「ディアナ・ヴィシニョーワ 華麗なる世界」Bプロ(8月21日)-3


 第2部

 『カルメン』(振付:アルベルト・アロンソ、音楽:ジョルジュ・ビゼー、編曲:ロディオン・シチェドリン)

   カルメン:ディアナ・ヴィシニョーワ(マリインスキー・バレエ)
   ドン・ホセ:マルセロ・ゴメス(アメリカン・バレエ・シアター)

   エスカミーリョ:イーゴリ・コルプ

   ツニガ(ドン・ホセの上官):後藤晴雄(東京バレエ団)
   運命(牛):奈良春夏(東京バレエ団)

   他:東京バレエ団


  あれ、ヴィシニョーワって、第1部に出てなかったんだ。今気づいた。そういえばプロローグにちょっと出ただけだったな。ヴィシニョーワ目当てでこの公演を観に来たわけではないから、気にもならんかった。

  40分の短縮版。といっても、全編でも1時間ほど。具体的にどこが省略されていたのか分からないけど、ドン・ホセと兵隊たちの踊り、運命(牛)の踊りなどの部分だと思います。

  ヴィシニョーワは、最初は鮮やかな赤い衣裳、ついで黒い衣裳。肩口から長い房飾りを多く垂らし、胸部の輪郭を隠すデザイン。それでも肋骨の幅が広いことは分かってしまう。ヴィシニョーワがマリインスキー劇場バレエ内部でうまくいかなかった原因の一つには、この上半身の体型もあったと思う。他のバレエ団なら問題にもされないはずだが、マリインスキーがプリマに要求する容姿の基準というのはつくづく異常だ。

  ヴィシニョーワのカルメンは、メリメの原作のカルメンに近いんではないかという気がした。「不道徳というよりは無道徳な女」という訳者の説明があって、ヴィシニョーワのカルメンはまさにそんな感じ。

  爬虫類系な邪悪さを持つ妖艶なカルメン。ドン・ホセに向かって、歯を見せてニヤ~ッと笑った顔には「この女はヤバいぞ、関わるな」と思ったけど、なぜかこの表情がとても魅力的で、すごく印象に残っている。男どもがハマるのも仕方がない。ヴィシニョーワのカルメン、これはこれでありだと思う。

  ただ、ヴィシニョーワの演技は確かに見事なんだけど、仰々しいところやわざとらしいところがあり、全体的に現実味が薄い。初めから終わりまで明らかに「舞台用」の演技であって、あくまでロシア系バレリーナに共通する演技の系統から外れていないように感じる。

  去年冬のマリインスキー劇場バレエ日本公演『アンナ・カレーニナ』(アレクセイ・ラトマンスキー版)でも、ヴィシニョーワの演技については同じように感じた。もちろん、よく頑張って演技してるな、とは思う。

  でも、観ているうちに引き込まれるような、自然でリアリスティックな演技では、ヴィシニョーワは西側のバレリーナに到底敵わないと思う。『アンナ・カレーニナ』とこの『カルメン』で、ヴィシニョーワがマノンをどんなふうに演じるのか(来年のアメリカン・バレエ・シアター日本公演『マノン』)も大体予想がついた。

  踊りのほうは、振付者のアルベルト・アロンソが意図したものとはだいぶ異なると思う。エレーナ・フィリピエワ(キエフ・バレエ)、ガリーナ・ステパネンコ(ボリショイ・バレエ)は主に脚と爪先で語っていた。一方、ヴィシニョーワは全身を大きく使っていて、セリフを踊るのではなく、あくまで踊りを踊る。

  ヴィシニョーワは踊りも演技もすばらしいけど、「ほら、私、役作りが独特で斬新ですごいでしょ?」、「演技力すごいでしょ?」、「踊りの技術も独自の表現もすごいでしょ?」、「クラシックでもモダンでもコンテンポラリーでも、どんな踊りにも適応できてすごいでしょ?」と終始アピールされている気がする。あまりに「自分押し」が強いので、観ていて少し辟易してしまう。

  ドン・ホセ役のマルセロ・ゴメスは、相変わらずパートナリングが盤石だった。カルメンに惑わされて苦悩するドン・ホセの演技も良かった。

  ドン・ホセの登場シーンで、上官ツニガ役の後藤晴雄さんと並んで同じ振りで踊ったとき、ゴメスと後藤さんとの能力差が出てしまっていた。ここは上官と部下の兵卒との踊りなので、動きはもちろん脚の高さなどもちゃんと合わせるべき。上官よりも部下のほうが踊りが上手いってまずいでしょ。

  エスカミーリョ役はイーゴリ・コルプ。コルプは、たぶんエスカミーリョ役があまり好きでないか、そんなに真剣に捉えるほどの役ではないと考えているんだろうと思う。故意にエスカミーリョを軽薄な伊達男として演技していて、両手で髪を何度も撫でつけてカッコつけていた。結果、お笑いエスカミーリョになってしまう。一昨年の「バレエの神髄」で上演された『カルメン』でもそうだった。

  あとは、やはり去年のマリインスキー劇場バレエ日本公演『ラ・バヤデール』(コルプがソロル役)で、はじめておかしいと思ったんだけど、コルプはクラシックを以前ほど踊れなくなっているのではないかなあ?「レダと白鳥」ではまったく違和感がなかったが、この『カルメン』での踊りはなんかガタガタしていて、音楽にも乗りきれていなかった。

  東京バレエ団の群舞がなにげに良かった。体制か、監視者か、群衆か、正体不明の不気味なたくさんの眼が、彼らの眼下でくり広げられるドラマを、冷徹に眺めている雰囲気がよく出ていて。

  (その4に続く。次で終わり)

  
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