「雷雨」(2)

  客間に四鳳がやって来る。周囲に人がいないのを確かめると、周萍と四鳳は抱き合う。周萍は四鳳に言う。「僕は明日出発する。でも、後でお父さまにすべてを打ち明けて、必ず君を迎えに来るよ。」 四鳳は嬉しそうに笑って周萍にすがりつく。「ああ!萍!あなたは本当にいい人だわ!」

  周萍は「今夜、君のところへ行ってもいいかい?」と尋ねる。四鳳はほほ笑んで答える。「いいわ。私の部屋にはたぶん誰も来ないと思うから。大丈夫なようなら、窓辺に灯りをともしておくわ。」 周萍「君の部屋の外に行ったら口笛を吹くよ。それが僕が来た合図だ。」

  二人は人の気配を察して離れる。そこへ魯貴が姿を現わす。周萍はなんでもない顔をして出ていく。魯貴は四鳳に母親が到着したことを伝える。四鳳はそれを聞くなり明るい笑顔を浮かべ、「お母さん!」と叫びながら外へ飛び出していく。

  誰もいなくなった客間に繁漪がふらりと現れる。たまたま周萍が客間を通りかかる。周萍は繁漪の姿を認めると、視線をそらして足早に去ろうとする。繁漪はそれを止める。「少し話があるのよ。」

  周萍は顔を曇らせる。「必要ないじゃないか。あなたはいつもそうやって、僕が後悔している事を思い出させるんだ。」 それに対して、繁漪は強い口調で言う。「私は後悔してないわ!」

  周萍は言う。「だが僕は後悔している。一生かけても取り返しのつかないことをしてしまった。僕は自分に顔向けができない。父にも顔向けができない。」 繁漪は叫ぶ。「あなたがいちばん顔向けができないのは、この私に対してよ!あなたが誘惑した義理の母親よ!」 周萍はそれを聞いてたじろぐ。

  繁漪はなおも言う。「あなたはたった一人で外の世界へ逃げることは許されないのよ。」 周萍はそれを遮ろうとする。「お父さまが面目を保とうとしているこの家で、そんなことを言ってはいけない。」

  だが繁漪は嘲笑する。「面目?あなたまで面目、なんて言うの?この家の隠れた罪悪は、私はみな見てきたわ。聞いてきたわ。やってきたわ。でも私は自分のやったことには自分でけりをつけるわ。あなたのご立派な父親が、陰で恐ろしいことをたくさんやってきておきながら、その責任を他人になすりつけて、自分は紳士ぶった慈善家のような顔をして、名士として社会に名が通っているのとは違ってね。あなたの父親は似非君子よ。そしてあなたは私生児よ。」 

  繁漪は小さな箪笥の上に飾ってある周萍の母親の写真を手に取る。「この若い娘は、あなたの父親に捨てられて、それで川に身を投げて自殺したのよ。あの人が昔、酔っぱらった勢いでぜんぶ話してくれたわ。」

  周萍は繁漪が自分の出生の秘密を知っていたことに驚くが、すぐに皮肉な笑いを浮かべて言い返す。「いいさ、あなたの言うとおりだ。それで?あなたは何が言いたいんだい?」

  繁漪は言葉を続ける。「私は騙されてこの家に嫁いできたわ。この家で段々と生きた死人になりかけていたときに、あなたがあの人の実家からこの家にやって来た。あなたは私を、母親であって母親でない、愛人であって愛人でない迷路に引き込んだのよ。あなたは私に言ったわ。父親を憎んでいるって。父親が死ねばいいって。人の道に外れたことをしてもかまわない、って!」

  周萍は力なく言う。「僕は若かった。あなたは、僕の若さが犯した罪を決して許さないというのか?」 繁漪は叫ぶ。「許す許さないの問題じゃないわ!私は後は死ぬだけの人生だったわ。それを生き返らせてくれた人がいた。なのに、その人にも捨てられたら、私は徐々に、ゆっくりと渇いて死んでいくのよ。私はどうしたらいいの!?」

  周萍は苦しそうに顔を歪ませる。「あなたはどうしたい?」 繁漪「行かないで。」 周萍は愕然とする。「この家で、あなたの傍に留まれというのか?この家で、生きた死人になれというのか?」

  それでも家を出て行かないでくれと懇願する繁漪に、周萍は「あなたは冲の母親じゃないか」と言う。だが繁漪は断固とした口調で叫ぶ。「いいえ!いいえ!私は自分の運命と名誉をあなたに捧げたのよ。すべてを捨てるわ。私は冲の母親でもないし、樸園の妻でもない!」

  だが周萍は冷たい口調で応じる。「でも僕はお父さまの息子だ。」 その言葉を聞いた繁漪は絶望と嘲笑の混ざった表情になる。「お父さまの息子・・・ふふ、お父さまの息子!もっと早くに、あなたがこんな腑抜けだと知っていたら!」

  周萍は相変わらず冷たい態度のままである。「じゃあ、今ようやく分かっただろう。もう何度も話したはずだ。僕はこんな歪んだ関係は厭わしいんだ。厭わしいんだよ。僕は昔の自分が犯した間違いは認める。でも、あなたにだって責任はあるんだ。あなたは聡明で物事を理解できる女性だと僕は知っている。だからあなたも最後には僕を許してくれるだろう。今は僕を罵ってもいい、責任を転嫁してもいいさ。どのみち僕が望むことは、僕たちが話すのもこれが最後になればいいということだ。」
  
  言い終わると、周萍は部屋を出て行こうとする。繁漪はそれを止める。「私はあなたにお願いしているんじゃないわ。よく考えてちょうだい。私たちが話してきたたくさんのことを。一人の女が、父親とその息子の二人に虐げられるのは耐えられない、ということを。考えることができるでしょう?」

  しかし周萍は冷たく「僕はとっくによく考えましたよ」と言い捨てると、振り向きもせずに部屋を出て行ってしまう。

  つまり、繁漪と周萍は、義理の母と息子でありながら、肉体関係を持ってしまっていたのだった。そのことを知っているのは、四鳳の父の魯貴だけである。繁漪が周萍の恋人である四鳳を周家から追い出そうとしているのは、周家の体裁のためではなく、また周萍の母親として身分違いの恋を憂慮したためでもなく、女として四鳳に嫉妬しているからだったのである。
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