ボリショイ・バレエ『明るい小川』(3)

  浮気性なピョートル、別荘に住む老夫婦をからかうために、ジーナはバレリーナに、バレリーナはパートナーのバレエ・ダンサーに、バレエ・ダンサーはバレリーナに、トラクター運転手はにそれぞれ変装することにします。

  一方、緑色のセーラー服を着た可憐な女学生のガーリャ(アナスタシア・スタシケーヴィチ)に、芸術慰問団の一員であるアコーディオン奏者(デニス・サーヴィン)が近づきます。

  アコーディオン奏者は腰に手を当てたり、肩をそびやかしたり、腰を突き出して脚を前に出したり、髪を片手でなでつけたりと、妙にカッコつけたポーズと仕草で、ガーリャに(あくまで本人的には)クールにアピールします。

  アコーディオン奏者役のデニス・サーヴィンは、『ドン・キホーテ』でガマーシュを演じた人でした。ガマーシュのときもおネエ入った仕草で大笑いでしたが、このアコーディオン奏者のカッコつけてるけど笑える仕草と表情に、観客は始終クスクスと笑いどおしでした。

  ところが。アコーディオン奏者はカッコつけた仕草で踊り始めます。踊ってびっくり、デニス・サーヴィンは非常に優れたテクニックを持つダンサーでした。しなを作ったような笑える仕草を保ったまま踊るんだけど、高く跳び、複雑な足技を決め、凄まじい勢いで回転します。サーヴィンが踊っている間、私は笑ったり驚嘆したりと忙しかったです(笑)。サーヴィンが踊り終えると、盛大な拍手が送られました。

  ガーリャ役のアナスタシア・スタシケーヴィチは、第一幕から群舞に混じって、またアコーディオン奏者役のサーヴィンと踊っていました。スタシケーヴィチは小柄なダンサーで、ぽんぽんと軽く弾むように、敏捷な動きで踊ります。特にポワントで立ちながら、脚を高く上げる動きが速く、また鋭くて印象的でした。また、溌剌とした可愛らしい雰囲気のダンサーです。ちなみに彼女は『ドン・キホーテ』ではキューピッドを踊りました。

  アコーディオン奏者はガーリャとのデートの約束を取り付けます。ところが、アコーディオン奏者がガーリャに近づこうとすると、犬の着ぐるみを着たトラクター運転手(イワン・プラーズニコフ)が四つんばいで飛び出してきて、「ワン!ワン!」とマジで吠えて威嚇します。

  まさか栄えあるボリショイ・バレエの舞台で、犬の着ぐるみが出てくるとは、しかも、ワンワンと吠えるとはー!と驚きましたが、おかしくて大笑いしました。

  そこで一同が出てきて種明かしをし、アコーディオン奏者も「浮気者にはママより怖いおしおきだべ~!」(By ドクロベエ様)作戦に参加します。

  別荘に住む老夫婦のうち、旦那(アレクセイ・ロパレーヴィチ)が自転車に乗って現れます。なぜか長銃と弾薬を引っさげて完全武装しています。美しいバレリーナにカッコいいところを見せようというのでしょう。

  やがてその妻(アナスタシア・ヴィノクール)も現れます。こちらは真っ赤なトゥ・シューズを履いています。イケメンのバレエ・ダンサーと踊ろうというつもりらしいです。

  妻はイケメンのバレエ・ダンサーを探し求めて去っていきます。ひとり残された夫の背後に、白いシルフィードの衣装を着たバレエ・ダンサー(セルゲイ・フィーリン)が現れます。

  フィーリンは両手を胸の前に緩く差し出したシルフィードの定番ポーズで、舞台の奥を軽やかに・・・ではなく、どたどたどたどた~、と大きな足音を立てながら大股に横切っていきます。しかも、その目は夫をガン見しています。

  大きな足音を響かせながら舞台を何回か往復した後、フィーリンは両手を胸の前で交差させた、ジゼルのようなポーズでベンチの上に立ちます。ジゼルのようにふわっとベンチの上に座るのかな?と思いきや、フィーリンは両足を揃え、どん、と力強い音を立てて地上に降り立ちます。

  それからバレリーナに変装したバレエ・ダンサーに扮した(まぎらわしい)フィーリンと、別荘の住人の旦那との踊りが始まります。フィーリンはたおやかな仕草で踊ります。両腕の動きが女性ダンサーに負けないか、もしくは女性ダンサー以上にたおやかで優美で驚愕しました。まるで骨がないみたいに柔らかくたわむのです。

  また、ポワントで立ってやったジゼル風のアラベスクもすごくきれいでした。脚の高さや角度が絶妙で、一瞬これは男性だということを忘れたくらいでした。基本お笑い中心なんですが、フィーリンがふとしたときに見せる動きやポーズが女性ダンサー以上に美しく、かと思うと舞い上がったスカートの下にスネ毛がびっしり生えた脚が見えてしまい、とたんに現実に引き戻されます(笑)。

  バレエ・ダンサーは油断するとガサツな男の地が出てしまい、そのたびにあわてて両手を胸の前で組みますが、その目は異様に据わっており、別荘の住人をじとーん、と凝視しています。フィーリンのこの表情がすごく笑えました。

  別荘の住人の旦那はバレリーナに変装したバレエ・ダンサーの言いなりです。バレエ・ダンサーはポワントで踊ることに疲れて床に座り込みます。バレエ・ダンサーのシルフィードは人差し指をくいくい、と動かして、別荘の住人が腰に下げていたウォッカの小瓶を要求します。

  ウォッカを受け取ると、フィーリンは大股広げて座ったまま、それを一気にあおろうとします。しかし別荘の住人のいぶかしげな視線に気づくと、あわてて両脚をきれいに斜めに揃えて座り直し、その姿勢でウォッカをうまそうに飲み干します。

  フィーリンのシルフィードが登場している間、観客は大きな声を上げて笑いっぱなしでした。フィーリンの笑える、時にハッとさせられる踊りと、大爆笑な演技のおかげで、舞台はフィーリンの独壇場となりました。
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