新国立劇場バレエ団『眠れる森の美女』-5


  『シンデレラ』公演期間中に前の公演の感想を書くのもなんですが、終わらせてしまいたいので。第三幕についてです。この記事を書くのは久しぶりなんで、まずは第三幕の主なキャストを見直してみます。


   オーロラ姫:米沢 唯
   デジレ王子:ワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤル・バレエ団)

   リラの精:瀬島五月(貞松・浜田バレエ団)

   国王:貝川鐵夫
   王妃:楠元郁子
   式典長:輪島拓也

   エメラルド:細田千晶
   サファイア:寺田亜沙子
   アメジスト:堀口 純
   ゴールド:福岡雄大

   長靴をはいた猫:江本 拓
   白い猫:若生 愛

   フロリナ王女:小野絢子
   青い鳥:菅野英男

   赤ずきん:五月女 遥
   狼:小口邦明

   親指トム:八幡顕光


  第三幕の舞台装置は非常に重厚かつ豪華、色的にも鮮やかでした。舞台奥に国王夫妻が座るとても大きな台座があります。大理石調の階段付きの台座の上に、金の造作で真紅のビロードが張られた立派な椅子。台座の後ろはいかにも宮殿らしい絵画がはめ込まれた壁だったと思います。

  集まってきた貴族たちは衣装を改め、18世紀末~19世紀初期のフランス風衣装を着ていました。これがとても美しかったです。特に女性たちの衣装が、すっきりしたラインのチュニック・ドレスで、これがとてもきれいでした。女性たちの襟足、首から肩にかけての線の美しさが際立ちます。二の腕までの白い長手袋も腕の長さを強調します。

  最後に入って来た国王夫妻は王冠を戴き、白い毛皮で裏打ちされた、裾を長く曳いた真紅のマントをまとっています。王妃役の楠元郁子さんは、髪を上にまとめ上げてティアラを飾り、白と金のチュニック・ドレスを着て純白の長手袋をはめ、まさに輝くような美しさ。この国王夫妻の姿は、ナポレオン1世とジョゼフィーヌ皇妃、もしくはマリー=ルイーズ皇妃の肖像画そっくりでした。

  第二幕までの舞台装置と衣装は、質はともかく色は地味で暗めだったので、この第三幕で舞台が一気に明るく華やかになったことで、物語のハッピーエンドをより強く感じさせました。第一、二幕までの地味な色合いは、この第三幕をいっそう盛り上げるためだったのかもしれません。

  宝石の踊りは細田千晶さん(エメラルド)、寺田亜沙子さん(サファイア)、堀口純さん(アメジスト)、福岡雄大さん(ゴールド)。女性陣は白地にそれぞれの宝石の色(緑、青、紫)のボーダーが入ったチュチュ、ゴールドの福岡さんは淡い金色と水色の衣装で、上着、膝丈のズボン、白いタイツ、黒いシューズだったと思います。

  マイナス点を書いてしまって申し訳ないのですが、福岡さんの踊りがかなり不安定で、観ているほうがハラハラしました。あまりにぎこちなかったので、しばらく福岡さんだと気づかなかったほどです(←事前にキャスト表で確認してなかった)。終演後も、あれが福岡さんだとは信じられませんでした。

  ゴールドの衣装のデザインも趣味が良いとはいえず、色合いもバランスがわるかったです。白タイツに黒いシューズだと、脚は短く太く、足は異様に小さく見えてしまいます。せめて淡色のシューズだとよかったのですが。

  あとは女性ダンサーが一人転倒しましたが、誰だったか覚えていません。すぐに立ち上がって普通に踊っていたので、怪我などはしなかったようです。

  猫の踊り(だってこう呼ぶしかないよね)は、長靴を履いた猫が江本拓さん、白い猫が若生愛さんで、二人とも猫の仮面を着けていました。表情が見えないぶん、仕草と踊りそのもので勝負するしかない、意外と難しい踊りです。

  江本さんも若生さんも、ユーモラスな動きでのやり取りが面白かったです。若生さんがこれまたすごい美脚で、おまけに脚の線や動きがお色気たっぷり。何気に良い踊りとなりました。

  青い鳥のパ・ド・ドゥは小野絢子さんと菅野英男さん。フロリナ王女のヴァリエーションはイギリス系の振付でした。私はイギリス系の振付のほうが好きなのでよかったです。とりわけ、つま先立ちのまま軽く飛び跳ねながら、片脚をぐっぐっぐ、と後ろに伸ばしていく動きが好きです。小野さんはなんでもないところで動きが一瞬ガタつきましたが、他は相変わらずの安定した踊りでした。

  菅野さんのブルーバードは、ヴァリエーションはどうということはありませんでしたが、コーダでの出だし、飛び跳ねた瞬間に身体を交互に左右に曲げ、そのつど両足を打つ動きがとても細かかったです。最後は飛翔しながら退場してほしかったですが、そうじゃなかったので残念に思ったような?(もうかなり記憶があやしい。)

  赤ずきんと狼の踊りは、五月女遥さんと小口邦明さんです。これもけっこう面白く感じた覚えがあります。いつもなら猫の踊りと並んで「さっさと終われ」と思ってしまう踊りなのですが。五月女さんの赤ずきんが良いなあ、と感じたと覚えています。演技と爪先で移動する動きが細かくてよかったんじゃなかったっけ?狼役の小口さんは、狼のかぶりものをしてたけど、その上に確かお婆さんの恰好をしてたんじゃなかったかな?それも面白かった。

  親指トムの踊りは八幡顕光さんで、これは今回の演出と改訂振付を担当したウェイン・イーグリングが、独自に付け加えた踊りではないでしょうか。音楽は聴いたことのないものです。

  振付は八幡さんに合わせてか、超絶技巧をみっちり詰め込んだものでした。ただ茶色の衣装のせいか、それとも振付の問題か、八幡さんの踊りがこじんまりと小さく見えました。八幡さんが踊る以上これはありえないはずなので、もっとダイナミックに見える衣装なり振付なりにしたほうがよかったと思いました。

  米沢唯さんとワディム・ムンタギロフによるオーロラ姫と王子のグラン・パ・ド・ドゥは非常にすばらしかったです。アダージョとコーダはイギリス系の振付でした。イギリス系の振付だと、アダージョで王子がオーロラ姫を逆さまにリフトして静止、を3回連続でくり返します。3度ともグラつくことなくばっちり決まりました。3回目の静止時間は長かったです。最後のしゃちほこ落とし→二人とも手を放してキメのポーズも見事に成功。

  オーロラ姫の衣装は純白のチュチュでしたが、結婚式のドレスにしてはやっぱり地味めでした。もっとゴージャスなキラキラ衣装にしてほしかったです。結局、オーロラ姫の衣装が、全幕を通じて地味&子ども服みたいだったのは、どういう意図に基づいたものだったのでしょうか。

  米沢さんはキメのポーズを音楽の終わりに合わせるのが非常に上手で、腕と手首から先を絶妙に動かして、これ以上にない最高のタイミングでポーズを決めます。まったく遅れやガタつきがないのは本当に立派なものです。

  アダージョで、オーロラ姫が床に座った状態から、片足を爪先立ちにしてゆっくりとプリエしながら立ち上がっていき、最後にアティチュードの姿勢になる動きも、きちんと長い時間をかけてやりました。(←ここは一気に手早くすませてしまうバレリーナも多い。)

  コーダを観て驚いたんですが、コーダでオーロラ姫がグラン・フェッテをやりました。これは、この夏に行われた「ロイヤル・エレガンスの夕べ」で上演された『眠れる森の美女』グラン・パ・ド・ドゥで、英国ロイヤル・バレエ団のサラ・ラムもやりました。私はてっきり、これはラムが独自にやったのだと思って、オーロラ姫がグラン・フェッテはねーだろ、と違和感を覚えたのです。

  しかし、どうもこれは違和感を抱くようなことではなく、今のイギリス系『眠れる森の美女』グラン・パ・ド・ドゥではこうなっているのかもしれません。あとでアンソニー・ダウエル版とモニカ・メイスン版の映像を見なおして確認してみます。

  コーダの最後、オーロラ姫が王子にサポートされつつ連続で回転します。回ってから正面を向いて一瞬止まり、それからまた回転→正面を向いて一瞬止まる、をくり返します。この回転→一瞬静止での、オーロラ姫の腕の動きがイギリス系ではイイんです。速く鋭く回転しながら、メリハリをつけた動きで上にあげた両腕を下ろします。

  これは難しいらしいのですが(バレリーナが笑顔の裏で悪戦苦闘しているのが分かるので)、成功するとすごく見ごたえのある、観ていて気持ちのいい振付です。

  映像版だと、ヴィヴィアナ・デュランテは超完璧(王子役はゾルタン・ソリモジ)、アリーナ・コジョカルはやや苦しい(王子役はフェデリコ・ボネッリ)、直に観たやつだとマリアネラ・ヌニェスは超超超完璧(王子役はティアゴ・ソアレス)、サラ・ラムはほぼ完璧(王子役はスティーヴン・マックレー)、島添亮子さんもほぼ完璧(王子役は…誰だっけ?ロバート・テューズリー?)でした。

  米沢さんの腕の動きもほぼ完璧で、観ているわたくしの心のツボにはまりました。米沢さんの回転力&自力静止力、ワディム・ムンタギロフのサポート力がともに高いおかげでしょう。

  もう4,000字を超えたので止めますが、新制作されたこのウェイン・イーグリング版は、手直しすべき個所が多くあると思いました。第二幕の余計な「目覚めのパ・ド・ドゥ」がその最たる例です。

  このイーグリング版『眠れる森の美女』は、新国立劇場バレエ団オリジナル・バージョンとして、これからも定期的に上演されていくのでしょう。その間になんとか直していってくらさい。お願いします。次に上演されるときも絶対に観に行きますから。

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