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◇クラシック音楽CDレビュー◇クリフォード・カーゾン&ウィーン・フィルハーモニー弦楽四重奏団のフランク/ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲

2021-04-13 09:43:24 | 室内楽曲



<クラシック音楽CDレビュー>



~クリフォード・カーゾン&ウィーン・フィルハーモニー弦楽四重奏団のフランク/ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲~


フランク:ピアノ五重奏曲
ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲 op.81

ピアノ:クリフォード・カーゾン

弦楽四重奏:ウィーン・フィルハーモニー四重奏団

        ウィリー・ボスコフスキー(第1ヴァイオリン)
        オットー・シュトラッサー(第2ヴァイオリン)
        ルドルフ・シュトレンク(ヴィオラ)
        エマヌエル・ブラベック(チェロ)
        ロベルト・シャイヴァイン(チェロ)

CD:ポリグラム(LONDON POCL-4251)

 今回のCDであるフランク:ピアノ五重奏曲とドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲 op.81は、2曲とも室内楽の名曲中の名曲であるのだが、この2つの曲は、凡庸な演奏で聴くと、これらの曲の真髄に触れることはなかなか難しい。これに対し、このCDは、音質はいささか古めかしいものの、演奏の質の高さにおいては他の追随を許さず、凄味すら感じられる。永遠の生命力を持つ名盤である。

 ピアノのクリフォード・カーゾン(1907年―1982年)はイギリス、ロンドン出身。本来の姓はシーゲンバーグ。「ペルシャの市場にて」などで知られる有名な作曲家のアルバート・ケテルビーの甥。13歳で王立音楽院に入学し、在学中の17歳の時に、「プロムス」(ロンドンで毎年に夏開催される、8週間に及ぶ一連のクラシック音楽コンサート)で、半世紀近くにわたって指揮者を務めたことで有名な指揮者ヘンリー・ウッドに見だされ、1923年に「プロムス」おいて公開デビューを果たした。その後、1928年から1930年までベルリンに留学して、アルトゥール・シュナーベルに、さらにパリに留学してワンダ・ランドフスカとナディア・ブーランジェに師事。そして、1939年のアメリカ・デビューで大成功を収めて以後、欧米各地おいて演奏活動に取り組んだ。1977年にはナイトに列せられた。彼は師のシュナーベル譲りにモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスなどドイツ・オーストリア系の作品を得意とし、その透明な音色と品格ある音楽性で多くの人を魅了した。 また、青年時代は近現代の音楽の擁護者としても知られていた。

 ウィーン・フィルハーモニー四重奏団の主宰者であるヴァイオリニスト・指揮者のウィリー・ボスコフスキー(1909年―1991年)は、オーストリア出身。そのヴァイオリン奏法は、完璧なウィーン流派で知られ、ウィーン・フィルのコンサートマスターを務めるかたわら指揮活動も行った。9歳でウィーン国立音楽アカデミーに入学、「フリッツ・クライスラー賞」を受賞。学生時代から各地でソロ活動を行う。卒業後ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団にソロで登場。1932年ウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団。1933年ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団入団。1948年ウィーン・フィルのクラリネット首席奏者であった弟のアルフレート・ボスコフスキーとウィーン八重奏団を設立し、ルツェルン音楽祭でデビュー。1949年ヴォルフガング・シュナイダーハン のあとを受けて、第1コンサートマスター就任。以降定年になる1970年までウィーン・フィルのコンサートマスターの重責を務めた。また、1955年から1979年までの間、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの指揮者も務め、ヨハン・シュトラウス2世とその同時代の音楽を主に演奏、今日のニューイヤーコンサートの基礎を築いた。さらに1961年には腕の故障で退団を余儀なくされたワルター・バリリに代わってバリリ弦楽四重奏団を引継ぎ、ウィーン・フィルハーモニー弦楽四重奏団(当時、現地ではボスコフスキー弦楽四重奏団と呼ばれていたという)と改名し、弦楽四重奏団のリーダーとしての活動も始めた。

 フランク:ピアノ五重奏曲 ヘ短調は、フランクが1878年から1879年にかけて作曲した室内楽曲。フランクは、ピアニストとしてそのキャリアをスタートさせた。作曲活動の初期には、ピアノ三重奏曲集など室内楽曲も手掛けていたが、サント・クロチルド聖堂のオルガニストに就任してからは、室内楽曲から遠ざかっていた。その後、旺盛な作曲意欲を見せる後期に入るが、ここで30年以上の空白期間を経て再び室内楽の分野に舞い戻り、有名な「ヴァイオリンソナタ」や「弦楽四重奏曲」などの傑作を生み出した。そうした一連の室内楽曲創作の口火を切ることになったのが、ピアノ五重奏曲。このピアノ五重奏曲において特徴づけられるのが、循環形式の使用であり、冒頭に提示されるモチーフによって全曲の有機的統一が図られている。このCDの演奏は、出だしは、ゆっくりとしたテンポで進むが、そのことがこの曲の奥深い内容をひと際印象付ける。曲が進行するに従い、クリフォード・カーゾンのピアノ演奏とウィーン・フィルハーモニー四重奏団は、深く深く曲の内面にリスナーを引きずり込んでいく。激しく鍵盤を打ち付けるカーゾンをウィーン・フィルハーモニー四重奏団が懐深く受け止める。逆にウィーン・フィルハーモニー四重奏団の弦がうなりを伴って弾き進めると、カーゾンのピアノが一段と高い位置からそれを受け止める。このやり取りの絶妙さが、この録音が他の録音を寄せ付けないそもそもの源泉となっていることは疑いがない。この録音によって、フランクがこの曲に込めた熱き思いを、はじめてはっきりと聴き取ることが出来た。
 
 ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲 イ長調 op.81は、ドヴォルザークが作曲した2番目のピアノ五重奏曲。1887年の8月から同年の10月にかけて作曲され、翌1888年の1月にプラハで初演された。一方、1872年(31歳)に作曲された、3楽章からなる第1番イ長調 op.5は、演奏の機会が少ないことから、一般にはドヴォルザークのピアノ五重奏曲と言えばこの曲を指すことが多い(ピアノ五重奏曲第2番と表記されることもある)。ピアノ五重奏曲としてはシューベルト、シューマン、ブラームス、ショスタコーヴィチの作品に並ぶ傑作とされ、ドイツ仕込みの構成と、ボヘミアの民族色を盛り込んだ意欲作として高く評価されている。曲は、全部で4つの楽章からなる。このドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲 イ長調 op.81は、聴きやすく、誰にも愛される名曲なのであるが、凡庸な演奏で聴くと、何か面白みがなく、平凡な印象すら持つこともあるほど。ところが、名手たちの手によると、曲が一挙に生き生きと輝き始める。このCDの演奏は、その代表的な録音だ。表面的な華やかさに溺れることなく、ぐいぐいと曲の内面に食い込む。カーゾンとウィーン・フィルハーモニー四重奏団が一体化し、安定したテンポを維持し、同時に十分に起伏も持った演奏を聴かせてくれる。ボスコフスキーがロマンの香りを馥郁とさせたヴァイオリンの演奏を朗々と響かせると、カーゾンも負けじと幾分切なさを含んだロマンあふれるピアノ演奏で応える。これは正に、クラシック音楽の醍醐味を思う存分満喫できる名録音と言えよう。(蔵 志津久)
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