コジョカルとコボー、ロイヤル・バレエを退団



  もう周知のニュースですが、6月3日、アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーが、今シーズンをもって英国ロイヤル・バレエ団を退団することが明らかになりました。ロイヤル・オペラ・ハウスの公式発表は ここ です。

  退団理由は「別の芸術的な挑戦に臨むため」というお決まりの文言で、本当の理由はまだ分かりません。ただ、コボーの年齢(40歳)と、コボーが今後もロイヤルに残っていても、未来への展望が開けそうにないことが関係しているようです。

  コジョカルはコボーの婚約者(実質的にはすでに妻)ですから、自分もコボーと一緒にロイヤル・バレエを去ることに決めたのでしょう。

  コジョカルとコボーの退団が発表されたわずか2日後、6月5日のコジョカル/コボー主演『マイヤーリング』が、ロイヤル・オペラ・ハウスでの彼らのさよなら公演になってしまいました。ファンたちは大慌てでフラワー・シャワーの準備に追われたようです。

  ロイヤル・バレエは7月に日本公演を控えています。コジョカルとコボーはかねての予定どおり参加するそうです。7月10日の「ロイヤル・ガラ」と12日の『白鳥の湖』です。この2公演が、コジョカルとコボーがロイヤル・バレエで共演する最後の公演になります。思いがけない付加価値がつきました(といってもチケットは早々に完売していた模様)。

  急な発表だったので大騒ぎになりましたが、コジョカルとコボーの退団そのものは、そんなに驚くほどのことではないと思います。特にコボーのほう。コボーはまだダンサーを続けるそうですが、踊れる役柄がかなり制限されてきているのは確かです。

  去年の初めに日本で行われたガラ公演「アリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクト」でのコボーの踊りを観て、コボー、なんだか踊れなくなってる?と感じました。その2ヶ月後、ロイヤル・オペラ・ハウスで『ロミオとジュリエット』全幕を観ました。コボーがロミオ、コジョカルがジュリエットでした。

  コボーが踊るロミオを観て、コボーにはもうロミオは無理なんだ、とはっきり分かりました。コボーは跳躍ができなくなっていました。特に跳躍を連続で行なうとき、1回目はきれいに高く跳べるのですが、2回目からはパワーが一気に落ちて跳べなくなります。

  この状態だと、跳躍が少ない、また連続での跳躍がない役柄しか踊れないはずです。でも、コジョカルとコボーのパートナーシップは、ロイヤル・バレエの大きな売りの一つでした。コボーがいつごろから跳べなくなったのかは知りませんが、前芸術監督のモニカ・メイスンとロイヤル・オペラ・ハウスの常連観客は大目に見ていたようです。

  でも、新芸術監督のケヴィン・オヘアがメイスンと同じ考えとは限りませんし、常連観客たちもコボーをいつまでも生暖かい目で見てくれることはないでしょう。踊れる役柄が限られる以上、一つのバレエ団に縛られて、緊密なスケジュールで踊り続けるよりは、自由の身になって、無理のないペースで、自分が踊れる、また自分が踊りたい役を踊っていくほうがよいと思います。

  コボーは以前から新作品の振付とプロデュースに積極的だったのですが、ロイヤル・バレエ側は、振付家ではウェイン・マクレガー、クリストファー・ウィールドン、またリアム・スカーレット、アリステア・マリオットのほうを重視しており、コボーが入り込める余地が限られていたということです(6月3日『ガーディアン』紙"Royal Ballet loses Cojocaru and Kobborg")。

  振付家としても、ロイヤルにこのまま残ってもチャンスが望めないのであれば、やはり外の世界に活躍の場を求めるのが賢明です。実際、コボーは海外の多くのバレエ団で、すでに自身による改訂振付作品(『ラ・シルフィード』、『ジゼル』)のステイジングや、ガラ公演のプロデュースを行なってきています。

  私は最初、コボーはどこかのバレエ団の芸術監督に就任することが決まったのではないかと思ったのですが、それはまだ定かではないようです。でもいずれそうなるかもしれません。いずれにせよ、コボーがロイヤルを退団するのは、驚いたけど不可解ではないというのが率直な感想です。

  アリーナ・コジョカルについても同様です。コジョカルはまだ32歳ですが、すでにロイヤル・バレエの枠内に収まりきれない世界的バレリーナになりました。アメリカン・バレエ・シアター、ハンブルク・バレエ、ミラノ・スカラ座バレエ団など、名だたるバレエ団のゲスト・プリンシパルであり、その他にも世界中のバレエ公演から招聘の声がかかる存在です(日本もその一つ)。

  コジョカルがこれからどうするのかも、まだ明らかにされていません。ネット上の噂では、フリーランスのダンサーとしてやっていくか、もしくはコボーがどこかのバレエ団の芸術監督に就任したら、そのバレエ団に入るのだろうということです。

  ダンサーがフリーランスでやっていくのは非常に難しいこととされています。でもコジョカルなら、能力的にも知名度の面でも充分に可能で、ダンサーとして仕事に困ることはまずないと思います。不安要素があるとすれば、「英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル」という肩書がなくなったことが、アリーナ・コジョカルの価値に影響するかどうかという点です。

  もっとも、コジョカルさえその気になれば、今すぐに他のバレエ団に移籍することもそう難しいことではないでしょう。おそらく、コジョカルにコンタクトをとっているバレエ団は確実にあると思います(それも複数)。

  コボーは分かりませんが、コジョカルはこれからもたぶん、ロイヤル・バレエにゲスト・プリンシパルとして参加するのではないでしょうか。コボーと一緒にいるために退団したのであって、バレエ団側と何らかの悶着を起こしたわけではないと思うので。

  これはロイヤル・バレエの鷹揚さというか長所で、ロイヤル・バレエは、たとえバレエ団側と揉めて退団したダンサーであっても、後にゲストとして招聘する場合があります(ただ単に代わりの人材が見つからないからという理由もあるでしょうがw)。

  最近の例でいうとセルゲイ・ポルーニンですね。他にも、イレク・ムハメドフ、ヴィヴィアナ・デュランテ、熊川哲也、アレッサンドラ・フェリ、アダム・クーパーなど、後味のわるい辞め方をしても、その後にロイヤルの舞台に立ったダンサーは複数います。

  アリーナ・コジョカルの場合、ゲストとして呼べばチケットは確実に売れるので、コジョカルのほうに含むところがなければ、コジョカルは今後もロイヤル・バレエに客演するでしょう。ですから、ロンドンの地元ファンはそんなに悲観する必要はありません。

  ただ困るのが我ら日本のファン。

  コジョカルの舞台を観るためなら海外遠征も辞さない、というファンのみなさまなら、ロイヤル・バレエのロンドンの地元ファンと同様、さほど悲観する必要はありません。しかし、私はコジョカルの熱狂的ファンではなく、たまたま観られる機会があれば観るという程度のファンです。

  もちろん、日本で今後、未来永劫コジョカルの踊りを観られないはずはありません。ガラ公演で、また全幕公演でゲストに招かれて主役を踊るコジョカルを観る機会は必ずあると思います。しかし問題は演目です。

  全幕の場合、演目がかなり限られてくると思います。つまり、『ジゼル』、『白鳥の湖』、『ドン・キホーテ』、『眠れる森の美女』、『ラ・シルフィード』、『ラ・バヤデール』といった古典作品ばかりになる可能性が大きいと思います。

  フレデリック・アシュトン、ケネス・マクミラン、ジョン・クランコ、ジョン・ノイマイヤーなどの全幕作品で、主役を踊るコジョカルを日本で観られる可能性は、今後は更に一段と低くなる、もしくはほとんどなくなることが予想されます。

  私はこのことに思い当って、コジョカルがゲスト出演するミラノ・スカラ座バレエ団日本公演『ロミオとジュリエット』(マクミラン版)のチケットをあわてて取りました。

  そのときに驚いたんだけど、いやー、ミラノ・スカラ座バレエ団は人気ないねえ!チケット発売初日からずいぶん経つのに、チケットが全公演余ってます。金土日の週末公演なのに。さすがに各種の席のいいとこはほぼ完売状態のようですが、それ以外は全然余裕。コジョカル/フリーデマン・フォーゲル主演日でも余ってる。

  もともと海外公演ができるようなレベルのバレエ団ではないから、仕方ないとは思います。チケットを購入したのは、主演のゲスト・ダンサーたちのファンの方々でしょう(私もその一人)。

  主催元を応援するつもりはないんですが、マクミラン版のコジョカルのジュリエットを日本で観られる機会は、今度はいつになるか分かりません。ジュリエットは言うまでもなくコジョカルの当たり役の一つなので、観られるみなさまは観ておいたほうがいいかも、と思います。

  そうだ、コボーの現在の能力について、ネガティブなことを書いてしまいましたが、あくまでロミオやバジルみたいな役はもう無理だということです。『白鳥の湖』のジークフリート王子は大丈夫だと思います。黒鳥のパ・ド・ドゥのヴァリエーションとコーダしか踊る場面がありませんし、それ以外のソロもさほどきつい踊りはないはずです。

  40歳になったばかりのコボーが、なぜあれほど跳べなくなってしまったのか、私はロイヤル・バレエに酷使され過ぎて、怪我と故障に見舞われ続けたのが原因だろうと思っています。長年のあいだ無理をしたせいで、ダンサー生命を縮めてしまったのだと思います。

  それなのに、ロイヤル・バレエ側はコボーの貢献に対して、コボーが希望する形で報いようとしなかった。コボーはたとえばイレク・ムハメドフとは違い、ロイヤル・バレエの芸術監督の地位に野心があったわけではなく、ただ振付家としてやっていきたいと望んでいただけのようです。ですから、私はコボーを気の毒に思うところもあります。

  ロミオやバジルが踊れなければダンサーとしてもう終わり、ってことは全然ありません。何度も言いますが、これからは踊れる役を踊っていけばいいんです。私個人の希望は、やはり『ラ・シルフィード』のジェームズですね。コボーの踊るジェームズをぜひ観たいです。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )