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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽 NHK-FM[ベストオブクラシック]レビュー◇2021年「ジュネーブ国際音楽コンクール」チェロ部門優勝記念 上野通明 チェロ・リサイタル

2022-06-28 09:40:41 | NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー



<NHK-FM[ベストオブクラシック]レビュー>



~2021年「ジュネーブ国際音楽コンクール」チェロ部門優勝記念 上野通明 チェロ・リサイタル~



バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第2番 ニ長調 BWV1028
ヒンデミット:3つの小品 作品8から第2曲「幻想小曲」
ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第2番 ト短調 作品5第2
ドビュッシー:チェロ・ソナタ
プーランク:チェロ・ソナタ
フォーレ:夢のあとに(アンコール)

チェロ:上野通明

ピアノ:須関裕子

収録:2022年1月20日、紀尾井ホール

放送:2022年6月13日 午後7:30 ~ 午後9:10

 今夜のNHK-FM「ベストオブクラシック」レビューは、2021年「ジュネーブ国際音楽コンクール」チェロ部門優勝記念と題し、2022年1月20日、紀尾井ホールで行われた「上野通明 チェロ・リサイタル」の放送である。


 チェロの上野通明は、パラグアイ生まれ。5歳よりチェロを始め、幼少期をスペインで過ごす。桐朋学園大学ソリスト・ディプロマ・コース全額免除特待生。2009年、13歳で第6回「若い音楽家のためのチャイコフスキー国際音楽コンクール」において日本人初の優勝。2010年第6回「ルーマニア国際音楽コンクール」第1位(最年少)。2012年第10回「東京音楽コンクール」第2位。2014年第21回「ヨハネス・ブラームス国際コンクール」第1位。2015年秋よりデュッセルドルフ音楽大学に留学。2018年第11回「ルトスワフスキ国際チェロコンクール」第2位。2021年「ジュネーブ国際音楽コンクール」チェロ部門で優勝(この部門で日本人が優勝するのは初めて)。現在、ドイツ、ルーマニア、スロヴァキア等ヨーロッパ各地においても活発に演奏活動をしている。

 ピアノの須関裕子は、愛知県出身。桐朋女子高等学校音楽科2年在学中に、第2回「チェルニー=ステファンスカ国際ピアノコンクール」第1位、併せてステファンスカ賞、遠藤郁子賞受賞。第18回「園田高弘賞ピアノコンクール」第3位。第16回「宝塚ベガ音楽コンクール」第1位。ドイツで行われた第3回「国際室内楽アカデミー」グランプリ受賞。第1回「ベヒシュタイン室内楽コンクール」第2位。桐朋学園大学音楽学部を卒業、同研究科を首席修了。ソリストとしての活動のほか、アンサンブル奏者として国内外の多くの演奏家の信望も厚い。


 今夜最初の曲は、バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第2番 ニ長調 BWV1028。この曲は、ケーテン宮廷楽団のヴィオラ・ダ・ガンバの名手F.C.アーデルのために書かれた。二人の奏者によるトリオ・ソナタ形式による作品。ヴィオラ・ダ・ガンバは、「脚のヴィオラ」を意味し、16世紀から18世紀にヨーロッパで用いられた擦弦楽器。

 上野通明の演奏は、誠にもって優雅であり、伸び伸びとした豊かな音楽性を前面に掲げたものとなった。何か、いつもの厳ついバッハとは異なり、親しみの持てるバッハ像がそこにくっきりと浮かび上がる。泉からこんこんと湧きだす水の流れのように、限りなく自然の営みに近い響きが心地よい。


 今夜2番目の曲は、ヒンデミット:3つの小品 作品8から第2曲「幻想小曲」。パウル・ヒンデミット (1895年―1963年)は、ドイツ出身の作曲家、指揮者、ヴィオラ奏者。第一次世界大戦後、ロマン派からの脱却を目指し、新即物主義を推進。20世紀ドイツを代表する作曲家として同時代の音楽家に強い影響を与えた。

 上野通明の演奏は、メリハリの利いた、きちっとした構成美を明確に描き切って見事な仕上がりを見せた。ヒンデミット の曲は、ある意味捉えどころのない、変化の激しさが独特の美観を醸し出すのであるが、上野のチェロは、一音一音を正確に表現し、新古典主義の時代に生きたヒンデミットの音楽の再現にうまく成功したようだ。


 今夜3番目の曲は、ベートーヴェン:チェロソナタ第2番 ト短調 作品5第2。チェロソナタ第1番と同じく、ウィーンからプロイセンにかけて旅行中の1796年の半ばに作曲され、第1番の完成後、作曲に着手し、おそらく短期間で作曲されたと推測されている。第1番よりひときわすぐれた内容を備えており、叙情性が豊かで流麗な美しさが全曲に見られる。

 上野通明の演奏は、最初からベートーヴェン独特の確固とした音づくりに徹して、限りなく力強いチェロの響きが会場全体に響き渡るさまがよく聴いてとれた。この曲でベートーヴェンはチェロという楽器を、通奏低音の役割から解放して独奏楽器の可能性を新たに切り開くという革新的試みに挑戦したが、上野の演奏は、そんなベートーヴェンの執念が乗り移ったかのように緻密な音づくりが印象に残る。


 今夜4番目の曲は、ドビュッシー:チェロソナタ ニ短調。最晩年の作品であり、”さまざまな楽器のための6つのソナタ”の一部をなすものとして構想が練られた。しかし、完成することができたのは、「ヴァイオリン・ソナタ」と「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」、そして「チェロソナタ」の3曲だけであった。「チェロ・ソナタ」は1915年に作曲され、短いながらもチェロの幅広い演奏技巧が駆使された曲。

 上野通明の演奏は、ドビュッシーの曲であることをあまり強調することなく、曲全体をくっきりとリスナーの前に提示する。これによって上野はこのチェロソナタの全体像を明確に表現したかったようだ。この結果、この曲がドビュッシーの最晩年の作品であることを忘れてしまうほどの熱気の籠ったものに仕上がった。


 今夜最後の曲は、プーランク:チェロソナタ。この曲は、1948年に作曲され、4つの楽章から構成される。チェロ・パートの技術的観点で手助けしたフランスの名チェリスト、ピエール・フルニエに献呈された。初演は1949年、プーランクのピアノ、フルニエのチェロにより行われた。

 上野通明は、このプーランク:チェロソナタを、ことのほか大切にしているようで「演奏は難しいが、今後も自分のレパートリーに加えていきたい」と語る。上野通明の演奏は、プーランク特有の遊び心と瞑想とが突如入り混じる世界の表現を、あえて異様なものと捕らえず、ごく自然な営みとして演奏したいのだと私には聴こえた。プーランクの新たな側面を開拓する意欲に溢れた演奏となった。


 今夜の「上野通明 チェロ・リサイタル」は、須関裕子がピアノ伴奏を務めた。須関裕子のピアノ伴奏は、音色が輝かしく、演奏会場全体をうきうきさせるような生命力あるもの。上野通明と並び須関裕子の今後の活躍にも大いなる期待が持てよう。(蔵 志津久)
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