特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

大海知らず

2017-04-06 13:30:18 | その他
桜花爛漫の候。
進学、卒業、就職、転職等々、環境や気分も新たに新生活をスタートさせた人も多いだろう。
新生活のスタートにあたっては、旧知の人との別れもあれば、新たな人との出会いもあっただろう。
いい出会いがあれば結構なことだけど、この人間社会では、そうでないことも少なくない。そこが悩ましいところ。

“人間関係”は、人の幸福感に大きな影響を及ぼし、人生を左右することもある。
人によって よい方向に導かれることもあれば、よくない方向に流されることもある。
人を好きになることもあれば、嫌いになることもある。
友人、知人、夫婦、親子、親族、上司、同僚、部下、取引先、近所・・・
パワハラ、セクハラ、いじめ、陰口、争い事・・・
歪んだ人間関係が、せっかく入った学校を去らせ、せっかく就いた仕事を辞めさせ、せっかく着いた住居を移させる事態に追い込むこともある。
逆に、良好な人間関係は、生活を楽しくさせ 人を幸せにする。
だから、人は、良好な人間関係を築くことに努め、良好な人間関係を保つことに努める。

しかし、正悪は別にして、世の中には自分とウマが合わない人・反りが合わない人がいる。
そして、イヤでもそんな人と関わらざるを得ないことがある。
プライベートだと距離を空けやすいけど、仕事の場合、そんなワガママは許されない。
関わる人を選ぶことはできず、気の合う相手とだけ付き合うなんて不可能。
不自然な作り笑いと、本音を隠した建前と、心にもない社交辞令を駆使して、ときにストレスでアップアップしながらも荒れる人波を泳いでいかなければならない。
それが、なかなか楽じゃないことなのである。



呼ばれて出向いたのは、都心の一等地、高層ビルの建設現場。
そこで労災事故が発生し、周辺を血液が汚染。
説明を聞くと、特掃をやるのは容易ではない状況のよう。
ただ、私は、その業界の人間ではないので、事前の電話だけは具体的な画を思い浮かべることができず。
電話口の人物の印象もよくないし、仕事になるのかならないのかよくわからない中で、私は少し躊躇したが、
「とりあえず、一度、見に来てよ!」
と強く求められ、それに圧されるように現地を訪問したのだった。

現場は、大手ゼネコンがJVで施工している高層オフィスビルの建築現場。
結構なセキュリティーが敷かれており、私は、事前に指示された手続きを経て、依頼者が待つ管理室へ。
そこには、電話で話した依頼者=担当責任者とその部下らしいスタッフがおり、私を迎えてくれた。
ただ、その態度に、私は、戸惑いを覚えた。
依頼を受けて、しかも無料で来たわけだから、それなりの礼をもって迎えられると思っていたのだが、それは大間違い。
ビジネスマナーに則って、私は、名乗りながら両手で名刺を差し出したのだが、責任者は面倒臭そうにポケットから名刺を出し、名も名乗らず片手で突き出してきた。
更に、足労を労う言葉も礼の言葉もなく、初対面にも関わらず、電話で話したとき以上のタメ口で一方的に事の経緯を説明。
そして、一通り話し終えると、
「じゃ、現地に行こうか! おたく、ヘルメットは!?」
と、突拍子もないことを言ってきた。

「え!?ヘルメット?」
「そう、ヘルメット・・・持ってきてないの!?」
「はぃ・・・」
「ダメじゃん!持ってこなきゃ!」
「・・・・・」
「当り前だろ!」
「・・・・・」
「しょうがねぇなぁ・・・」

法令で定められているのだろうか、こういった建築現場に入る際は、工事用のヘルメットを着用するのが当り前らしい。
そして、それは自前で用意するのがフツーらしい。
しかし、業界の人間ではない私は、そんなの知ったこっちゃない!
事前の案内があったならまだしも、それも聞いてない。
(聞いてたとしても、わざわざ用意なんてしないけど。)

責任者は、
“ヘルメットも持ってこないなんて常識のないヤツだな!”
と言わんばかりのムッとした表情で、“来客用”と書かれた自社のヘルメットを、ぶっきらぼうに私に投げよこした。
一方の私は、強い不快感を覚えつつ
“なんだ・・・来客用があるんじゃないかよ!”
と心中で文句を言い、そのヘルメットを受け取って黙って着用。
そして、
“たまにいるんだよな・・・こういう 井の中のアホ蛙 が”
と、これまた心中でボヤきながら、先を歩く責任者の後姿を鼻で笑った。

目的の現場は、ビルの何十階も上。
工事用エレベーターは使用が止められており、そこまで階段・徒歩で上がる必要があった。
外壁の代わりに足場が組み立てられ、その周囲はネットで覆われていたが、風もビュービュー吹いているし、上下左右 視界もスカスカ。
私は、責任者と部下の後をついて、手すりもない階段を一歩一歩上がった。

もともと、私は、“超”がつくほどの高所恐怖症。
螺旋状に上がる階段と外を隔てるのは一枚のネットだけ。
空も下界も丸見えの状態。
完全にビビッてしまい、足腰は、まる宙を浮いているかのように力が入らず。
私は、外の景色が視界に入らないよう視線を足元に向け、階段の最も内側を“はやく着かないかなぁ・・・”と弱音を吐きながら、ぎこちなく歩を進めた。

やっとのことで昇りきった先には、“立入禁止”のロープに囲まれた物体。
それは、仮設の工事用エレベーター。
操作を間違えたのか、乗り方が悪かったのか、はたまた機械が誤作動を起こしてしまったのか、作業員の一人が籠と枠の間に挟まれて負傷。
幸い、近くにいた別の作業員が素早くエレベーターを緊急停止させたおかげで、重傷を負ったものの命には別状なし。
そのままエレベーターが動いていたら、命を落としていたかもしれなかった。

ロープのくぐった先には多くの血痕。
しかも、横面だけに広がっているだけでなく、縦長にも拡散。
横面は普段の特殊清掃とそう変わりなく、“施工可能”と判断。
しかし、縦方向は、かなり高所での作業となり、しかも、鉄骨が幾重にも組まれた複雑な構造に血痕は飛散・付着。
特掃が困難を極めることは明らか。
私は、あちこちを見て回り、施工方法をあれこれと考えた。
が、いい案は頭に とんと浮かんでこず。
安全が確保できない作業を無理に引き受けて二次災害でも発生させたら元も子もない。
しかも、責任者の性質からみると、作業後にどんな難癖をつけられるかわからない。
結局、私は、“作業の安全を確保するのが困難”“すべての血痕をきれいに消す約束はできない”との結論を得て、“施工不能”と判断した。

私は、あえて苦悩の表情を浮かべながら、
「費用の問題ではない」
「作業の安全が確保できない」
「清掃の成果が保証できない」
「したがって、この作業は辞退させていただく」
旨を責任者に説明した。

しかし、責任者は、それをすんなりとは承諾せず。
「こっちは急いでんだよ!」
「血を拭くだけだよ!?」
「そんなに難しいことじゃないでしょ!?」
「安全帯をつければ平気だよ!」
等と強引なことを言ってきた。


すべてではないのだろうけど、私の経験したところだけで言うと、建設業界の現場って、元請会社があって下請会社があって孫請会社があって、更に、多くの“一人親方(個人事業の職人)”が集まって体を成している。
つまり、“仕事を出す側”と“仕事をもらう側”の人間がおり、“客と業者”が上位から下位に向かって相互につながったような組織となっているわけ。
したがって、縦関係は自ずとできあがる。
そのせいか、年上だろうが初対面だろうが、上位者が下位者にタメ口をきくのは当り前のよう。
私のような部外者でさえ下っぱ扱いされ、やたらと横柄な態度で接してくる。
それが、建設業界の慣習・文化なのかもしれないけど、部外者にとっては、不快以外の何物でもない。

そして、これは、あくまで想像だけど・・・
責任者に対しては、部下はもちろん、下請会社・孫請会社の作業員や職人達は、普段、ペコペコと頭を下げるのだろう。
歯向かうこともせず、逆らうこともせず、「ハイ!」以外の返事はせず、ほとんど言いなりに動くのだろう。
人に頭を下げられることに慣れ、自分に人が従うことが当り前で、謙虚さや人に諭されることの必要性を失った責任者は、相手の立場に立つ思いやりや、礼儀の感覚が麻痺してしまったのではないかと思った。


工期に悪影響がでることを怖れ、焦っていたのだろうけど、それにしても、責任者の態度はよくなかった。
顔を怒らせ、ぶっきらぼうな言い方で、
「ったく、呼んだ意味ないじゃないか!」
と、私に悪態をついた。
それでも、普段、取引のある下位業者なら辛抱せざるを得ないのだろう。
しかし、請負業者でない私は、この責任者に嫌われても痛くも痒くもない。
キレて言い返したってよかったはず。
ただ、感情のまま言い争っても何の徳もない。
後に苦味と恥を残すだけ。
そして、元来 気が弱く、争い事が嫌いな私。
“勝手なこといいやがって!”
“だったら、自分でやりゃいいだろ!”
そんな風に思いはしたけど、その言葉を飲み込み、
「ひょっとして、ケンカ売ってます!?」
と、口元だけに笑みを浮かべながら目を怒らせて、責任者の目をジーッと凝視。
そして、気マズそうに視線を泳がせはじめた責任者に借りていたヘルメットを返し その中にもらった名刺を放り込んで、憮然とその場を立ち去ったのだった。



私は、吹けば飛ぶような小さな業界で仕事をしている。
そして、極めて狭い世界で生活している。
付き合いのある人の数も少ない。
仕事の仲間や知人は何人かいるけど、“友達付き合い”している人はいない。
だから、才覚がないのは置いておいたとしても、人に偉そうにできる機会も相手もいない。
また、高い所には慣れていないから、頭も、自然と あまり高くならないようになっている。
そんな私でも、たまには人に褒められたり、煽(おだ)てられたりすることもあり、ちょっと高ぶってしまうことがある。

相手の多くは、ブログを通じて仕事を依頼してくる人。
ブログでそのように装っていることも否めないけど、“善人”“それなりの人格者”みたいに扱ってくれる。
すると、嬉しいような、気恥ずかしいような、照れ臭いような・・・そんな心持ちになる。
それだけならまだいいのだけど、調子に乗って高飛車にでてしまうことがある。
もちろん、横柄な態度にでたり偉そうにしたりするわけではないけど、くだらないことを自慢したり、目上の人に知った風なことを言ってしまったりするのだ。
聞いてる人に不快な思いをさせることを気にもせず。
結果、自分で自分の格を下げてしまい、後で自己嫌悪に陥るのである。

私は、大海を知らない井の中の蛙。
今更、大海に出られるわけもない。
仮に出られたとしても、今の泳力では溺れ沈むのがオチ。
だから、生きる世界は狭くてもいい。
多くの人と付き合えなくてもいい。
ただ、広い世界にいる多くの人を大切にすることはできなくても、この狭い世界にいる身近な人くらいは大切にしなければならないと思う。

その人の幸せのために・・・・・私自身の幸せのために。



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