マイスペース

半径1m以内の出来事を独りごちております。

辞世の一句

2016年07月16日 | 半径1mの話
本日、Fちゃんのご主人のお母様が逝去されました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。



お昼ごはんを食べておりましたらば、

Fちゃんも今頃いろいろと大変だろう、と父が言うので

そうだね、暑い中の葬儀は大変だよね、と応えると

そうか、 死ぬ時期を考えんといかんな、暑くても寒くてもいかんな。
よし、父ちゃんは、秋か春にするぞ。

と言ったあとで、徐に こんな一句を詠み始めました。


うららかな 春の光を身に浴びて きょうを晴れの門出とぞ思う 


父ちゃんの親父さんの辞世の一句だ。3月18日に死んだから、寒くもなく暑くもなかったわけだ。


父の話は続きます。


親父さんというのは、おんな兄弟の末っ子に生まれたもんだから、わがままで有名だったらしい。


親父さんが、まだ5,6歳のころに、血相を変えて走っているのを見て、近所の人が声をかけたそうだ。
 
「 おい、かず坊、そんなに急いでどこへ行く? 」

するとだな5,6歳だった親父さんがこう言ったそうだ。

「 父親に殴られた。いくら親だからと言って、人を殴るのはけしからん。駐在所に訴えに行く 」と。

とにかく、何でも自分の思い通りにならんと機嫌が悪くなって大変だったらしい。





その祖父は、49歳で亡くなったので私は当然会ったことはありませんが、父の話を聞く限り相当豪傑な人だったようです。


父の家は、代々医者だったので父が子供のころまでは町の名士的暮らしをしていたらしいのですが、祖父は相当な預貯金を残したにも拘わらず戦後のインフレで貨幣価値が下がり、

幼い兄弟達の面倒を強いられた父は、医学部へ進学するわけにもいかず、
父言うところの出来の悪い伯父さんに代わって、祖父亡きあとの家を守ったとのことでした。

父に言わせると、49歳で小さい子供を残して死ぬとはけしからん。もっと酒を控えて摂生していれば早死にすることはなかった、と。

そういう思いがあるので、父は齢90にして非常に自分の健康管理に厳しいのだと思います。




ナンプレを 解けずに旅立つ 無念かな  

こんなことにならぬよう、ナンプレを極めるまでは長生きしてほしいものでございます。






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