オリオン村(跡地)

千葉ロッテと日本史好きの千葉県民のブログです
since 2007.4.16
写真など一切の転用、転載を禁止します

がんばろう東北 史跡巡り篇 盛岡、三戸の巻

2011-09-04 13:53:52 | 日本史

 

今回の北東北の旅は岩手、青森、秋田と時計の反対回りで巡っていくこととしました。
これまでであればのんびりと各駅列車を使うか、あるいは寝台特急で目的地に入るのが常だったのですが、今回は時間がないので新幹線の利用です。
記憶違いでなければ東北新幹線を利用するのは初めてのことで、平日の始発ということもあってかかなりガラガラだったのは当たり前と言えば当たり前です。
途中の郡山あたりでかなりの雨に遭遇をしてイヤな予感もしたのですが、最初の目的地である盛岡に着いてみれば心配無用の青空が広がっていました。

まずは城跡の側のもりおか歴史文化館で下調べです。
前回に来たときには訪れた記憶がないのですが、それも当然で今年の7月に開館をしたとのことです。
南部家の至宝と称した展示をしていましたがそもそも盛岡城が1598年に築城をされて戦国時代の末期のものですから、個人的にはちょっと期待外れではありました。
盛岡城の往時の模型があったのが収穫で、これをイメージしながら城跡に行ったことで自分がどこにいるかを意識できたのは大きかったです。

残念なことに盛岡城には櫓などの遺構は残されていません。
そもそも天守閣は最初から無かったのですが、その他の建造物も明治初頭に解体をされています。
戦災で焼失をしたのであればまだしも、なぜに歴史的遺産を自らの手で葬ってしまったのかが理解に苦しみます。
これは日本全国でのことですから明治政府の意向が働いたと思われ、まだ維新の混乱が続いていた時期ですから叛乱の拠点になることを怖れたのかもしれません。
その代わりと言ってはなんですが東北ではあまり多くはない立派な石垣が特徴で、これだけのものが残っているのはかなり珍しいです。
曲線美が見事ですし、かなり神経を使った手入れがされていることがよく分かりました。

城内は三ノ丸、二ノ丸、本丸と区切られており、しかし一見するとただの広場にしか見えません。
遺構がないのも手伝っているのでしょうが、木が生い茂っていて輪郭などが分かりづらいのがその理由だと思います。
すっかりと公園の雰囲気で涼を求めて木陰で刻を過ごしている人が多く見られましたので、地元の方にとっては憩いの場なのでしょう。
こういった場所とは縁遠いところに住んでいますので、かなり羨ましく感じたのが正直なところです。

城内の唯一の遺構がこの彦御蔵ですが、城外にあったものを移設したものですから正確には盛岡城の遺構ではありません。
場所的にも見落としがちなところにありますし、積極的なアピールはされていないようです。
なんだかもったいないような気もしますが、門や櫓に比べれば華やかさに欠けますので仕方がないのかもしれません。

盛岡からいわて銀河鉄道に揺られて数駅、次に向かったのは三戸です。
南部氏は複数の家に分かれて戦国時代末期に三戸南部氏が宗家の位置づけになったのですが、しかし三戸城がその本拠であり続けていたわけではないようです。
それでも南部信直は三戸城を本拠としていましたし、盛岡城に移った後も城代が置かれて重要な位置を占めていました。
ただし明治維新を待たずして廃城となり、当時の建造物は全て失われています。

三戸駅からの交通の便はかなり悪いです。
レンタサイクルもありませんしバスも1時間に1本もあればいいほうで、しかも電車との時間調整がされていないので下調べをせずに行けば途方に暮れることでしょう。
南部バスに乗ること10分ちょっとの距離ではあるのですが、もう少し何とかして欲しいのが旅人としての我が儘だったりします。

それなりに急な坂を登っていくと、綱御門にたどり着きます。
20年ほど前に復元をされたものですが、そもそも三戸城に来たのは初めてですのであまり関係はありません。
登城をする際の最初の門で、その脇には武者溜跡がありましたので城にとっては最初の防衛線の位置づけだったのでしょう。

再建をされた隅櫓は歴史資料館を兼ねており、南部氏の歴史を語るパネルや甲冑が展示をされています。
天守閣ではなく櫓ですからさほど大きな作りではないのですが、この旅の最初の建造物でしたので嬉しさのあまり階段を駆け上ってしまいました。
やはりコンクリート造りであっても城を見ると嬉しくなってきますし、これがあるから史跡巡りはやめられません。
景気が落ち込んでいるために地方自治体にその体力は残されていないでしょうが、できうる限り積極的にいろいろな建造物の再建を考えてもらいたいものです。

この隅櫓から少し下がったところに本丸跡があるという不思議な縄張りではあるのですが、そもそも隅櫓が模擬天守の扱いですから考えても仕方のないことなのかもしれません。
悲しかったのは売店が廃墟のようにうらぶれていたことで、もう何年も前に閉店になったかのような雰囲気を醸し出しています。
もっとも三戸城を目当てにくる人などはたかがしれていると思われますのでなかなか商売にはならないでしょうし、春先の花見のときにだけ開店をしているのかもしれず、そういう意味では海の家と同じと思えばいいのかなと、どうでもいい余計な心配をしたりもしていました。

困ったことに帰りのバスは1時間半ほど先にしかなかったため、カーナビを頼りにてくてくと駅に向かって歩き出しました。
3キロ弱ほどあったので1時間ぐらいかかったのですが、そこで予定外の発見があったのでラッキーだったりもします。
事前調査が甘かったと言ってしまえばそれまでですが、三戸城の搦め手門を移設したと言われている法泉寺の山門と、同じく表門を移設したと言われている竜川寺の山門がその路上にありましたので、ちょっとしたサプライズにかなり興奮をした自分がいます。
やたらとニコニコしながら眺め、写真を撮り、案内板を食い入るように見ていたからなのでしょうが、近くを通った人にかなり怪訝な表情をされてしまいました。


【2011年8月 北東北の旅】
がんばろう東北
がんばろう東北 旅情篇
がんばろう東北 旅程篇
がんばろう東北 史跡巡り篇 八戸の巻
がんばろう東北 史跡巡り篇 弘前の巻

がんばろう東北 史跡巡り篇 秋田、横手の巻

がんばろう東北 グルメ篇
がんばろう東北 おみやげ篇

 

コメント (9)    この記事についてブログを書く
« がんばろう東北 旅程篇 | トップ | 成瀬をロッテのエースにする... »

9 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ぷりな)
2011-09-04 15:50:51
ローカル線toローカル線の接続が悪い地域での旅行記ありがとうございます。1時間歩かれるとは、日頃の自転車で鍛えられてますね。

盛岡城と三戸城の石垣は、滋賀県の穴太積みばりの整然とした石積みですね。さすが南部宗家の居城です。桜の季節はコントラストが素晴らしそう。

奥羽越総(上総請西藩も共闘しています)列藩同盟と南部九戸党が好きなので、両城に加えて九戸城にも一度行ってみたいです。

マリーンズにも、
・人見勝太郎(列藩同盟と共闘した幕府遊撃隊長)のような、剛直さと柔軟さを兼ね備えており、相手の立場が上でも下でも叱咤激励ができる人材

・九戸政実(南部宗家と秀吉に喧嘩を売った男)のような、多勢に無勢なりに士気を高く保ち、相手を翻弄する多彩な工夫のできる人材
がほしいです。
連投稿すみません (ぷりな)
2011-09-04 16:34:22
調べてみたら、9月4日は九戸城が落城した日だそうです(新暦だと10月半ば)。城内の者の助命を条件に、九戸政実が降伏勧告に応じたものの、征討軍が城を騙し討ちに攻撃して落城したそうで、高橋克彦氏の小説中では、降伏を仲介した僧が三戸城の表門前で抗議の自害をするラストシーンがあります。これがその表門ですか…。ちょっと興奮したので連投してしまいました。
お返事 (オリオン)
2011-09-04 22:25:11
中国出張の際に世界遺産である泰山に登ったときもそうでしたが、意外にも壮健な足腰をしているようです(笑)
東北の城で石垣があれほど立派なのは珍しく、仰せのとおり南部氏の底力なのでしょう。
九戸城も建造物こそないものの国の史跡に指定をされて土塁や堀などが整備をされているとのことですので当初は行く予定だったのですが、期間短縮で泣く泣く外してしまいました。
二戸駅周辺でレンタサイクルを見つけられなかったというのもありましたが・・・
猛将として名高い九戸政実は天下の軍勢を相手に善戦はしましたが、やはり多勢に無勢でした。
武将としては優秀でも、政治家としては南部信直に負けたというところなのでしょうか。
Unknown (りんたろお)
2011-09-04 22:31:19
三戸城址が特に美しいですね。
ボクもオリオンさんの足元に及びませんがお城の姿みるの好きです。
東日本最大級の(ちょっと自信がありません)平城である山形城の石垣は山形県民の自慢です。
大手門ほか復元もされています。
まだお越しでない場合は、ご案内しますので、ぜひ山形にお越しください。ご案内させていただきます。
山形城以外にも関ヶ原の際、上杉氏と最上氏が争った長谷堂城も直江兼続のドラマ以来人気です。
お返事 (オリオン)
2011-09-05 22:49:36
山形城の石垣も美しいですね。
学生時代から何度か訪れていますが、その度に資料館ができたり門ができたりと、新しいものとの出会いが楽しみな山形です。
前回は冬に訪れてこちらでも記事にしましたので、目を通していただければ幸いです。
盛岡城の模型 (vivida)
2011-11-10 23:36:00
いつも楽しく拝読しております。
こちらのエントリーと全く関係ないのですが、この夏、盛岡城跡公園にいらしたとのことで、先日の地元紙に下記のような記事が出ておりました。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20111106_13

余計なことではございますが、まずはお知らせまで。
お返事 (オリオン)
2011-11-10 23:55:32
ペーパークラフトですか、ちょっとハードルが高いです(笑)
お城のプラモデルを作ったことがあるのですが、屋根瓦で挫折しました・・・
それでもこういったグッズが発売をされることは喜ばしいので、各方面にも倣って欲しいと思います。
そしてセットのクリアファイルが激しく気になります。
初コメです。 (ネルソン)
2014-10-08 17:48:34
こんばんは。そしてはじめまして。

さて私は幼少期の頃から大のお城好きです。

盛岡城といえば「会津若松城」「白河小峰城」と並んで、東北地方では珍しい総石垣の観点から「東北三名城」と謳われていた記憶があります。

一度訪れたいと思うのですが、私の居所が近畿地方でもあり、なかなか時間的・経済的に難しいです(苦笑)。

しかしそんな折、盛岡市の某文具店で盛岡城のペーパークラフトがあるのを知り、購入・制作しました。

尤も取り壊し前の盛岡城の古写真に垣間見える三重櫓(天守)の美しさに惹かれていたので、とても嬉しく制作したものでした。

先ほどの東北三名城の二城は復元されているのに、盛岡城だけが城跡(公園)なのは少し物淋しい気が致します。

天守復元案もあるそうですが、何かと諸問題があるそうですね。

私は「一お城好き」として盛岡城の天守復元を切望する一人です。100名城にも選ばれていますからね。

初コメにして長文、失礼しました。

でも盛岡城のペーパークラフト、とてもいい感じですよ。

ありがとうございました。
お返事 (オリオン)
2014-10-09 00:10:01
ペーパークラフトですか。
リンクが切れてしまっていますが、↑でご紹介をいただいたものと同じなのかしら。
検索をしてみると1000円以下でありますが、うーん、送料が・・・
しかも不器用ですし(汗)
あれだけの立派な石垣がありながらも建造物がほとんど無いのが寂しいので復元は大賛成なのですが、自治体としてはコストの問題もありなかなか手がつけられないのでしょう。
それこそ公共事業で無駄な道路とかを作るのであれば、こういった文化資産にお金を突っ込めばいいのに。