思うこと

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「中国化する日本」―日中「文明の衝突」一千年史     與那覇潤

2013年08月17日 22時08分19秒 | 日記

〈内容紹介より〉
 日本の「進歩」は終わったのか──ポスト「3・11」の衝撃の中で、これまで使われてきた「西洋化」・「近代化」・「民主化」の枠組を放棄し、「中国化」「再江戸時代化」という概念をキーワードに、新しいストーリーを描きなおす。ポップにして真摯、大胆にして正統的な、ライブ感あふれる「役に立つ日本史」の誕生!
〈担当編集者から一言〉
 後生畏るべし、とはよく言ったもの。この本は弱冠32歳の日本史学者が軽やかなタッチでものした、まったく新しいライヴ感あふれる日本通史です。高校生レベルの知識だけを前提にしながらも、次々と日本史の常識がくつがえされ、「真説」が提示されます。全体を貫くキーワードは「中国化」と「江戸時代化」。教科書の常識とアカデミズムの行儀よさを突き抜け、いまの社会にも役に立つ「日本史」の誕生には、文科省もびっくり!?

 ということで巷で評判の「中国化する日本」を読んだ。作者は右にもある通り、32歳の気鋭の日本史学者、與那覇潤(よなはじゅん)。以前に自分も読書感想文を書いた「絶望の国の幸福な若者達」の作者である古市憲寿や宇野常寛・荻上チキなどと同様、20代・30代を現在を代表する新しい世代の論客の一人だろう。
 さて「中国化する日本」とは作者も言う通り、誤解を与える題名であって、これは昨今の中国に対するバッシングから連想されるように、やたら最近経済大国化・軍事大国化して、近隣の諸国を脅かすような「強硬」路線をとる、かの国に対し、政治体制は民主主義から遠くかけ離れた一党独裁、言論・思想の自由はなく、人権意識の欠如も甚だしい…という側面を批判し、中国や韓国になめられてばかりではいけない、弱腰・謝罪外交ばかりで日本人の主体性はどこへいったのか、いまこそ日本は「誇り」ある国体を取り戻せ、そうなりつつある日本…という通俗的意味で使われているのでは全くない。「中国化」というのは「西洋近代化」「封建制」などと同じような、一つの政治・社会・経済体制の概念として用いているのである。
 結論から言えば、本当に目を見開かされるような本である。大げさではなく、いままで習ってきた日本史・世界史の教科書や授業は一体何だったのだろうとまで思わされる本である。歴史の専門家や地歴公民の教師などからはきっと色々批判もあるだろうが、そんなことはなんのその、私のようなずぶの素人にとっては、日本や中国の歴史の見方を初めて教えてもらったといってもいいぐらいの本である(と褒めちぎっておこう)。
 さて、私にとっては(きっと少なからぬ人もそうだと思うのだが)、中国四千年の歴史というのは、確かに世界の文明発祥の地の一つであり、およそ日本がほとんど原始人のような生活をしていた時代に、既に高度な文化・文明を持ち、春秋戦国・秦・漢のワクワクドキドキ?時代や随・唐あたりの時代までは世界に冠たる国ではあったが(その辺までは世界史の本のページも多かった)、宋・元・明ぐらいになると叙述も少なくなり、その〈後進性〉故清の時代は欧米日の列強の支配を受けることによって、苛酷な時代を迎え、そして中国としては、先に述べたように、経済的・軍事的にはもはやアメリカに追いつかんばかりの〈超大国〉になりつつあるが、依然として選挙すら行われない民主主義とはかけ離れた国で、経済に比してその政治体制は極めて後進的であり、欧米・日本などの「先進国?」とはおよそ比較にならないし、まだまだとんでもなく「遅れた」国というのが一般的理解か。
 また日本史にしても古代から平安朝の貴族文化、そして戦国時代を経て、江戸で強固な封建制を引き、明治維新で欧米の影響の下、アジアでほとんど唯一近代化を果たし、そしてファシズムの台頭で先の戦争に突入し敗戦。戦後は民主化を推し進め、ついに世界の経済大国を実現した。最近稍落ち目とは言え、依然として世界に冠たる「先進国」ではある…。「中国化」などと言われたたら、明日から言いたいことも言えなくなる時代の到来かとも思ってしまう。
 そしてヨーロッパこそ世界で最も早く市民革命によって、近代化を果たした歴史における世界のトップランナーであった、いわば世界史の模範生…ぐらいが我々の歴史的認識の位置づけか。
 作者は我々のこうした既成概念を木っ端微塵に砕いてしまう。 中国は本当に政治体制では未だ近代化をなし得ていない「開発途上国」か。
 確かに政治や官僚システムで言えば、現在の中国ではもちろん複数政党は認められず、全ての政治・経済・軍事は中国共産党絶対支配で、民意で大統領や首相が選ばれることはなく、出自・家柄や党派閥や権力闘争によって政治・軍事のトップが選出される。地方組織・官僚以下なども当然その中にある。つまり北朝鮮(トップが世襲だからなおひどい)同様、個人の能力がいかに優れていようと例えばアメリカ的実力主義とは最も縁遠い国というイメージしかない。本当にそうか。
 端的な例で一つ。作者はさりげなく言う。中国ほど実力主義の貫徹した国はなかった…と。
 例えば「科挙」である。
 そう言われてみればハッとする。この誰でも知っている官吏登用制度(試験)は、およそ信じがたいほどの難関で、現在日本の東大入試や司法試験などは比較するのも愚か、合格するのに十数年もざら、四書五経を完全にマスターし、一旦合格すれば、本人はもとより、家族・親族どころか、その村・その国までが驚喜し、その後永遠の栄光が約束されたあの科挙。確かにこれほどの実力主義はいまだかつて世界に存在したことはないだろう。出自も家柄も一切関係なし。ただ合格すればエリート官僚への道が絶対的に開ける。この一点だけをもってしても確かに中国は究極の実力社会である(あった)。
 そして作者が本題の「中国化」としてとりあげるのは、随や唐に比して我々に余りなじみのない「宋」の時代である。作者はこの時代こそ中国史においても世界史においても極めてエポックメーキングな時代だと言う。この時期に中国は世界で最も早く近世化を成し遂げたという。初めて権力を皇帝に集中させたのである。権力の一極集中はもちろんそれまでにも、それから後にもあったが、それらは地方を諸侯などに支配させるヒエラルキーの上に立ち、人民に職業選択の自由を与えず、移動も禁じ、経済活動もむろん地域に制限した。しかし、宋朝時代に中国は世界で初めて、貴族や荘園村落共同体(中間体制)を解体し、皇帝の一極集中を成し遂げた(政治上はもちろん、普遍主義的な理念も付与された意味で)。同時に、(皇帝以外)の身分制や世襲制が撤廃され、移動の自由・経済の自由を導入したという。科挙に代表される実力主義の導入が行われた。その中で人々は国の内外を自由に通商でき、イエや土地に縛り付けられる必要がなくなる。この時期に世界で最も早く中国は近世社会を構築したというのが作者の意見である。もちろん「実力主義」であるから、当然格差は生じるし、負け組も出てくる。それに対しては「宗族」と呼ばれる父系血縁のネットワークが受け皿になったとする。家族・血縁関係ではなく、このネットワークを保険として機能させることによって、セイフティネットとする形である。実に今から千年前に中国は近世社会に入っている。言い換えれば、それこそ千年早い「新自由主義」を中国は宋代に達成している。
 現代の中国も正しくその流れの中にある。そういえば確かに現在グローバル経済の中で一人勝ちをしている昨今の中国―中国共産党への権力一極集中でありがなが、経済はほとんど資本主義体制であるその社会構造―は先の宋の説明からなるほどと納得できるものである。
 この時期日本は未だ鎌倉時代にすぎず、ヨーロッパも近代はるか以前の極めて「遅れていた田舎・辺境」の地であった(作者はこんな辺境・田舎の地から近代化が行われたということこそ、歴史の不思議だと述べている)。
 この宋の時代を基盤とした政治体制を称して作者は「中国化」と名付けるのである。政治上でも普遍理念上でも皇帝の一極支配を可能にするため(皇帝の権威付けの正当化)に援用されたのが朱子学であると言う。現在のグローバリズムにいかに近い形かがよくわかる。現代は宋の時代をなぞっている…
 世界はひょっとしたら宋の時代を正しく展開するべきであった。日本も。しかしその日本は「宋化」に実は失敗してしまった…
 そして「中国化」の対極に作者が置くのは、日本で言えば「江戸時代化」である。なるほど江戸三百年の歴史は確かに「中国化」とは全く正反対である。天皇と実質的絶対権力者である徳川幕府の二元性、そして国中の隅々までめぐらされた強固な封建制。幕府管理下で大名達が自国領を治める。士農工商の完全な世襲身分制。職業選択・移動の自由は完全なる禁止。対外的には国を閉ざす鎖国。まさに宋の「中国化」体制とは全く正反対。どちらの国の体制がより近世・近代であるか一目瞭然だ(よかったかどうかは別として)。日本は数百年間「近代化」=「中国化」を遅らせてきたのだ(遅れてしまった)。
 しかし、この封建体制(江戸時代化)は近代社会から最も遠い物であろうが、そこに住む住民にとってはかならずしも不幸とは言い切れない。たとえば江戸時代の農民達はもちろん裕福ではないだろうががどうしようもないぐらい悲惨であったとは思えない。年貢の取り立てが厳しくても毎年餓死するほどではないだろう、身分は固定されていたし、イエや村や地域共同体に縛り付けられてはいたが(実力主義では全くなかったが)、或いは保守化や既得権益は横行するが、それに従う限り一定の〈平等性〉〈生存権〉は保証される。反発の経路が完全に遮断されているわけでもない。たまには一揆もする。支配大名がどうしようもなければ家臣達が「押し込める」ことも可能だ。とりあえずの安定が維持されていたのが江戸三百年である。この長い長い「江戸時代化」はその後の日本を規定する。
 日本は中国に比べればはるかに近代化など遅れていたのである。
 さてこんな早く近代化した中国はどうして、現在のような〈遅れた?〉国になったのだろう。また辺境の田舎の国々であったヨーロッパ諸国がどうして、封建制を脱却して近代化したのか。なぜ政治体制において民主化などができたのか。西洋はまさしく「中国化」を後追いしたのであるが、作者はヨーロッパの近代社会の「法の支配」「基本的人権」「議会制民主主義」はどれもヨーロッパ中世貴族の既得権益であったと説明している。貴族が王に対抗する手段としてそうした制度があったというふうに述べている。こうした制度がヨーロッパでの近代を特徴付けている。しかし中国では宋の時代に貴族階級は一掃されたので、そうした制度が定着せず、それはつまり現在に至るまで、一党独裁主義の根幹をなしていると述べる。
 さて日本の事に戻るが、その後の日本はこの「江戸時代化」と「中国化」のせめぎ合いの歴史となる。明治維新はもちろん一種の「中国化」である。大政を天皇に奉還し、廃藩置県により封建体制や身分制を解体しようとする。しかしそのまま「中国化」には向かわず、常に常に「再江戸時代化」への揺り戻しがある。そして現在もそれは反復されている。「中国化」と「再江戸時代化」が極端な形でせめぎ合って、先の戦争の悲劇も生じた。戦後も両者はせめぎ合う。誰でも言うが55年体制、自民党の支配にあった戦後という時代は、最も「社会主義」の理念がある意味実現された時代である。言い換えれば「再江戸時代化」である。中選挙区制によって選出された各都道府県の自民党議員達は、ほとんど江戸時代の諸国大名のように、それぞれの地方の利益者代表として、予算を取り、公共事業をなし、道路を造った。既得権益に塗れていただろうが、日本国中の住民は〈社会主義的〉に〈平等〉な利益を享受した。封建時代そのものであろう。日本の企業だってほとんど同様であった。終身雇用で従業員を家族同様に丸抱えしてきた日本の企業のあり方は「江戸時代的」以外の何ものでもない。それほど「江戸時代的」なるものは日本という社会と親和性が高いものである。
 それに反して、小泉構造改革は確かに「中国化」をなそうとした。封建的?郵政を壊し、硬直した官僚機構を壊そうとした。しかしそういう動きの後ではすぐに「再江戸時代化」の声があがり、今度は「格差」や「貧困」の是正のかけ声のもとになんとか「江戸時代化」に戻そうとする。まもなく終わるだろう民主党政権もその流れの中にあったのかもしれない。
 けれどもそうした「抵抗」がありながらも今や日本は新自由化・グローバリズム化に向かう。経済は否応なくグローバリズム化し、資本は会社は海外に向かう。規制緩和、市場主義、公務員改革、実力主義、競争主義がとめどようもなく広がる。そんなことを声高に叫ぶ一人の地方首長がこの国を救うのではないかと本気で期待をかけられたりしている。本当の意味での「中国化」が日本を襲う。作者が「中国化する日本」と名付けた理由はそこにある。
 「中国化」はある意味時代の必然と作者も言う。長い江戸時代は今いよいよ日本で終焉を迎えると作者は言う
 さて、では日本はどうすればよいのか。「中国化」はもちろん全面的な幸福をもたらすことはない。「中国化」が歴史の必然であるにしても、長い長い「江戸時代化」を経ている日本にはうまく定着するとは限らない。避け得ぬ「中国化」に対する対抗策にも作者は言及する。具体的には「人口開国という選択肢―外国人参政権」「本来ある中国化…憲法改正」「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)」などを挙げる。これだけではなんの事か分からないが説明する紙数も尽きたので後はこの本を読んで頂くということになる。
 作者は「憲法9条廃止」とか言っているのではない。
作者は「中国になめられるな!」と声高に叫ぶどこかのバカ、「ともかく平和憲法を守ればいいんだ!」と声高に叫ぶどこかのバカ、つまり右翼的倨傲・左翼的自虐、共に一蹴する。そのバランスの取れた優れた知性がまだ32歳であることにホッとする。日本の知性はまだまだ捨てた物ではない、こうした学者がいることで日本の未来はまだまだ信じられると正直思う。
 
この本はとても面白いと思う。
 
 「中国化」という概念から世界の歴史を完全に組み換える。論の是非は別として、確かにこの本から私達は世界史・日本史の全く新しい相貌を見ることができる。今まで述べてきたこと以外にも私達の「歴史常識」を次々と覆してくれる

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