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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇モンポウのピアノ作品集をアリシア・デ・ラローチャが弾く

2010-08-26 11:19:46 | 器楽曲(ピアノ)

フェデリコ・モンポウ:「内なる印象」(第1~9番)
            「前奏曲」(アリシア・デ・ラローチャに捧ぐ)
            「密やかな音楽」第4集
            「歌と踊り」(第1/2/3/14番)

ピアノ:アリシア・デ・ラローチャ

CD:ポリドール POCL2026

 クラシック音楽は、これまで多くの名曲を生み出してきたわけであるが、フランス音楽系で我々日本のリスナーにとって馴染み深い作曲者というと、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルなどを挙げる人が多いだろう。もうちょっと広げるとサティなどが挙がるかもしれない。これらの著名な作曲者と同等もしくは独自性ではさらに上を行くかもしいれない作曲者として忘れられないのがスペイン生まれでパリで学んだフェデリコ・モンポウ(1893年ー1987年)だ。知名度は高くないもののその独特の音楽性は、現代という時代感覚にピタリと符合するかのように私には思われる。先日、現代音楽の演奏を聴く機会があったが、私には何かモンポウの音楽に似ているように思えてならなかった。これからモンポウが再評価され、“モンポウの時代”がやって来ないとも限らないのである。

 モンポウは、バルセロナでピアノを学んだあとパリでさらにピアノを学び、この時にドビュッシーやサティに多くの影響を受けた。性格的に極端に内向的なところがあり、ピアニストを断念し作曲家としての道を歩むこととなる。第2次世界大戦のパリ占領を避け、バルセロナに戻り以後94歳で亡くなるまでカタルーニャで静かな作曲生活を送ったという。幸福な生涯を送った作曲家の一人といえるのかもしれない。モンポウはよく“ピアノの詩人”と言われる。一度モンポウのピアノ曲を聴けばこのことは肌で実感することができる。なんという静けさに溢れ返った音楽なのであろうか。シーンと静まり返った田園風景の中に、聴こえるか聴こえないか分らないような、微妙な音楽が自然に聴こえ出し、それがいつのまにか楽しい舞曲に変わり、そしてまた自然の中に吸い込まれるように音楽が消えていく。そんな感じの音楽がモンポウの音楽だ。同じく“ピアノの詩人”と謳われたショパンが「花束の陰に大砲を隠している」と評されたのとは大きく違う。モンポウは決して大げさな主張はしないし、大きな声も上げない。ただひたすら自分の心と対話しながら心の音楽を繰り広げる。

 このCDでは、このモンポウが作曲した3つのピアノ作品「内なる印象」(第1~9番)、「前奏曲」(アリシア・デ・ラローチャに捧ぐ)、「密やかな音楽」第4集、「歌と踊り」(第1/2/3/14番)が収められている。「内なる印象」は初期の作品で、第1曲を聴いただけでモンポウの詩的な世界へと引きずり込まれる。第3曲は何か懐かしい歌でも口ずさみたくなりそう。第5曲は一度聴いたら忘れないような美しさに満ち溢れた傑作。第8曲は心に染み渡るその透明度の高さが堪らない。「前奏曲」はスペインの名ピアニストのアリシア・デ・ラローチャに捧げた曲で、モンポウらしいとても静かでかわいく短い曲。「密やかな音楽」は、モンポウが66歳から74歳の間に書かれた曲だけに、曲自体に深みが込められ、初期の作品に比べて何倍もの奥行きを持っているのが聴きどころ。何か瞑想にふけっているモンポウの側で曲を聴いている錯覚に捉われる。「歌と踊り」は、モンポウが生涯にわたって書き綴ってきた民謡風な舞曲集だ。とても思索的な舞曲に仕上がっているのが印象的。

 このCDでは、モンポウと同じスペイン出身の名ピアニストのアリシア・デ・ラローチャ(1923年―2009年)がモンポウの作品を愛情をもって弾いている。ピアノタッチの一音一音が実に丸く、そして豊穣に響き、モンポウの音楽の世界を聴くには、他には代えられない存在といってもいいほど。作曲家とピアニストの幸福な出遭いとは、きっとこのことを言うのであろう。アリシア・デ・ラローチャは、決して大向こうを唸らせるような派手なピアニストではなかったが、録音に残された演奏はすべて高い演奏技術に裏付けられ、しかも、音自体に温かみが感じられ、聴くもの全てを納得させる真摯な演奏内容であった。私は、いかにもスペインのピアニストらしく、ピアノタッチが明るく輝きわたるラローチャを、今の今までずっと聴き続けてきたのである。そのラローチャも2009年9月25日、バルセロナで86年の生涯を閉じた。訃報を報じたニュースのバックには彼女が弾くモンポウの曲が流されていたという。(蔵 志津久)


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