特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

無駄な抵抗

2022-06-29 07:56:02 | 腐乱死体
梅雨入りは遅く、梅雨明けは早く、まだ六月だというのに、連日の猛暑日。
慌てているのは人間ばかりではなく、蝉も土の中で慌てているのではないだろうか。
こう暑いと、当然、現場作業は、キツい!
仕事ばかりではなく、日常生活においても、水不足、電力不足、物価高、念のためのコロナ対策等々、なかなか楽には生きさせてもらえない。
それでも、まだ、ここは平和。
悲しいことに、平和とは程遠い状況にある地域は世界にたくさんある。
 
身近なところではウクライナ。
遠く離れた我が国でも、ニュースにならない日はない。
当初は、ロシアの圧倒的な戦力を前に、数日で終結すると思われていたよう。
しかし、現実は承知の通り。
無駄な抵抗と思われていたウクライナ軍の戦いは、四カ月が経っても続いている。
 
浅はかな考えかもしれないけど、私は、ウクライナの勝利を望んでいる。
クリミア半島を含めて、ウクライナの領土は回復・保全されるべきだと思っている。
しかし、仮に、ウクライナが勝利したとしても、その人的・物的損害は、あまりにも甚大。
ロシア側においても同様だが、取り返しのつかないことだらけ。
ロシア指導者の首くらいでは、何の贖いにもならない。
とにもかくにも、一刻も早く戦争が終わり、復興に向かってほしいもの。
 
とは言え、世界中で起こっている悲惨な出来事のうち、私の目や耳に入っているのは、ほんの一部。
ウクライナことを小事だとはまったく思わないけど、これは、人間がやらかす無数の惨事のうちの たった一つ。
目を覆いたくなるような、耳を疑いたくなるような悲しい出来事は、日本にも世界にも無数にあるはず。
「まったく、人間ってヤツは・・・」
そんなことを考えると憂鬱にならざるを得ず、「“時”を戻せないものか・・・」と思ってしまう。
 
そう・・・人間に“時”を戻す力はない。
しかし、人は、“時の流れ”に抵抗しながら生きているようにも見える。
わかりやすくいうと、「“老い衰え”に対する抵抗」。
三十路を過ぎた頃くらいから、人は、“若づくり”が大好きになってしまう。
男の偏見かもしれないけど、とりわけ、女性はそう。
歳を訊くのは失礼にあたり、当人も、年齢を言いたがらなくなる。
で、トレーニング、美容器具、整形、化粧品、健康食品、医薬品等々、色々なものを駆使。
根底には、「元気で長生きしたい」という願望もあるのだろうけど、まずは、“アンチエイジング”。
「歳には勝てない」とよく言うが、どうあがいても老い衰えには勝てないのに、直向きに抵抗し続ける。
そして、実年齢より若く見られたら、子供のように大喜び。
そのほとんどは、お世辞か社交辞令のはずなのに、それでも加齢に抵抗し続ける姿には、「お疲れ様です」と苦笑いしてしまう。
 
しかし、気持ちが沈んでいるとき、精神が疲れ切っているとき、先に希望が持てないとき、今の努力や忍耐が、すべて無駄なことのように思えてしまうことがある。
「無駄」と思うとやる気はでない。
「無駄」と思った瞬間に諦念にとらわれ心が折れる。
果ては、「“生きる”って、死に対する無駄な抵抗なのではないだろうか・・・」といった考えが頭を過るようになり、「どうせ死ぬんだから生きていても意味がないのでは?」といったところに行きついてしまう。
そうなると、その思考は、短絡的な方向ばかりに傾いてしまい、何もかもが虚しくなってしまう。
 
「生きる意味」って、生きていることそのものでありながら、同時に、人生のプロセス、生涯で起こる出来事に宿っている。
言い換えると、「“死”という結果、つまり、“死には降参せざるを得ない”ということだけに生きる意味が完結するわけではなく、“死に抵抗する”というプロセスにも充分な意味がある」ということ。
“生きる”ということは、“死”に対する無駄な抵抗ではない。
ただ、「楽して生きたい」という欲望のもと、楽に生きようとすることは無駄な抵抗なのかもしれない。
何故なら、人生なんて、もともと、楽に生きられるようなものではないから。
少なくとも、この私にとっては。
 
 
 
とあるマンションで腐乱死体が発生。
調査要請を受けた私は、管理会社の担当者と日時を調整。
当初、遺族は、「行きたくないから任せる」との意向だったが、気になることがあったのか、結局、「同行する」とのこと。
三者で調査日時を調整し、当日を待つこととなった。
 
調査の日。
一足はやく現地に着いた私は、とりあえず、人目につかない建物脇で待機。
ただ、時間もあったので、「先に部屋の位置を確認しとくか」と、目的の部屋の玄関へ。
すると、まだ玄関に着いてもいないうちから、にわかに例の異臭を感知。
風向きによっては、ハッキリと感じられ、
「結構、臭うな・・・」
「これで、よく苦情がこないもんだな・・・」
「これが何のニオイかわからないから何も言ってこないのか・・・」
等と、室内が凄惨なことになっていることを想像しながら、正体不明の悪臭を嗅がされている他住人のことを気の毒に思った。
 
建物前の道路は、住宅地の生活道路なので、車の通りも少なく、人や自転車もまばら。
それでも、時々は、道行く人があり、私は、ぼんやりと、そんな日常を眺めながら、これから入る“非日常”に向かって心を準備。
しかし、良くも悪くも、「慣れ」というものは神経を麻痺させる。
これから、重症が予想される腐乱死体現場に入らなければならないというのに、緊張感や不安感は一切なし。
どちらかというと、道を行き交う人達の日常をみて、平和を感じたくらい。
更に、「早く家に帰って一杯やりたいなぁ・・・」とか「肴は何にしようかなぁ・・・」等と、仕事に関係ないことを考えるような始末。
仕事を舐めているわけではないし、当人の死や遺族の悼みを軽んじているわけではないけど、凄惨な現場に拘束される身体から頭だけでも解放して遊ばせてやると、意外と、それが心を整えてくれることがあるのだ。
 
遺族である老年の男女二人と担当者は、約束の時間ピッタリに現れた。
聞くと、遺族二人は故人の両親。
勝手な固定観念で、故人は老齢、遺族は、その子息または兄弟姉妹だと思っていたので、私は、かけるべき言葉に窮した。
子に先立たれた親の悲しみは、はかり知れないものがあるはずだから。
一方、二人は、とにかく、気持ちが落ち着かない様子。
悪気がないのは重々わかっていたから不快ではなかったが、ぶっきらぼうな態度。
それだけ緊張し、それだけ動揺していることが、痛いほど伝わってきた。
 
急な知らせを受けた両親は、さぞや驚き、嘆き悲しんだことだろう
しかも、発見されたときは、かなり腐敗が進んだ状態で、遺体を厳粛に取り扱うこともできず。
警察署の霊安室で遺体を確認したのは父親だけ。
それも、顔の一部だけ。
警察から、「遺体を見るのは一部だけにした方がいい」と言われたそうで、「部屋も見ない方がいい」とも言われたよう。
その死を悼む余裕もなく、故人の身体は、慌ただしく荼毘に付されたのだった。
 
玄関前に立つと、漏洩した異臭が鼻を突いてきた。
部屋の鍵は、担当者の手にあった。
出しゃばったわけじゃないけど、開錠されたドアを引く役目は私。
そして、志願したわけじゃないけど、先に入るのも私の役目。
私は、ドアを開けて、「失礼しま~す」と、はるかに濃度を上げた異臭の中へ。
薄暗い室内へと歩を進めた。
 
間取りは1LDK。
故人が倒れていたのはリビング。
蛍光灯の白光に照らし出されたその床には赤黒い腐敗体液がベッタリ。
その面積は広く、また、赤と黒のコントラストと脂の光沢が鮮やかで、白っぽいフローリングが、それを更に強調。
眼にも精神にも、インパクトのある光景をつくり出していた。
 
担当者と両親は、玄関前で待機。
私は、目に焼き付いた光景を携えて、再び、三人の待つ玄関前へ。
そして、
「リビングの床が、かなり汚れてます・・・」
「ニオイも強くて、すぐに服や髪についてしまいます・・・」
と、私の身体が連れてきたニオイに目を丸くしながら、怯えるように聞く三人に、中の状態を説明。
その上で、
「中に入るかどうかは、ご自分で決めて下さい・・・」
「ただ、部屋に入ったら、汚染部分を踏まないよう気をつけて下さい」
と注意を促した。
 
担当者は、「写真だけ撮ってきて下さい」と、私にカメラを渡し、入室を辞退。
母親は、「お前は見ない方がいい」という夫(父親)の言うことをきいて辞退。
父親だけは、「どんな状態だろうと、息子の部屋ですから・・・」と入室を決意。
異臭対策のつもりだろう、不織布マスクを二枚重ねて装着。
不織布マスクを一枚つけただけで、平気な顔で入室した私を見て、「二枚重ねれば大丈夫だろう」と判断したのかも。
しかし、そんなの無駄な抵抗。
単に、私が慣れているだけのこと。
あと、重厚な専用マスクを着けるのが面倒だっただけのこと。
実際、著しい悪臭を前に、不織布マスクなんて何の役に立つはずもなかった。
 
使い捨てのグローブとシューズカバーは私が提供。
父親がそれらを着け終わるのを待って、私は、再び室内へ。
その後ろに着いて、父親も入室。
玄関前に比べて、一段も二段も濃度を上げた異臭に父親は怯み気味。
そして、リビングに入り、それを生み出した光景を目の当たりにすると、
「こんなことになってしまうのか・・・」
と、驚きの声を上げ硬直。
表情のほとんどはマスクで隠されていたが、父親が強いショックを受けたことは明らかだった。
 
遺体が腐敗すると、どのように変容していくのか、
また、その痕は、どのように汚れるのか、
遺体が搬出された後には、どのようなものが残るのか、
そんなこと、一般の人が知る由もないことだし、リアルに想像できないのは当然のこと。
以後の生活において、この光景や異臭がトラウマにもなりかねないから、事前に、相応のアドバイスをするのが親切だったのかも。
余計なお世話なようでも、「見ない方がいい」と言った警察のように。
父親は、自らに意思で部屋に入ったわけだから、私には何の責任もないのだが、それでも、私は、父親に悪いことをしてしまったかのような、罪悪感みたいなものを覚えた。
 
「あれを一人で掃除するわけですか・・・」
呆れたのか、感心してくれたのか、はたまた、気の毒に思われてしまったのか、父親は、複雑な面持ちでそう言った。
「いつものことですから・・・」
いつものことながら、頼れる誰かがいるわけでもないし、誰かを頼る気にもならない。
いつも、一人でやるのが当り前。
ひょっとしたら、投げやりな、ちょっとフテ腐れたような感じに受け取られたかもしれなかったが、私は、父親の問いに対して、とっさにそう答えた。
すると、何か思うところがあったのか、父親は、
「仕事とはいえ・・・本当にありがとうございます」
と、まだ何もやっていないのに、真摯な物腰で礼を言ってくれた。
 
 
現場で作業するにあたって「気持ち悪い」「クサい」「汚い」といった感覚は抱く。
しかし、「恐い」「心細い」といった感情は、まず湧いてこない。
故人に対して情を持つわけではなく、感情を移入するわけでもなく、もちろん、使命感が強いわけでもなく、強がっているわけでもない。
単純にそう。
凄まじいニオイも凄惨な光景も、とっくに慣れてしまっている。
自分がクサくなることも汚れることも、承知のうえ。
時々、「きれいになりますからね」と故人に話しかけて折れかかる自分を鼓舞したり、「どんな人生でしたか?」と故人に問いかけて凄惨さを中和したりすることはあるけど、返事があるわけでもないし、霊的な何かを感じているわけでもないから、ほとんどアブナイ奴の独り言。
他に生きていく術がないのだから、こんな仕事でも、丸腰で受け入れるしかない。
好き嫌い関係なく、これに抵抗はできない。
 
それでも、「楽して生きたい」という欲望と、「楽に生きたい」という願望は、いつまでも尽きない。
それどころか、日に日に生きにくくなっているせいか、次第に強くなっているような気がする。
私は、この“無駄な抵抗”を、いつまで続けるのか・・・
ひょっとして、一生続いてしまうのか・・・
どこかで、キッパリ絶つことができればいいのだが、私が私である以上、どうしようもない。
“私”という人間に 元来 備わっている、持って生まれた性質なのだから、どうにもできない。
 
それはそうだとしても、この“無駄な抵抗”に対して、新たな抵抗はできるかも。
楽に生きようとする自分に抵抗してみる・・・
ツラいだけで、何の得もないように思えるかもしれないけど・・・
ただ、それは、無駄な抵抗にはならないだろう。
生きているうちに決着がつかなくても、それは、きっと、生きるプロセスや生涯の出来事に自分なりの意味を持たせ、自分に示してくれるのだろうから。



お急ぎの方は0120-74-4949


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