チャイナMBAマネジメント協会

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第3回 Eka 日中両国への貢献を志す、日本をこよなく愛する中国人。でも中国では日本人あつかい…

2014-11-09 | 北京大学MBA

(北京の会所(中国のラウンジのようなもの)でリラックスするEka)

<プロフィール>
1985年湖北省武漢生まれ。その後広西チワン族自治区・桂林で育つ。16歳で日本に移住。日本の大学を卒業後、コンサルティング業、不動産業などを経験して2013年9月、北京大学・光華管理学院の中国語クラスに入学。2014年9月からはスペイン・バルセロナのESADE Business Schoolに交換留学。中国語クラスに2人しかいない外国籍学生という貴重な存在。


坪井(以下(坪)): どんな家庭で育った?

Eka(以下(E)) : 両親と母方の祖父母。ただ両親は物心がつく前に離婚していて、私は母についていった。その後母は現在の父である日本人と再婚して先に日本に行っていたので、私の面倒は母の両親がみてくれていた。当時は母も日本がどういう国かわからなかったから、落ち着いたら私を連れていこうと思っていた、と聞いている。その後、母が日本に渡ってから半年後に「日本に来ないか?」と言われたけれど、書類関係の手続きが面倒だったことと、中国に友だちがたくさんいて別れるのが嫌だったので、すぐには日本行きを決められなくて区切りのいいタイミングを探していた。でも、母と離れて暮らしている間も、毎年1-2回、夏休みなどを利用して日本に来ていたので、日本がどんな国なのかは感じることができていたかな。



(坪): 結局16歳から日本に住みはじめた。当初一番辛かったことは?

(E): 高校2年の途中から埼玉に住んでいるけれど、高校生のころは学校がある期間は日本で過ごして、長期休暇などの際に中国に戻っていた。結局1年のうち8ヶ月くらいを日本にいて、残りを中国で過ごしていたと思う。
一番難しかったことは、やはりコミュニケーション。来日前の日本語レベルはゼロ。日本に来てから勉強を始めた。当時一番辛かったのは「誰と昼ご飯を食べるか?」を考えること。日本人のクラスメイトは話しかけても返事がなかったり曖昧だったりで、仲がいいとは言えなかったから、いつも一緒にいたのは中国人とフィリピン人の女の子のクラスメイト。中国語と日本語を交えながらコミュニケーションしていた。先生とも挨拶程度しか話ができなかったので、学校の中で居場所を探すのが大変だった。
それもあって、当時の気持ちや時間の配分は30%が学校で、残りの70%は日本語の勉強。退職した人が中心になって外国人向けに日本語を教えるボランティア活動が地元にあって、それに参加していた。加えて週末は日本語学校に通って勉強。日本語がわからないとこの国では生きていけないと思っていたので必死だった。お父さんは仕事が忙しかったので日本語を教えてくれる時間はあまりなかったけれど、聞いたら教えてくれた。学校で軟式テニス部に入っていたけれど、やっぱり高校時代は日本語の勉強ばかりしていた印象が強いかな。とにかく猛勉強して日本の大学に入ることを目標にしていた。



(坪): で、無事日本で大学に通えたわけだけど、一番力を入れていたことは?

(E): 猛勉強の甲斐あって(?)都内の私立大学に入学できた。日本での就活は厳しくなると考えていて、時間をかけて就活できるように2年生までで全ての単位を取っておこうと思っていた。だから、大学の前半は授業中心の生活で後半は就活とゼミ。
大学では国際ビジネスを専攻していたけど、そのきっかけはマーケティングが面白かったから。1-2年時にマーケティングの授業があって、消費者の購買心理の研究などが面白かった。多分、将来こんな仕事がしたかったらそう感じたんだと思う。このゼミは人気で応募者が殺到して16人の枠に対して応募者は130人の競争。私以外はみんな日本人だった。面接で先生には「外国人だからといって、私は妥協することは無い。ちゃんと考えてゼミに入るように」、「他大学と討論会を開くので、準備が必要。ゼミには年間7-800時間を費やさなければならない。単位は簡単にもらえるものではないと肝に命じた上で選んで欲しい」、と言われた。それでもマーケティングに強い興味があったからこのゼミを選んだ。競争を勝ち抜けたのは…情熱??



(坪): 卒業後、日本ではどんな業界で働いていた?

(E): 最初はベンチャーのコンサルティング会社でリサーチを担当していた。学生の時からインターンとして2年近く働いていた会社に就職した。この会社は就活イベントで見つけて、インタビュー時に「日中両国に貢献したい!!」という想いを熱く語ったら、インターンさせてもらえることになった。だから主な業務内容は日系企業の新興国マーケットの市場調査で中国担当。このインターン、普通は長くて1か月程度で他の学生はそれで終了するんだけれど、私はインターンしながら他の会社の就活もしたかったから延長を願い出た。さらに長く働かせてもらえることになったので、インターンチームのリーダーもやらせてもらった。長期インターンを願い出たやる気とリーダーを勤めあげた仕事ぶりが評価されて、正式採用のオファーを得ることができたんだと思う。
このコンサルティング会社を選んだ理由は、いつか自分の会社を立ち上げたいと考えていて、小さい会社でいろいろなことを1人でやらなければいけない環境に身を置いた方がいいと考えていたから。そういう風に考えるのは、多分私が中国人だからだと思う(笑)。
その後不動産業界に転職して、さらにその会社が関連する、重機を専門に取り扱う商社に転職。中国担当として重機を売りこんでいた。会社は20年前から中国市場に入り込んでいたので、新規顧客の開拓ではなく既存顧客向けに販売していた。



(坪): それから北京大学MBAに来ているわけだけど、なぜここを選んだ?

(E): MBAを意識するようになったのは、大学のゼミの教授がカナダの大学のMBAホルダーだったから。それで当時から漠然とMBAに対する憧れがあった。その後社会人になってから知識の不足を感じて、このままではビジネス界で生き抜いていけないと思って改めてMBA取得を考えるようになった。
日本で働きながらMBAを取得することも考えたけど、会社で中国担当が1人しかいなかったので仕事量を減らすことが難しく、国内の担当取引先も多かったことから休みが1ヶ月に2日くらいしかなかった。かといって、会社側も仕事を続けながらMBAを通うこと、つまり仕事の負担を減らすことを認めてくれなかった。会社からは、これまでMBA通学を許可した実績がないこと、また卒業後にMBAホルダーが会社へどのように貢献してくれるかがわからない、と言われた。
だからMBAに行くためには会社を辞めなければならなかった。そうであれば、日本のフルタイムMBAよりも、日本以外の違った環境で勉強したかった。ただ、英語があまりできないのと欧米での生活に対する不安があったから中国を選択した。
北京大学を選んだのは中国で一番有名であることと総合大学ならではのネットワークを期待していたから。中国語クラスを選択したのは、英語よりも母国語である中国語で学べる方がより深く学べると思ったから。



(坪): 卒業後は何をしたい?

(E): MBAに来る前は中国に残って仕事をするつもりだったけれど、今はまだ決めていない。中国には日本よりも大きなチャンスがあることは事実だと思う。けれどこれまで4年近く働いてきて、日本企業の「人を大切にする文化」が気に入っているので、悩んでいる。もし中国で自分のニーズとマッチした企業からオファーがあれば、中国に残って仕事をしたい。仮に日本に帰った場合でも、中国に関わる仕事を続けていくつもり。ただ、日本の企業でMBAの価値がわかる会社がどれだけあるかどうか…。
将来的には、50歳までに自分の会社を作りたい。場所はやはり中国。規制、ルールは日本と比べてまだまだ緩く、市場開拓の余地は残されていると思う。どんな会社かはまだわからないけれど、今後のキャリアの中で本当にやりたいこと、やれることを見つけて世の中に何か形を残してみたい。さっきも言った通り、いずれにしても日本と中国に関わる仕事をこれからもずっとやっていきたいと思っている。それは変わることはない。



(坪): 中国語クラスだから周りはほとんど中国人。そんな中でクラスメイトからはどう扱われている?

(E): まず、私自身は自分のことを「日本が大好きな中国人」と思っている。日本の生活にも慣れたけど、16歳まで中国で育った私はやはり中国人かな。でも、入学前や入学当初は、「自分をどういう人間として表現するべきか」悩んでいた。私が自分のことを中国人と思っていても、周りは外国人、日本人として見ているのではないか、と。実際、クラスメイトは「中国人」の私を「日本人」として見ていると感じるし、私に対してある種の「壁」を感じていると思う。日中の歴史問題について、「中国人」の私につっこんで聞いてくる人もいて、そのときはかなり複雑な気分だった…。あぁ、私は中国人として扱われていないんだな、って。だから日本で生活を送ってきて、日本人の優しさ、責任感、モラルの高さに影響を受けていることは間違いないけれど、そのことを今のクラスで強調するとうまくいかないと感じているので、今はあまり主張しないようにしている。


この記事はソーシャルウェブサイト「Billion Beats(10億の鼓動)‐日本人が見つけた13億分の1の中国人ストーリー‐」でも掲載しています。

中国を出る若者、戻る若者 -大陸で交差する夢-

北京大学MBAの他に、長江商学院MBA、清華大学MBAに在籍した日本人留学生による中国人クラスメイトインタビューもありますので、ぜひご覧になってください。

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