を生み、軍隊の役割は変質し、大気はきれいになり、温室効果ガス排出は劇的に削減されます。エネルギー消費は効率化技術と生産性の向上によって現状より削減されます。システムの構成要素を個別に効率化することに加えて、システム全体の効率化(統合設計デザイン)によって、更なる省エネが実現します。軽量で強靭な炭素繊維素材を使った安全な輸送システムの構築、建物のエネルギー効率の向上、工業的プロセスのエネルギー効率の向上と廃熱処理技術の導入、小規模分散型スマートシステムによる再生可能エネルギーに依存した電力需給システムの導入などが進んでいます。
未来社会実現には、更なるイノベーションと実用化のための投資が必要です。投資で得られる直接的利益と、それで得られた社会的コストの削減を合わせた額は、投資額を大幅に上回るので、企業が事業として取り組むことできる成長分野であるとされています。新しい火の創造は経済、雇用、温暖化抑制、国家安全保障、発展途上国の状況改善をも利するという分析結果が出ています。また、化石燃料会社は崩壊せず、事業の多様化によって生き延びると予想されています。
21世紀 原発は必要? 不必要?
何よりも憂慮されるのは事故と放射能汚染の拡散です。地震・津波に対する安全対策の強化が叫ばれていますが、それで安全が確保される保証はありません。そのうえ、地震や津波以外の要因による事故の可能性(機器の劣化、コンピューターの誤作動、人為的ミス、恣意的誤操作、航空機の落下、テロリスト攻撃、サイバー攻撃等々)を完全には除外できません。福島の事故は、ひとたび事故が起こった際の安全確保と施設の解体・無害化が如何に困難で長期に及ぶかを証明しています。次に事故が起こるのは日本ではないかも知れません。それがどこの国であれ、周辺地域の汚染と健康被害は不可避です。それを対岸の火事と座視してよいでしょうか。透明性の低い国で事故が発生した場合、事態は一層深刻なものになるでしょう。
目処が立たない放射性廃棄物処分も大きな問題です。廃棄物の問題は将来の技術革新に委ねればよいという説もあります。しかし宇宙旅行の夢を語るのと違って、確たる見通しなしに廃棄物は溜まり続けて行きます。決定に関わる人々は、自分の存命中に実現のあての無い問題を将来に丸投げすべきではないと思います。ピラミッドのような古代文明は、現代人に夢とロマンをもたらしました。未来人は現代人の遺物となる原発廃棄物をどう見るでしょうか。
ドイツは福島の事故後、10年前にできていた脱原発計画を復活させ、古い原発8基を即座に閉鎖し、10年後の完全脱原発を見据えた再生可能エネルギー推進への道を歩んでいます。ドイツは再生可能エネルギーを、関連産業の成長が雇用を生み、国民に恩恵をもたらす21世紀最大の成長分野とみなしているのです。詳しくは、ドイツのエネルギーシフト最前線視聴記を御覧ください。新しい火の創造の国家レベルでの実践です。
ロビンス博士達の分析結果はアメリカ経済を対象としたもので、そのまま日本に当てはめることはできません。しかし博士が述べているように、日本は主要工業国の中で最も再生可能エネルギーに恵まれている国です。前掲のその1からその4までの「もし」をクリアすれば、原発依存の全廃と化石燃料依存の大幅削減が可能なのではないでしょうか。そのうえで、その5のように、日本がリーダーシップを発揮して、世界をより健康、安全、豊かで涼しくなるよう引っ張っていくことを希望しています。
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