新国立劇場バレエ団『ロメオとジュリエット』(6月26日)-3

  ティボルト役の輪島拓也さんについては、踊りはまだまともに観たことがないからなんともいえませんが、演技力がすごくある方だと感じます。輪島さんが『ラ・バヤデール』で大僧正を演じた時からそう思っていました。

  輪島さんはイイ男だし、ティボルトの紅い衣装もヒゲも様になっていました。基本クールなティボルトでしたが、マキューシオを背中から刺した直後の後ろめたそうな表情や、怒りに我を忘れたロミオにがむしゃらに斬りかかられ、徐々に劣勢になるにつれて動揺していく必死な表情が良かったです。 

  パリス役の厚地康雄さんは、あの金髪のヅラが似合ってるし、イケメンだし、1日の公演ではサポートとリフトも大丈夫だったし、浅薄な優しさと裏に隠れた凶暴さ(パリスがもしジュリエットと結婚していたらDV夫になる可能性大、と思わせる)もきっちり表現していました。

  でも、金髪ヅラの厚地さんを見ながら、なんか既視感が、とずっと思っていたのですが、後になって思い出しました。芸人のヒロシに激似なんですよ。「パリスです。ジュリエットの前で祈っていただけなのに、いきなりロミオに殺されたとです。それから幕が下りるまでずっと倒れっぱなしです。パリスです、パリスです、パリスです、パリスです……」

  キャピュレット卿はこの日も森田健太郎さんでした。『ラ・バヤデール』で大僧正役をやった時にも思ったんだけど、森田さんは、オヤジ役はまだ不得手なんじゃないでしょうか。威厳とか横暴さとか封建的な雰囲気を出そうとするあまり、オーバーアクションでわざとらしくなってしまっている、と感じます。

  ゲスト・ダンサー組と「親睦を深める会」でも開催したのか、7月1日の公演の第三幕で、ジュリエットがパリスとの婚約を拒否するシーン、森田さんはジュリエット役のリアン・ベンジャミンを、26日の公演の時よりもかなり乱暴に扱っていました。ベンジャミンを払いのけたり、床に叩きつけたりする仕草が真に迫っていて怖かったです。

  そういえば、パリスが自分を拒絶するジュリエットを力でねじ伏せようとする踊りも、26日よりも1日のほうが断然良くなっていました。厚地さんはサポートそのものでパリスの凶暴さをよく表わしていたし、ベンジャミンも激しい動きでそれに合わせていました。

  キャピュレット夫人役の湯川麻美子さんも名演技。ティボルトが死んだ時の演技が実にすばらしかったです。眼を大きく見開いてロミオを睨みつけ、歯をむき出しにしてロミオに殴りかかり、また剣を持って斬りかかる様は壮絶でした。拳を振り上げ、床をのた打ち回って、文字どおり全身で悲しみにくれる踊りも凄まじかったです。このシーンでのキャピュレット夫人は髪を長く垂らしているので、乱れた髪の毛が顔にかかって、なおさら迫力がありました。

  湯川さんのキャピュレット夫人はジュリエットに優しく接する母親で、パリスとの婚約を嫌がるジュリエットを痛々しく見つめていました。それでも、「女には、好きな男と結ばれることなんてないのよ、あきらめてちょうだい」という感じの悲しげな表情で、ジュリエットを諭しているようでした。キャピュレット夫人も意に沿わない結婚をさせられたのだな、とさえ感じました。

  ジュリエットが死んだと分かったシーンでも、はじめて父親らしく心から嘆き悲しむキャピュレット卿に対して、キャピュレット夫人はあきらめたように目を閉じていて、好きでもない男と結婚させられる前に死んで、むしろよかったのかもしれない、とキャピュレット夫人が考えているかのような印象を受けました。

  ロザライン役の川村真樹さんは、とにかくお美しい!!!新国立劇場バレエ団で最も美人だと思います。物静かだけど、冷ややかでプライドの高そうな表情が良かったし、長いドレスもよく似合っていました。後ろ姿もすっとしてきれいでした。

  穴場で良かったのはヴェローナ大公役の内藤博さんで、第一幕だけの出演ですが、深みのある演技を見せました。キャピュレット家とモンタギュー家の乱闘で死んだ人々をじっと見つめ、死んだ人々にとりすがって泣き、大公に悲しみを訴える女性たちに、慈悲深い仕草で手を差し伸べて慰め、それから両家の人々を厳しい表情と視線で非難する演技がすばらしかったです。

  3人の娼婦役、寺田亜沙子さん、堀口純さん、北原亜希さんも、演技も踊りも申し分ありませんでした。素が良いせいと、ヅラが控え目だったせいと、メイクがちょい薄めだったせいで、みなさんきれいでした。目を覆いたくなるような英国ロイヤル・バレエのヴァージョン(ヅラが特大ボリューム、メイクがおてもやん)とは大違いです。

  踊りはなめらかで、やはり三人で踊るときはよく揃っていました。かといってコチコチな感じではなく、明るくて生き生きしています。演技については、基本的に生まれ育ちのおよろしい日本のバレリーナのみなさんに娼婦が演じられるのか、と偏見を持っていましたが、表情が色っぽくて、仕草も奔放な感じで特に違和感はなかったです。

  ジュリエットの友人を踊った大和雅美さん、井倉真未さん、細田千晶さん、川口藍さん、加藤朋子さん、盆子原美奈さんも、やっぱりきちんと踊れるダンサーたちが踊るときれいだな、と思いました。演技もちゃんとしていて、マスク姿のロミオを見て、ジュリエットと同様、ジュリエットの友人たちも見知らぬこの青年に心惹かれ、それで中の一人(大和雅美さん)がロミオと一緒に踊ったのか、とやっと分かりました。

  マンドリン・ダンスはねえ、あの衣装は、もしかしたら回転したときに、あの細長いビラビラが直線的に翻って印象に残る視覚効果を狙ったデザインかな、とふと思いました。でも、やっぱりあれはないよな。26日、1日のソリストがグリゴリー・バリノフで、バリノフの踊りがすっごい良かっただけにもったいないです。よく見たら、5人(アンダーシュ・ハンマル、小口邦明さん、清水裕三郎さん、田中俊太朗さん、原健太さん)は顔も茶色のドーランを塗ってて、バリノフもバカ殿みたいなメイクをしてました。みんな異様に明るい笑顔で踊っていて、実はけっこう楽しいのかも、と思いました。

  群舞のみなさんも、演技も良し、踊りも良しで、もうこのマクミラン版『ロミオとジュリエット』を、新国立劇場バレエ団の定番レパートリーにするだけの能力は全体的にあると感じます。特に、みんな演技がすごく良くて、しかも踊っていても演技していてもとても楽しそうというか、とにかく生き生き、ノリノリなように見えるんです。実際は大変なのだろうけど、でもそう見えるというのはすばらしいことなんじゃないでしょうか。

  東京フィルハーモニー管弦楽団は、特に1日の演奏が気圧されるほど凄かったです。たとえば、第一幕でヴェローナ大公が両家を非難するときの音楽と、第三幕の前奏曲は同じでしょ?あの音楽は凄絶なほどに美しかったです。すごい大音響でジャージャージャーン!って演奏された下から、弦が静かに出てくるよね。あの瞬間は鳥肌が立ちましたよ。オーケストラの奏者のみなさんはもちろん、指揮の大井剛史さんも優れた音楽家だと感じ入りました。

  今回の公演を観に行って本当によかったです。
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新国立劇場バレエ団『ロメオとジュリエット』(6月26日)-2

  26日の公演があまりにすばらしかったので、急遽、7月1日の公演にも行きました(笑)。主要キャストはともに同じなので、1日の舞台であらためて気づいたことなどもあわせて書きます。

  ジュリエット役のリアン・ベンジャミンは、ラスト、ジュリエットが自殺するシーンで、なんと眼を開けたまま死んでおりました。眼を開けたまま死ぬジュリエットを見たのははじめてです。でも、むごたらしい様ではなく、ミレーの「オフィーリア」のような、美しくて切ない感じでした。

  ロメオ役のセザール・モラレスは、ちょっと異色のダンサーだと思います。モラレスはチリの出身です。南米出身のダンサーというと、特に男性ダンサーは、「柔軟な身体と強靭なバネでパワフル且つしなやかに踊る」のがありがちな特徴です。モラレスも、確かに柔軟な関節と身体を持っているらしいのですが、しかし、彼の踊りは完全なヨーロピアン・スタイルで、ヨーロッパ人独特の硬質なポーズと動きをします。

  モラレスのこの踊り、南米色、つまり柔軟な身体だの強靭なバネだのを強調せず、逆に抑制しさえして、常に中庸を保って振付どおりに丁寧に、端正に、ゆっくりとためを置いて踊るのが非常に魅力的で、私はすごく好感を持ちました。

  モラレスのロミオの踊りも非常に安定していました。もちろん、マクミラン版のロミオを踊り慣れているせいもあるでしょう(でも、マクミラン版のロミオをレパートリーとしているダンサーでも、その日の調子によってうまく踊れないこともあります。あのカルロス・アコスタだってそうですよ)。あとは、やはりマクミランの振付の特徴をきちんと把握して、万全の準備をしてきたのだと思います。

  踊りが安定しているだけでなく、モラレスは「超絶技巧」で自分ひとりを目立たせようとすることもありませんでした。新国立劇場バレエ団のダンサーたちの中に自然にとけこんでいました。

  たとえば第一幕でロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオがキャピュレット家の舞踏会に忍び込む前に一緒に踊るシーンでは、3人とも姿勢、動き、スピード、間隔がよく揃っていて、すごく見ごたえがありました。第二幕での娼婦たちとの踊り、ジュリエットの乳母をマキューシオ、ベンヴォーリオとの3人でからかう踊りも、他のダンサーたちの踊りとよく合っていて、見ていてとても楽しかったです。

  ロミオの踊りはかなり難しいらしいのですが、モラレスはそれをまったく感じさせず、あくまで自然に(ついでに控えめに)さらりと踊ってしまうのです。こういうところも、私はすごく好きですね。

  モラレスのパートナリングも良かったです。そんなに力持ちではないようですが、とにかくなめらかで、たるみやぎこちなさがありませんでした。ジュリエット役のリアン・ベンジャミンとは初めて組んだのではないでしょうか。それに、ベンジャミンとの年齢やキャリアもずいぶん差があります。でも、まったくそういうことを感じさせませんでした。

  バルコニーのパ・ド・ドゥ、寝室のパ・ド・ドゥは凄まじいほど美しかったです。ロミオが仮死状態のジュリエットを引きずる踊りでも、難しくて危険なリフト(倒れているジュリエットの腕を引っ張り上げてリフトし、ジュリエットの体を床に落す)を、無難なものに改変することなくやっていました。また、娼婦役の寺田亜沙子さんと組んでの踊りでも、寺田さんをサポートしながら、速くて複雑な動きを(これまた自然に)こなしていました。

  モラレスに関しては、本当に文句のつけようがないのです。だからまだ続けます(笑)。最もすばらしかったのは演技で、しかも文字どおり踊りと演技とが一体となっていました。大仰な表情はまったくしません。しかし、表情が非常に細緻で、眉を少しひそめたり、口角をわずかに上げたり、あとは目つきを様々に変えたりすることで、ロミオの心情が十二分に伝わってきました。

  それだけに、死んだマキューシオを抱き起こして、大きく揺さぶりながら慟哭するシーンはぐっときました。最もすごかったのが、石棺に横たわる仮死状態のジュリエットを前にしての演技でした。ジュリエットの体を抱いて、叫ぶように口を大きく開けていたのです。このシーンのロミオは、観客からはその横顔しか見えないのです。また、ジュリエットの頭を抱きかかえてうつむいているから、ロミオの表情もよく見えません。でも、よく見たら、モラレスはほとんど吼えるように口を大きく開け、表情を大きく歪ませている。まさに悲愴の一言に尽き、私はこれで完全にモラレスにノックアウトされました。

  モラレスについては、また褒めることを思い出したら書き加えますが(ははは)、最後に結論。セザール・モラレスは、コヴェント・ガーデンのロイヤル・バレエでロミオを踊っても全然おかしくないダンサーです。デヴィッド・ビントリーは、コヴェント・ガーデンにモラレスを取られないよう気をつけたほうがいいと思います。

  マキューシオ役の福田圭吾さんは適度な質感と重みのある踊りをしていて、私はこういう踊りのほうが好みです。今回、新国立劇場バレエ団のダンサーたちは、一体ナニがあったのか!?と思うほど、みな演技が生き生きしていてすばらしかったのです。福田さんもそうで、ティボルトをからかいながら踊るシーンは、難しい動きやステップをこなしながら、コミカルな表情と仕草でティボルトを挑発していて、なんか「水を得た魚」みたいだな~、と思いました。

  マキューシオがティボルトに刺されてから死ぬまでの、「マキューシオ役のダンサー泣かせの2分40秒(だっけ?)」での演技もすごく良かったです。表情が苦痛に歪んだかと思うと、次には苦しそうな顔でおどけてみせ、最後には物凄い激しい目つきと表情でティボルトとロミオを睨みつけて倒れる、いやー、実に迫力がありました。

  ベンヴォーリオは菅野英男さんで、ロミオとマキューシオと一緒に踊るシーンでも、モラレス、福田さんとの動きがよく合っていたし、速さも揃っていました。結局、三人組はモラレス、福田さん、菅野さんの組み合わせが、踊りでも見た目的にもいちばんしっくり行ったのではと思います。三人でじゃれてる姿は、本当の仲の良い友だち同士みたいでした。 
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