キエフ・バレエ『眠れる森の美女』(1月5日)‐3
第三幕冒頭のポロネーズで、ディヴェルティスマンを踊るダンサーたちが次々と舞台に登場します。フロリナ王女を踊るエレーナ・フィリピエワが、青い鳥を踊るデニス・ニェダクと一緒に現れたとたん、客席から大きな拍手が沸きました。フィリピエワは本当に人気がありますね。
青い鳥のパ・ド・ドゥが始まり、フィリピエワが現れるとまた大きな拍手、フィリピエワが踊り終わったらもちろん拍手。フィリピエワは、踊っている最中は穏やかな柔らかい微笑を浮かべたままでしたが、客席に向かってお辞儀をするとき、思わずといった感じでぱっと嬉しそうな笑顔になりました。戸惑いながらもこぼれてしまうその笑みがまた魅力的。
ゆっくりとためをおいて踊り、必要なときにはきっちりキープ、余裕を持って片膝立ちになり、たおやかな仕草で耳に手を当てる。揺るぎない安定感と隅々までコントロールされた隙のない踊り。かのファルフ・ルジマトフがフィリピエワを「真のプロフェッショナル」と評したのもうなずけます。
そういえば、キエフ・バレエにおけるヴァリエーションの最後のポーズは、両足ともにトゥで立ち、両腕を上に伸ばすものがほとんどです。終わりのポーズとしては、バレリーナにとって最も辛いものだと思いますが、みんなグラつかないできちっと立ってます。キエフすげー。
青い鳥はデニス・ニェダクでした。普通に良かったと思います。フィリピエワのサポートでは少しぎこちなさが見られました。デニス・ニェダクは『バヤデルカ』でソロルも踊りましたが、身体の柔らかさや踊りのタイプからすると、青い鳥も踊るのは自然です。コーダの最初で、身体を横にくの字に曲げてジャンプするところ、ニェダクの身体の曲がり具合は尋常なものじゃありませんでした。あれは凄かったです。
デジレ王子役はヤン・ヴァーニャです。第二幕冒頭、ヴァーニャの王子が舞台に颯爽と登場し、ダイナミックなジャンプや回転がてんこもりなソロを踊ります。ロシア系の『眠れる森の美女』では、王子が踊るシーンが意外と多いようです。ヴァーニャは深い藍色の上衣に白いタイツ姿。ヴァーニャ、絵に描いたように完璧な王子様です。
踊り方も端正かつ上品で、しかも踊りにミスがないときたもんだ。おまけに長身なもんだから、踊りがデカいデカい。舞台が狭そう。大迫力。圧倒的。ヴァーニャがソロを踊り終えて舞台前面にすっと立ちました。ヤン様のあまりにりりしすぎる姿に、観客の間から一斉に感嘆のため息が。ある観客「脚長っ!」
ヴァーニャはいまどき貴重な王子の逸材ですよ。190センチはあるだろう身長、手足胴体の長さのバランスが完璧に整った体型、優雅で気品漂う立ち居振る舞いと優しげな表情、ダイナミックかつ安定感ある踊り、堅実なパートナリング(ゴリッツァとの相性についてはちょっと疑問ですが)。日本で知名度ないだけで、優れたダンサーは世界にまだたくさんいる、という至極当然な事実をまたもや思い知らされます。
ちなみに、リラの精と王子が小舟に乗ってオーロラ姫の眠る森に向かうシーン、舞台装置と仕掛けは、風景が描かれた背景の幕、横にスライドするだけの小舟、床に低く流された白煙のみと非常に簡素でした。しかし、意外にこれが非常に効果的でした。ポイントは背景の幕です。幕は下から上にゆっくりとまくれ上がっていくもので、風景が明るい空から暗くて欝蒼とした森の中へと変わっていきます。その中を小舟がスライドすると、かなりリアルに見えました。
オーロラ姫を踊ったオリガ・ゴリッツァとヴァーニャとの踊りは、やはりちょっとガタつきがちでした。なんかヴァーニャのパートナリングがうまくいかない。第三幕のグラン・パ・ド・ドゥでそれが目立ちました。ゴリッツァは第一幕のローズ・アダージョでも、4人の王子たちと踊るとやっぱりなぜか危なっかしかったです。
オリガ・ゴリッツァは、技術面ではまだ頼りないところがありますが、一人で踊るぶんには安定しています。それが、誰かと組んで踊るとバランスが取れない、軸足がブルブル震える、キープができない、身体が斜めになる、という状態になってしまうようです。理由は分かりません。
第一幕最大の見せ場であるローズ・アダージョはしたがって、オーロラ姫のバランス・キープがまったくないという奇妙なものになりました。最初の時点で無理だと分かりました。王子たちの手をがっちり握ったゴリッツァの腕がガクガク震えて、ゴリッツァの身体が傾きそうになっています。ゴリッツァも下を向いてしまい、必死な表情になっちゃってました。
大きな崩れを回避するためか、4人の王子たちは間をまったくおかずにゴリッツァの手を取っていきます。ところが、ゴリッツァが一人で踊る部分は問題なし。ローズ・アダージョの最後にはもはや拷問レベルのアティチュード・キープがありますが、もうゴリッツァの脚が落ちなければいいや、という気持ちで観ていました。
その直後のオーロラ姫のソロは全然問題なし。第二幕でオーロラ姫の幻影の踊りは驚嘆するほどの凄まじさ。特にヴァリエーションでの、あれは何て名前の技なの?なんか細かいステップを踏んでから、片足だけでさりげなく半回転か一回転して、前に片脚をさっと上げて止まるの。うーん、うまく説明できない。
第三幕のグラン・パ・ド・ドゥも、特にアダージョとコーダで、ゴリッツァとヴァーニャとのタイミングが合わない感が見られました。やっぱりオーロラ姫はめちゃくちゃ困難な役なんだろね。今回、ゴリッツァは踊りをこなすので精一杯で、ゴリッツァの魅力である豊かな表現力を充分に出せていなかった気がします。ゴリッツァの笑顔じゃなく、マジ顔しか覚えてない。真剣な目つきで下向いて眉根にしわ寄せた表情です。
ナタリア・マツァークとオリガ・ゴリッツァとオリガ・キフィアクの長所を合計したのがエレーナ・フィリピエワなんでしょうが、フィリピエワほどのバレリーナは滅多に出るものではないのだなあ、と思いました。
今回は期せずしてオリガ・ゴリッツァ主演の日に当たりました。初見のダンサー主演の全幕を短い期間に集中的に観たのは興味深い経験でした。これも何かの縁ということで、ゴリッツァにはこれからも注目していきたいです。5年後、10年後にはどんなバレリーナに成長しているのかな。