姓名判断と印鑑商法(後編)
この占い師の手口はこう。「この人(私)は問題です!」と断言する。理由は、まず名前の画数が悪い。次に、苗字と下の名前の組み合わせが悪い。
こうして相談者である母親に、いきなりガツンと一発食らわせてショックを与えた後、私の生年月日、現住所、職業、プライベートな状況など、より詳しい情報を少しずつ聞き出していく。それに基づいて私の人物像を予想し、この娘さんはこういう性格で、こういう長所と短所があって、行動パターンはこうで、ああで、と断定的に言う。そのたびに母親の反応を見る。
そして、母親がうなづいたり、否定しなかったりした点に話を絞る。それらの点に集中して、極めてマイナスなことを言っては母親の不安をどんどん煽っていく。
これはうまいな、と思ったのは、話す内容がすべてマイナスだと、相手に不信感と疑いを抱かせてしまう恐れがあるでしょ?だから、話すことが10個あるとしたら、最初の1、2個はプラスの内容を言っていることです。その上で、「でも」という接続詞に続けて、残りは全部マイナスのことを言うんですね。
これだと相手は信じてくれやすいでしょう。良いことも悪いこともみな正直に言ってくれる占い師だ、という印象を与えられます。
母親は占い師の話を聞いていて、私の将来が心配でたまらなくなってきました。たぶん表情にも態度にも明らかに出ていたに違いありません。
それから占い師の猛攻撃が始まりました。言いたい放題だったらしいです。「娘さんはこのままでは運気が上がりません」、「これからずっとロクなことがないです」、「不幸な一生を送って死にます」(←ホントにこう言ったんだって)等々。
この時点で、母親はもう一時的な洗脳状態にあったようです。そこで、占い師が「打開策」を提案。曰く、名前はもう変えようがない。でも、印鑑は変えられる。特に、実印はその人そのものである。実印を運気が上がるものに変えれば、娘さんの運は上がる。
娘さんの場合は苗字が良くない。だから、苗字の実印ではなく、下の名前のみの実印を新たに作れば、不運を回避して良運を招くことができる。その印鑑は手彫りで、風水学に基づいた、良運を招く字形や流れのデザインになる。肝心なのは、実印を変えたら必ず印鑑登録をすること。
価格は、水晶製:30,000円、犀角製:60,000円、象牙製:120,000円。
母親はそれで娘の運が上がるなら、という気持ちで、犀角製60,000円の印鑑を依頼してしまいました。この値段設定も巧妙です。数十万円や百万円以上なら、田舎の年金暮らしのおばちゃんには手が出ません。それに霊感商法なのがおばちゃんの家族にバレて、警察が介入するレベルのトラブルになるリスクも高いですからね。
しかしこんなふうに決して安くはないけど、そうバカ高くもない値段ならば、運が上がったら儲けもんだし、騙されたと分かっても、あきらめがつきやすいでしょう。
私の実印作成を頼んだ、と母親から聞かされて、私は激怒のあまりさっそくメニエール病が再発しそうになりました。
顔も名前も知らん赤の他人の占い師が、好き放題に私の悪口を言いまくったこと、母親が初対面の占い師に対して、私を含めた家族の個人情報や私的な事情をペラペラとしゃべったこと、実印なんて大事なものを、私本人の承諾なしに勝手に作ろうとしたこと、
なによりも腹が立つのは、占い師と母親が一緒になって、私の名前を「悪い名前」と決めつけたことです。私が先祖から受け継いだ苗字と、私の死んだ父親が私につけてくれた名前をですよ。
私は電話越しに母親を大声で怒鳴りつけました。最初は何を言ったのか覚えていないくらいです。しかし、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせて、なぜ私が怒っているのか、一つ一つ、何度も何度もくり返して説明しました。
そして、その占い師が本当に「スピリチュアル」な能力がある人だとしても、また、占い師としての知識と経験が豊富な人だとしても、相談者の不安をむやみに煽り立てる時点で、占い師としては最悪、人間的にも最低、ましてや、開運グッズを売りつけようとするなぞバレバレの詐欺じゃないか、と至極当然な事実に気づいて、それを母親にそのまま言いました。
この当たり前の事実が、最も母親の腑に落ちたようでした。本物の良心的な占い師は相談者を不安に陥れたりしないだろうし、不安につけこんで物を売りつけたりもしませんよね。
(面白いことに、この占い師は私の健康状態については、何も言わなかったそうです。理由は簡単、母親が私の当時の体調について何も言わなかったから。母親は「メニエール病」というカタカナ名前が難しくて言えなかったらしい。人間ナニが幸いするか分かんないですなwww)
更に、私は会ったこともない占い師の勧めで、どこの誰が作ったかも分からない印鑑を、実印として使うなんて気持ち悪くて絶対にできない、と正直な感覚を言いました。また、すでに登録してある実印でないと、継続や更新が不可能な契約があり、新しく実印を作っても、すぐに印鑑登録の変更はできないことも伝えました。私のこの言い分にも母親は納得したようで、注文した印鑑はキャンセルすることになりました。
キャンセルするには、その占い師本人ではなく、着物専門呉服店に申し込まなくてはならなかったそうです。母親がキャンセルを申し込んだところ、店側はあっさりと受け入れました。店側は、自分たちがヤバいことをしていると知っているのでしょう。騒ぎになるのを恐れているに違いありません。もしかしたら、以前にも同様のトラブルがあったのかも。
一連の経緯から見て、その着物専門呉服店ぐるみでやっているのは間違いないと思います。地方では、高齢者相手の詐欺がやたらと多いのはよく知られているとおりです。私は郷里の市と県の消費生活センター、そして東京都(東京在住の私の実印を勝手に作られかけたから)の消費生活センターに電話して、その全国チェーンの着物専門呉服店の名前も出し、事のあらましをすべて話しました。その後、郷里の市役所の担当職員が、母親から直接に事情の聞き取りをしてくれました。
あえてつぶさには書かないですけれども、消費生活センターの相談員によれば、今回の姓名判断とそれにともなう印鑑の売りつけ(というより最初から印鑑の売りつけが目的なんですが)には違法な点が多々あり、非常に悪質な手口だということでした。
この詐欺はよくある霊感商法の一種であり、姓名判断で相談者を不安にさせた上で、「開運」を謳った微妙に高額な印鑑を売りつける、通称「印鑑商法」というらしいです。
認印ではなく実印を作らせること、印鑑登録を絶対にするよう指示することも共通点だといいます。その理由はいくつかあるらしいのですが、ここでは最も怖い理由だけ書いておきます。
最悪の場合、こんなことが起こり得るそうです。印鑑商法の業者は相談者が印鑑登録を済ませたであろう時期を見計らって、作成した実印のコピー印を作る。そのコピー印と、占い師から提供された相談者の氏名、生年月日、住所を使って、相談者が債務を負っている旨の虚偽書類を作り、更に別の詐欺業者が相談者に対して「債権」の回収を行なう。
私があちこちの消費生活センターに電話しまくったのは、相談したかったのと同時に、情報提供をしたかったからでした。相談内容はデータベースに記録され、全国の消費生活センターがその情報を共有できます。
心配なのは、その占い師が現在、東北を中心に渡り歩いているかもしれないことです。その占い師は私の郷里で「商売」をした後、岩手か宮城に行った可能性が高いのです。震災で打ちのめされ、まだ苦しんでいる人々、とりわけお年寄りが食い物にされるのではないか、ということが心に引っかかっています。