牧阿佐美バレヱ団『ドン・キホーテ』(3月6日)

  今日、関東地方はスギ花粉が飛来して大暴れ。私は普段、大工作業に従事する方々が用いる粉塵用マスクを使っているのですが、今日はとっておきの秘密兵器、医療用マスク(3枚798円)を装着して出かけました。

  さて、今日の舞台のほうが、昨日よりも断然見ごたえがあったし、とても楽しかったです。ちゃんと客に見せるショウとして成立していました。

  ただ、観客のあのマナーの悪さはなんとかなんないもんかね。老いも若きも、上演中に平気でしゃべるしゃべる。昨日もそうだったし、今日もそう。他のバレエ団の公演ではあんなことはまずありませんよ。よっぽど「うるせーんだよ!」と注意しようと思ったくらいです(でも、そうすると逆にこっちのほうが「モンスター客」扱いされるのよね)。


  『ドン・キホーテ』(アザーリ・M・プリセッキー改訂振付版、プティパ/ゴルスキー版に基づく)

   キトリ/ドゥルシネア姫:久保茉莉恵
    演技がとても自然でキュート!踊りも終始安定していました。久保さんは上背があるので、踊るととてもダイナミックで華があります。今日は久保さんに目が釘付けでした。キトリはよくても、ドゥルシネアはどうかな、と思っていましたが、やや大味なところはあったものの、昨日の公演で久保さんが踊った森の女王よりもはるかにすばらしかったです。

    久保さんの踊りでいちばん個人的にツボにはまったのは、キトリのカスタネットのソロです。久保さんはキトリが舞台に駆け出してきて登場するときばかりでなく、踊りに入ってからも、カスタネットをリズミカルに鳴らしながら踊っていました。これはすばらしいパフォーマンスです。大抵のダンサーは、ここでは踊るだけで精一杯なのに。

   バジル:菊地 研
    奔放なようにみえますが、実は堅実派のダンサーです。自分の今の能力をわきまえ、また相手のダンサーと自分とのバランスを考えて、決して無理をしない。

    菊地さんのパートナリングはすばらしかったです。スムーズにきれいに見せる、同時にパートナー(久保さん)の安全を最優先していることがよく分かりました。

    第一幕ではバジルによるキトリの「片手頭上リフト」が2回あります。菊地さんは1回目は久保さんをさっと低く上げてすぐに下ろしました。2回目は久保さんを頭上に上げて長めにキープしましたが、2回目の2回目(←まぎらわしいな)は大きくグラついたので、すぐに久保さんを下ろしました。第三幕のグラン・パ・ド・ドゥでは両手を使って久保さんをリフトしていました。

    菊地さんと久保さんとの背丈や体格のバランスを考えると、これらは正しい選択でした。見た目的にもスマートでしたし、リフトされる久保さんの安全を守る意味でも。

    グラン・パ・ド・ドゥのヴァリエーションは、意外にも原振付に忠実な動きで踊りました。ヴァリエーションで曲芸ばかり見せたがる男性ダンサーが多い昨今、非常に真面目な姿勢です。

    その反面、コーダではエキサイトしたのか、物凄い超速回転をやりすぎて、静止で大きくグラついてしまいました。ところが、面白いことが起こりました。観客がドッと笑って拍手したのです。ボリショイ・バレエのイワン・ワシリーエフがエキサイトしすぎて失敗したときも、同じ反応が起こりました。失敗しても観客が思わず笑って拍手してしまう。これは稀有な能力です。

    今日の舞台がとても楽しかったのは、菊地さんの場を盛り上げる力の強さによるところが大きいと思います。菊地さんの演技は自然で楽しそうで、観客は思わず引き込まれてしまうのです。こういう吸引力を持つ日本人ダンサーは非常に珍しい。キトリ役の久保さんとも踊り、演技ともにしっくり合っていました。観ている側の頬が思わず緩んでしまうような、ほほえましい魅力的なカップルでした。
    
   ドン・キホーテ:逸見智彦
    2回目ともなると、観る側も慣れるもんですな。でもまだ、ドン・キホーテの「どっかイッちゃってる感」に乏しい気がします。挙措や雰囲気は王子で、演技はラジャ(『ラ・バヤデール』)なんだもん。

   サンチョ・パンザ:上原大也
    すごいかわいかったです(笑)。第一幕で街の人々にからかわれ、無理やりトランポリン(?)をさせられるシーンでは、今までに見たことがないほどすっごく高く上がって、空中での姿勢や動きがとてもコミカル(なんと空中で反転した!)だったので、観客が思わず拍手したほど。

   エスパーダ:中家正博
    まず顔がオードリーの春日そっくりで、一発で覚えることができました。踊りはカッコよかったです。キメのポーズもバッチリ決まってました。

    昨日の公演でも思ったんだけど、エスパーダの衣装は、デザイン的にちょっと問題があるのではないでしょうか?光沢のあるアイボリー・ホワイトという色合いはすごくいいですが、ズボンが腰丈どころか胸の下まであって、そのせいで布が余ってお腹や腰のあたりでだぶついてしまい、エスパーダの見どころ(?)である、腰からお尻にかけてのセクシーなラインがきれいに出ない。ズボンは腰丈でいいと思います。

   キトリの友人:日高有梨、坂本春香
    よかったと思います。特に、目が切れ長のメイクをしていて、基本的に左側で踊っていた人。

   街の踊り子:吉岡まな美
    特に強い印象はないです。ごめんなさい。

   闘牛士たち:塚田 渉、京當侑一籠、今 勇也、中島哲也、石田亮一、清瀧千晴、ラグワスレン・オトゴンニャム、宮内浩之
    すっごく背が高く、身体が棒のように細くて、かつ超イケメンが1人いましたが、あれは誰なんだろう?ジャンプがえらく高い人でした。(追記:ご教示を頂きました。石田亮一さんだそうです。ありがとうございます

   ガマーシュ:保坂アントン慶
    大げさではないけど、気取った、ちょっとおネエ入った演技が笑えました。帽子が落ちるアクシデントを巧妙に逆利用した演技も見事。

   キトリの父:森田健太郎
    意外に似合ってた。大僧正(『ラ・バヤデール』)よりも、こういうガンコ親父のほうがしっくり(?)きますな。

   酒場の踊り子(←普通の版ではメルセデス):田中祐子
    腕の動きや上体を反らすのが柔らかくしなやかで、脚をダイナミックに上げて長いスカートをさばいて美しく見せる、すばらしい踊りでした。ミステリアスで艶のある雰囲気も魅力的です。

   ジプシーの首領:塚田 渉

   ジプシーの女:橋本尚美
    踊りと同時に、演技も頑張っていました。でも、このジプシーの女の踊りには、「アタシはこのまま、ジプシーのみずぼらしい女として生きていくしかないのね」的な嘆きとあきらめ、同時に「それでもアタシは生きていくのよ!」的な強い気迫がもっと必要だと思います。この役と踊りも実は難しいですよね。

   森の女王:吉岡まな美
    ヴァリエーションはすばらしかったです。きれいなクラシックの踊り。ただ、スタミナがないのか、筋力が弱いのか、すっくとスムーズに爪先立ちしてアラベスクできない、アラベスクやアティチュードで軸足がブルブル震えてる、というのは、観ていてちょっと頼りなかったです。

   キューピッド:米澤真弓
    まず、痩せすぎです。もっと肉を付けたほうが魅力的だと思います。踊りは普通に良かったです。昨日のキトリの友人の踊りとは印象がだいぶ違いましたが。

   ボレロ:田中祐子、塚田 渉
    田中さんはやはりすばらしい。スカートの裾をつまんで広げる動き一つとっても、華麗に見せる。本当に艶やかです。

   パ・ダクシオン(第三幕):奥田さやか、竹下陽子、織山万梨子、米澤真弓
    みなよく揃っていてきれいでした。

   第1ヴァリエーション(第三幕):日高有梨
   第2ヴァリエーション(第三幕):坂本春香
    順番が間違ってたらすみません。普通によかったです。

   他にも、たとえば第一幕のセキディーリャの群舞がすばらしかったです。足さばきや腕の動きがきびきびしていて、みなよく揃っていました。

   一つだけ気になったのは、いくらバレエ作品における「民族舞踊」が、バレエ用にカスタマイズされた動きだとはいえ、クラシック・バレエとは異なるステップが用いられているのは明らかです。『ドン・キホーテ』ではスペイン民族舞踊風の踊りが多く踊られます。

   が、今回の公演では、スペイン民族舞踊風の踊りになったとたんに、ダンサーたちのステップが総じてぎこちないものになりました。エスパーダの踊り、闘牛士たちの踊り、ファンダンゴなどです。普段のレッスンで、民族舞踊の動きやステップの練習をきちんと取り入れているのかな、と疑問に思いました。

  このプリセッキー版は、

   第一幕 第一場:バルセロナの街の広場、第二場:居酒屋
   第二幕 第一場:ジプシーたちのキャンプ、第二場:ドン・キホーテの夢
   第三幕 公爵の城の前庭

という構成です。ですから、バジルの狂言自殺は第一幕第二場です(←自分のためのメモ)。

  アンドレイ・アニハーノフ指揮による東京ニューシティ管弦楽団は、今日も良い演奏を聴かせてくれました。開演前に、なぜか『白鳥の湖』の「ナポリの踊り」のトランペットによるソロパートを練習していた団員がいましたが、近々『白鳥の湖』の演奏予定でもあるのかしらん。    
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