†紋楼の桃色番外地†

MONNLOW主義+大画面では正しく表示されません+about必読+

「タンポポの国」の中の私/フローラン・ダバディ

2015年07月19日 | ■BOOK

つい先日買った『「タンポポの国」の中の私』と言う本。

タイトルには続きが。

『新・国際社会人をめざして』

最初にこの本を見つけた時、とりあえずタイトルが興味深そうで、中身は見ずに買った。

表紙にはどこかパリのカフェにでもいるような男性が載っていた。いったいタンポポの国って、どんな風だろう。ちょっとワクワクして読み始めた。

それはふわふわで、優しい絵本みたいな世界ではなかった。
タンポポと言うのは、邦画のタイトルだったのだ。

これは作者の人生のことや、家族、関わっている仕事に触れてある内容で、平成13年に初版が発行されている。結構前の本だ。

で、その彼の仕事は映画やサッカー(選手ではない)の世界であり、スポーツ特にサッカーを例にして、この世界から国境が無くなると言う思いを綴る。
だから、タイトルにあったように『新・国際社会人』が深く関わってくる中身である。

あたしはサッカーが理解できず、興味が全くと言っていいほど無い。スポーツすなわち集団でやるような事は何であれ苦手分野だ。なのでスポーツをやった経験は学校以外無い。巨人のファンだから野球は見る、アメフトもたまに、その程度。

もしタイトルに一言でもサッカーとあれば買っていなかったはずだ。
この本の魅力は、サッカーに何も惹かれないあたしでも、苦労する事なくサッカーに触れた部分を読めた点だ。

始めの方でスポーツを通して起きた奇跡のようなフランスでの経験を伝えながら、作者は『差別の根元はお互いの無知にあります』と書いている。

あたしがこのブログなどで書いてきた事と同じ意見だから、とても共感出来る内容だろうと感じてそのまま一気読みした。

作者は邦画のタイトルを本の題名に入れるほど、日本が好きで日本の社会の閉鎖的な仕組みなどについて、好きだから故に警告している。
日本が好きな外国人が、日本の短所に堂々と斬り込んでくると凄く信頼出来る。それに日本人だと、外から言われるまで分からなくない事が多すぎる。

中でも、短い言葉で、とても日本を言い当てている言葉があった。
作者は、資本主義の行き過ぎについて書いていてバランスが必要だと言う話をする時に、アメリカの保険制度や、ソ連がマルキシズムと言う哲学を解釈したら倒錯したものであったためマルキシズムがネガティヴなイメージとなってしまった事に触れて、こう書く。『その点では、日本のほうがバランスが取れているかもしれません。実際私は日本にいて、日本は資本主義の国のはずだけども、実は共産主義の国なんじゃないかと思えるときがあります』

日本が、理想的な共産主義だと言っていた外国人は有名な政治家で他にもいた。

でも作者も言うように日本のこう言う集団を意識する社会は、プラスの面もとても大きい。今の日本では、言いたい事は自由に言えるし、とても良い国である面も多い。ただよく言われるように一斉にあっちかこっちへと極端な方へ一気に流れたりすることもあった。今後もわからない。

アメリカでオバマ大統領があれだけ苦労させられたオバマケアについても、あれを頑なに反対する共和党が、あたしには意味不明だ。もちろん反対の意味があろう。歴史や文化や考え方に。でも、そんな物を庇って金のない奴は死ねと言うのと同じではないか?

作者は、フランスやアメリカなどの国についても、違和感のあることへはハッキリと述べ同時に長所も触れている。これこそバランスが取れている。

日本のサッカーの応援はちょっと異常な空気があった、それは何が異常で、どうしてか?を考察する。
先輩後輩の部活動は変ではないか?、
オリンピックなどのメディアの報道姿勢はおかしくないか?と様々なことを多くの日本人にない視点で、もっと言うと国際社会人としての意見は面白く、とても貴重な意見である。また、多くの日本人が頷いてしまうことも多いはずだ。

作者は言う。偏狭なナショナリズムなど全くの時代遅れで、不要だ。また、アイデンティティは大事にするべきだとも。

作者の育った環境からして、両親が差別などを忌み嫌う家庭で、あたしは、作者の母親の人生が本になったら絶対読みたいと思うようなエピソードもあった。

日本のサッカー選手が、試合には負けたものの世界でも評価されるような試合をして帰国したとき、メディアは冷たかったとある。これについては本当にマスコミがどうかしているし恥ずべき事だ。マスコミが世界でボール蹴るわけでも無いのに。

サッカーでは、マリーシアと呼ばれるプレイがあるそうだ。それはこずるいなどと言う意味があるらしく、サッカーでよく目にするプレイだ。それが嫌いで、興味もないせいか、あたしはサッカーを観ないのだが、そういう物は必要だと本では説明されている。作者の説明は殆ど腑に落ちるくらい明快で、必要な意味は、あたしにも納得がいった(それでも見ないけど。好みの問題)。
ラグビーでは、ラフなプレーが酷いと紹介されていて、そこに納得のいく文がある。それは『略。相手を殴るなどというのは、ごく普通です。日本のチームがあこがれのニュージーランドと試合をしたとき、』ここからビックリするあたしは、世間知らずなのだろう。『ただでさえ力の差があるのに、スクラムの中で平気でパンチは飛んでくるわ、挙句の果てには「お前の子供を殺してやる」などと言われて、すっかり怖気づいてズタズタにやられてしまったなどと言う話がありますが、国際試合とはそういうもので、それに驚いているようでは話になりません。』とこうだ。さらに『やり返すなり、それを交わすテクニックを身に付けていないといけない。それはサッカーも同じです』『そうでないと、やられっぱなしになってしまいます』
納得。

さて、日本人として暮らしていても、空気を読むことに息が詰まって窒息しそうな面は日本では多い。また、みんなと同じでなければ駄目とか言う理不尽な面もある。イジメが酷いから外国の学校に通う人もいる。確かにイジメのある程度には、この日本の特質の悪い面を多く含んでいるだろう。だから日本が嫌いになる場合もあるだろう。こんなシステムだから、助からない面もだ。けれども、うまく生かして非常に素晴らしい面も多い。

作者は、誰かが酷い目にあっている場面でも、事なかれ主義の無関心から誰も助けようとしない点にも触れていた。確かに助けたいのに目立つのが恥ずかしくて出来ない人や本当に事なかれ主義もいるだろう。目立つととにかく嫌な目にあわせる社会の一面は存在する。(出る杭を打ち込んで埋める)

作者が、政治への無関心にも警告を発している点においては、今まさに、自民党支持者以外の人間が、前回の戦後最悪の投票率によって、何がかえってきたかを痛感しているのではないだろうかと想像する。

日本が好きな故に言わせてもらうと言う作者の姿勢は一見厳しいようだが、厳しいのは当たり前なのだ。好きでなければ、ダメなところを教えてもくれないのだ。

作者はサッカーのトルシエ監督と言う人の通訳やアシスタントを務め、もともとサッカーをしていた経験もありサッカーが話題に多く登るけど、いろんなことへの知識が豊富で、最初から最後まで面白く読めた。

フローラン・ダバディーと言う名前で、現在、スポーツ番組にも登場する人らしい。サッカーが好きな人は、トルシエ監督と言う人や作者をご存じかもしれない。

最近ではイルカ至上主義がくだらないことを言った。
こんな風に日本を理解し日本を好きな外国の人の意見はとても参考になるし、よっぽどためになる。結構前に出た本だが作者の考え方には全く古さはない。むしろ今でも日本では必要な一冊だろうと思う。

コメント

『ありえない日本語』/秋月高太郎

2015年07月17日 | ■BOOK

『ありえない日本語』って言う本を読んだ。

ヤバい、とか、ウザいとか、何気に、良さげなど、最近の?言葉が、どのようにして組み立てられたか、っていうようなことが、割と大真面目に書かれてあって、可笑しい。

ありえない、と言う言葉の使い方について取り上げた章では、雨が降っているのを見て「あり得ない」(あり得ている状況で)という人は「現実にはこうだけど、わたし的にこうだ」と言う、変更不可能な世界のあり方を持っている、と考察されていた。
とても興味深い。

と言うのは、普段「何気に」使っている言葉に、その人の深い心理や、世界観が表れている(ということになる)からだ。

さらに、カタカナの使い方に書かれた章は面白い。「本来なら、ひらがなや漢字の語をカナで書いている」と言う点について、図表が載っていたのだが、そこには、カナでなければ凄い違和感のある語も含まれている。

例えば、「マジで」の「マジ」とか「フラれた」の「フラ」、「バレた」の「バレ」などなど。

こういうカナ表記になる理由についても著者は丁寧に例や表を使って説明している。

特に印象的だったのは、「~じゃないですか」と言う言葉遣いの章。これって若い人がよく使うそうだ。信じられない。これは世代関係無いと思ってる言葉だった。「~じゃないですか?」って相手に言う形式で、年長者の相手が知らない情報について例えば「~って あるじゃないですか」と言う風に尋ねると、相手は気を悪くするそうだ。逆に言えば、知っている情報なら相手も違和感はない。
まあそれはわかる。
知らないことを、知ってんだよね?って聞かれてるみたいな気になるし。
ただ、あえて、若い世代は(と言っても90年代後半以降に若かった人も入る)相手が知らないことを「~じゃないですか」って言うのだそうだ。
それは、『偽装の共有知識をでっちあげて』親しみを演出しているようなのだ。

へえーとならざるを得ない。
なんとなく使う普段の言葉の裏には、意外な事実が潜んでいるものだ。

あたしは言語に関する本(ただし難しいのはムリ)が好きなので、巷にある「正しい日本語」とかよりも、言葉の意味や由来や、生まれてくる流れだったり、何人は何語属で、この言語はこういうスタイルだとか紹介されている物が特に好みで、読む。

そう言う意味でも、この本は面白い。自分が使うだけあって、言葉の意味を考えたり向き合えたりする点でもそうだし、何より面白い例が多くて、飽きのこない内容になってる。

ところで、本書では、若者について書かれた本を引用し「ウザい」と言う場面に直面した若者は、相手に直接言うのではなく、状況を変えようとするのではなく、ネットに「あいつウザい」などと書きこんで済ましてしまえる(と言う事になろうか)とあった。
そう言われると、自分では殆ど使うことがないなあと思う言葉だ。あたしが愚痴る時、例えば雨降ってウザいのなら、「雨降ってムカつく」だ。ただし、人から聞かされる愚痴に対しては、時々出ることがある。「何それ?ウザいなあ」って。
こういう体験を照らし合わせると、すごくぴったりきた。
状況を変えようと思ってる事については、例え言っても仕方がない事であろうと、「暑い」「イライラする」「嫌」「嫌い」「腹たつ」などと言う風に愚痴に出てくる。けれど人の環境までは変えられない。だから、変えられないゆえに「ウザい」が出るのだろう。

あたしがもし「ウザい」って普段から使うようになったとする。それはもう諦めの境地だ。

こう言う場合はどうだろうか。
腹の立つ人間がいる。で、相手がお客様や上司、年長者、直接会えない相手の場合は言えないからウザいで終わらせる方が逆に安心、平和に済む。でもそれ以外例えば、友達が腹の立つことをしたとか、目の前にいる知人だったら、ウザいとネットに書き込むなど?あり得ない。あたしの場合、例え年長者でさえ、直接言う事もある。黙っている事の失礼は、相手がやる事に対しても責任を負う事になる。もちろん、無視という大人の対応が出来るなら完璧だ。無視と現実逃避は別物だ。
言えないからネットに書くと言う感覚は根暗で陰険と言う印象を与える。
だから、あたしは、ウザいと言う世界観が、友人などにも表れているなら、友達関係やめない方が不自然に思うし、ちょっと理解の出来ない感覚である。

直接言うのは勇気も根気もいる。けれどその苦労はあえてするほか道はない。

こう言う感覚の人が増えていく社会は、本当に無残だ。

誰にも相談できずにいる人がネットに愚痴ってスッキリしているという事もあろう。だがネットに書くのは一時的にスッキリしても、現実は変わらない。現実はそのままで、その人間が成長しない限り、ずっと同じように、ただ書くだけを繰り返す。この現実逃避とネットに書き込むと言う点に、ウザいと言う言葉の持つ物が、如実になっているのかもしれない。

直接ウザいと言われた方は、あたしの世界に口を出すなと閉めだされたような、孤独な気持ちにさせられる。
ウザいと言う言葉は、言う本人が思うより、かなり辛辣なものだ。
でも、まだ直接言う方がマシなのかも?よくわからない。

本の中で、若者と、年輩の人達が感じる、気持ちのズレが描かれた興味深い邦画と紹介されている映画も、かいつまんで紹介されているのだが、本当に意味不明な話だった。

よく、若い人が、素っ気ないとでもいうか、付き合いが悪いとでもいうか、そう言う話は聞く。それもズレで、つまり互いに意味不明な状態に陥ってるのかもしれない。

あたしは若い時の自分はどうだった?って考えると、分からなくない事は多々ある。

意味不明なのはネットに書き込むと言うところだ。これだけは本当に理解を超えている。でも、それが普通な世界なのかもしれない?あたしがすごく感覚の古い人間だと言う事かもしれない?

どうだろうか?
人間としてどうか、と言う問題だ。あたしは若い時からそうだから、世代の問題じゃないのかも。
ただ直接言えないなら、言わないで良い。言えない相手に悩んでるなら、そこから出ていくしか方法はない。

なんと考えさせられる本だろう!笑

例えも実際に使用された言葉を使っているし、深いところまで考えられるのに面白いと言う、なかなか素敵な本だった。

コメント

『おだまり、ローズ』/ロジーナ・ハリソン

2015年07月17日 | ■BOOK

ある日、奥様の家でも家宝とされる、サンシーのダイヤモンドを、持ってきてほしいと、頼まれるローズ。彼女は預かっていないので、「銀行ですよ」と返すと、「(旦那様は)あのダイヤは君が持ってるはずだと仰せだ」と言われる。
『わたし(ローズ)は恐ろしさのあまり気が狂いそうになりました』が、自分が正しいことを分かっていた彼女は、別のものに電話をかけた。すると、相手は「(旦那様が)ご自分のポケットに入れたきり忘れてしまわれていたんですって」とこう。ローズは受話器に向かい怒鳴った。「見てなさい。今度会ったら文句を言ってやるから!」

これは、「おだまり、ローズ」と言う本の一部だ。

「おだまり、ローズ」と言った奥様はレディ・アスター。有名なホテルの持ち主だったり、イギリスやヨーロッパの王室とも縁のある、そこらの金持ちとは一線を画す貴族。元はアメリカ出身で、旦那様と結婚して貴族になった彼女、ありきたりな淑女ではない。
そのお付きメイドこそローズで、彼女は、この気分屋で辛辣で、誰も長続きしない奥様のメイドを三十年以上も続け、最後も看取っている。

この本の著者ローズは、自分の幼い頃の事から始め、レディ・アスターに付くまで、またレディ・アスターとの三十年以上の日々の出来事を綴っている。

目に浮かぶ面白さで、時々奥様の写真が登場するが、もう本で見たイメージ通りのお顔である。

辛辣な言葉で屈させようとする奥様に、ローズは、とても落ち込んだ時期がある。しかし彼女は、落ち込むのをやめた。どうしたかというと、なんと奥様に反抗し始めたのだ。

あたしが、この本を読もうと思ったきっかけは、帯に書かれていた本書の一部を見たから。それこそが、ローズが奥様とどのように接し(反抗し?)たかについてを、見事に描写している。

『お持ちの装身具の中でもとくに貴重な品は、どれも実際に身につけようとすると高くつきました。中略。もっとも奥様はそんなことはどこ吹く風。高価な装身具をつけるのが大好きで、わたしの好みから言うと、たくさんつけすぎることもしょっちゅうでした。くるりと向き直って「どうかしら、ローズ?」とおっしゃる奥様に、わたしは「おや、それっぽっちでよろしいんですか、奥様?」と応じ、毎度おなじみの「おだまり、ローズ!」のひとことをちょうだいしたものです』(『おだまり、ローズ 子爵夫人付きメイドの回想』より)

この態度!
立派過ぎる!立派過ぎて笑える!

最初にサンシーのダイヤモンドの一件を見てもわかるように、旦那様に文句を言ってやるから!と息巻くメイドなど、なかなか想像しにくい。
ダイヤモンドの一件には続きがある。
なんと、電話の相手に怒鳴った後で、受話器の向こうから、旦那様が応答したのである。そこにいたわけだ。文句なら今聞くよと旦那様。「本当に悪かったね」とローズに謝罪した。
ローズは言いたいことは言う人。それに対し、「悪いことですって、旦那様?」と応じると、彼女は続ける。
『わたしは申し上げました。「これは犯罪ですよ。殺人未遂です。もうちょっとで心臓麻痺を起こすところだったんですから」それから何日か、旦那様はわたしをごらんになるたびに両手で頭を抱えて背を向けました』

あたしが本書でもとくに好きなエピソードだ。
旦那様の様子が見ているように笑えてしまう。

レディ・アスターは反抗されて、どうしたか。奥様はローズの態度に、何としても屈させようとしながらも、ローズとの喧々諤々を楽しんでいたのだ。
ある時など、奥様は遂に蹴ろうと足を上げたが、ローズの方はその足を掴もうとする。そして?奥様とローズは笑った。

こんな風に二人はある意味で打ち解けていた。

本書を読む限り印象としては、幾ら距離を寄せようとも、一緒に苦労しようとも、本当の部分で心を開かない人というのがレディ・アスターだと感じた。例え仲が良くなって一緒に何かをやり遂げても、信頼しようとしない人は稀にいる。そう言う人は独特の緊張感を与えるものだ。友達になろうとしたら疑心暗鬼に陥ってしまいそうな。

レディ・アスターとローズは、メイドと奥様の関係だからこそ、とても良い関係になっていくのだ。

奥様とローズの喧々諤々の一幕は、家族もすごく愉快になるシーンだったそうだ。

ローズの夢は旅行に行くことだったが、奥様があちこち連れて行ってくれるし、ローズの母親にも大層奥様はよくしてくださった。母親は奥様を崇拝してたような感じ。

旅行先では、ローズ楽しめるようどっさりお金を使っていたらしい。が、メイドとしての給料を上げてほしいと言う点では、とてもケチだったそうだ。
奥様は、友人に相当気前が良かった。

驚くのは、奥様の気前良さを知って、奥様の家よりも金持ちの友人が、金をせびったり、同情を買おうとして物を貰おうとしていた点だ。稀にそう言う人がいるのではなく、結構見かけるような雰囲気だった。なんという恥知らず。ものすごく金持ちのくせに、人に出させる??そんな金持ち、この世の何の役に立ってんだろう??ご主人の顔丸潰れ。

ところで、レディ・アスターは、戦時中などには、政治家として旦那様と共に瓦礫になった町の復興に着手する。
イザという時、ご令嬢や坊ちゃんって言うのは、いや?普通の人でも、なかなか勇気を持つのは難しいのではないだろうか。レディ・アスターは、戦争など、攻撃してくるドイツなど意に介さぬ風で、ある意味肝が座っている。戦時中には、身なりに気をつけ、ちゃんと高価な着物を着て過ごす。それも奥様なりのドイツへの気概だろう。

また、高価な衣装は、ローズが、もう着れないと助言するまで着尽くす。

破天荒な故、悪い噂もふんだんにあった。奥様が演説しているところで文句を言う輩を見て、ローズがブチ切れるシーンもある。

そんなローズだが、彼女は、幾ら反抗するとはいえ、決して出しゃばらないのだ。身の程を弁えている。本当にプロだ。奥様あってのローズだという点を忘れた試しがない。ここは奥様も相当な評価をしていたに違いないと、あたしは思う。自らの仕事を楽しくするよう努力し、気まぐれな奥様に付き合って重労働をやり抜いた。

本では、凄い執事や、他のメイドの仕事についても紹介しており、読み応えがある。普段決して知ることのない世界のお話だ。

奥様の凄さをあたしが感じたのは、奥様がサージェントに肖像を描かせていたことだ。サージェント大好き!な、あたしにとっては、特に印象的。
奥様は、アラビアのロレンスとは大の友人で、他にもチャーチルなどと友人だったりする。ある時は、イギリス王室の人とペアでゴルフをやっているとか、まだ小さい女王を何かの時にローズが膝に乗せているだとか、こういうロイヤルな話題には枚挙にいとまがない。

イギリス貴族は、奥様の家も含めて、徐々に金を失い、遂には持っていた屋敷を、入場料を取る形で一般に公開しだす。だから、現代では、幾つものお屋敷見学にイギリス行く人も大勢いる。思えば、イギリスは今も貴族と一般人の飲み屋は分かれているって聞いたことがある。あたしがイメージするイギリスは王室ではなく、パンクとかグラムとかで、ロイヤルな印象など殆ど無かった(興味が無かったと言うべきか)。そう言う意味でも新鮮だった。

ローズの幼い頃の話は、まるで大草原の小さな家を思い出す。
面白いエピソードが、どっさりと回想された、最近特に面白かった本。
コメント

ボナーノの本

2015年07月15日 | ■BOOK

昔のモブスターの本を読んだ。
あらかじめ、この手の本つまり犯罪に関与した者が書く本は、基本的に真実が分からないってことが大前提。あるエピソードは見栄の作り話かもしれないと言うこと。
組織犯罪などは良い例で、特にジャーナリスト若しくは第三者が書くのではなく、その犯罪者本人が書く場合、特に注意が必要だ。
ジャーナリストが書いても怪しいのは幾らでもある。本人となると?

どうしてかと言うと虚栄心が邪魔するからだ。その為なら嘘など
平気だ。文章全体を通して、自慢気、得意げな物は虚偽が散乱してる可能性がある。

薄暗い世界を見て、生きてきて、まして自ら本を執筆すると言う書き手の個性に疑問を持つのは当たり前。

名前が知れれば知れるほど、その立場という物もあるかもしれないが、著者がビッグネームの場合、一層注意して読むべきだろうと思う。
何人だろうと何犯罪だろうと関係ない。

前提長くなった。

読んだのは、ジョゼフ・ボナーノの息子が書いた本。「ゴッドファーザー伝説」。
例えば、撃ち合いになった場面についてや、国家に追われるようになる展開など、また奥さんとの関係についてとかは、割と書かれてある。
けれど、実際に彼が、何をしていたかは、あまり分からない。
父親の代わりに仕事をしてたとかくらい。
あとはFBIが、やたら不正を働いたことか。

著者はボナーノという一家で仕事をしている。同じニューヨークに、カルロ・ガンビーノがいる一家がある。その、ガンビーノと言う人を、前にメディアで見た。その人は、見る限り、大人しそうなおじいさんだった。けれど、彼の微笑み一つで人が殺されたとか何とか説明されていて、怖かった。その強烈なおじいさんの事を、この本に出てくる著者の父は一刀両断。「女々しいやつ」と、こう。

父ジョゼフ・ボナーノは、映画ゴッドファーザーのドン・コルレオーネのモデルと言われているらしい。実際のところ、ドン・コルレオーネのモデルは、実在したモブスターの何人かをブレンドしたキャラクターだと、映画関係の本で見た。

そう言えばガンビーノは、いく先々の店で、映画ゴッドファーザーのテーマ曲が演奏されたとか。

誰がドン・コルレオーネかは置いとく。

で、最初は平和な秩序を築いていた(と著者は言う)が、ニューヨークの五つあるそれぞれのファミリーの間に抗争が起きる展開。
たいていの場合、この五つの組織の偉いさんなどが集まり、定期的な会議によって、それぞれの様々な事柄を運営しているようだった。ところが、著者によれば、ジョン・F・ケネディが暗殺されたことを付箋に、犯罪組織の衰退が始まる事になる。偉いさんの会議などは最早、開催されなくなる。理由は、嫉妬から起きた問題や、誰かが誰かを蹴落としたいと思い出して、著者の一家は戦争状態になり、問題は複雑化する。寝がえりなども起きて、組織内部が傾いている時に、国が執拗なほど追い回して、色んな面から、重い不安に苛まれる日々が続く。

著者の頼りにしていた人も心臓発作などで働けなくなったり、突然父親が誘拐されるなどで混乱極まる。

本の中で、平穏な場面は、始めに入った所を除く、刑務所の様子である。刑務所では、彼は尊敬を得ていて、出所するとまた戦争状態の問題に投げ出されると言う状態。

本書の中で、著者は、ジョン・F・ケネディと、自分の立場をわかる限りにおいて書き進めている。
ジョン・F・ケネディの父親は、禁酒法時代から既に犯罪組織とがっちり繋がっていて、(この人自身が酒の密売人だったと思う)息子の選挙にも、犯罪組織の力を借りる始末。確かにこの人の犯罪は、後の世代の家族たちには関係ないと言えるかもしれない。親父がどうであれ、ケネディ兄弟は政治家として凄い人気で、演説も頗るうまかった挙句に、殺されてしまうのだ。親父のせいだと言われる覚えはないだろう。

しかし皮肉にも、ロバート・ケネディは組織犯罪を壊滅しようと張り切ったものだから、どちらにせよ危険にかわりなかった。でも、政治家が危険にビビってるわけにはいかないし。

ケネディ兄弟の暗殺が起きたことが、何より恐ろしい事実である。大統領が殺される、確かにその危険は常にあろうともだ、それはイコール、悪が勝った(その時点では)事になる。暗殺を実行する者が、捕まらずに(オズワルドが犯人でないなら)存在する国。本当に怖い。
ただ、悪は結局は勝てない。暴力による解決は、それに反発する者の怒りと頑な意思を一層強固にするからだ。それは敵対する側を強くしてしまうのだ。
例え暴力を見せつけられた側が悪であっても同じことになる。

内容を追っていくと、同じ世界のある住人が、著者と刑務所で一緒になった時、自分がどこから大統領を撃ち、そして逃げたかを言う。彼は吹聴して歩き、殺されたそうだが、著者が言うにはこうだ。「それは自殺に近かった。自分が支持し、信じていたすべてが失われたことを知った男の自殺である」(ゴッドファーザー伝説より)

この男は、サム・ジアンカーナと言う人物の率いるシカゴの組織にいて、そのサムを信じており、結果、幻滅したそうだ。サム・ジアンカーナの身内も本を出している。そちらはボナーノの本よりずっと赤裸々で人間の卑劣な又は汚いものが凝縮されているような本だ。その本もどこまでが事実かは不明である。

ともかく、ケネディ以外の殆どは戦争状態や、警察組織に散々振り回される内容であった。

彼は自身で書いてあるように、こういう職業の男は結婚するべきじゃないと言っている。
後、印象的だったのは、見つからない遺体は、尊敬が表されているという内容だ。尊敬されない遺体はすぐ見つかると著者は言う。これについては理屈がよく分からないが不思議な話だった。
最も不可思議な理屈いや理念かな、は、殺人を犯すのに、麻薬ビジネスはダメだと言うことだった。(最も著者が言うのは、著者の父は麻薬ビジネスに反対していた)
わけが分からない。倫理観を理解できない。

ニューヨークの五つの組織は、リベラル派(麻薬は賛成を含む)と保守派(麻薬はダメ、シチリアの伝統を守る、を含む)に別れて敵対したように書かれていた。

どんな組織でも、そう言うのは人の集まりな故、避けられないのだろう。

最後に、著者の父親は90歳代と言う長生きだったそう。

本書では、カルロス・マルセロや、クレイジー・ジョーなどについても触れてあり、そう言う所は興味深く読んだ。







コメント

やるじゃないか大統領

2015年07月14日 | ■TV、NEWS■
今日はお祝いじゃない?party night😍❤️笑
何で喜んでるかって、イランの核会議が良い決着した✨
嬉しいわーーー!💕
米国政治の歴史や現在は色々頭にくる所もあるが、
特にキューバやイランをいじめるのが
💢ムカッ腹やった😠
でも、オバマ大統領は、どちらとも良い感じに持って行って、
この点はマジで最高😍💗
米国の嫌いなところが減っている。
ではまた😘

❤️hagd👫❤️
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ニュースで

2015年07月05日 | ■TV、NEWS■
なんか誘拐された事件のニュースやってたけど、
せっかく無事保護されたのだから、
メディアは写真を使うのは自重すべきだったのだ。
怖い経験をして、これから乗り越えて行こうとする人を、
周りから「あの子が誘拐された子だ」と言われることは、
前へ向かうことの妨げになるだろう。
ただでさえ被害者なのに、
顔を晒して傷つけるのはやめたらいいのになって思う。
あたしは例の事故で物凄い数の野次馬に
ジロジロ見られた時死にたくなるほど嫌だった。人の好機の目が。
ただでさえ傷ついてる状況で最低だった。
乗り越えて行こうとする時
「あれが」って人からジロジロ見られてたら?
余計悪化する。良い影響を与えるとでも?それはない。
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