酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「土の中の子供」&「最後の命」~エンタメに至る中村文則のマイルストーン

2011-11-04 15:41:07 | 読書
 今日は夕方からの作業なので、本稿を都内のネットカフェで更新している。前稿冒頭でパソコン入院など俺を襲った凶事の数々を記したが、ここ数日、自己責任による失態が相次いだ。買ったばかりのキムチを瓶ごと部屋にぶちまけたり、陸橋の下りで足を踏み外して転んだり、ネットカフェでドリンクをこぼしたり、コンビニで小銭をばらまいたり、ゴミ捨ての途中に袋が引っ掛かって大家さんの鉢植えを台無しにしたり……。

 悪い連鎖と自分を慰めつつ、不安が頭をよぎってくる。これらはアクシデントではなく、常態ではなかろうかと……。俺は先月、55歳になった。残された時間は確実に、老いとボケとの闘いの日々になる。冷酷な政府が引き上げを画策する年金給付年齢まで、意地でも生きていたい。

 今回は帰省中に読んだ中村文則について記したい。ドストエフスキーの新訳で知られる亀山郁夫東外大学長の書評に仕事として触れたことが、中村を知るきっかけになった。亀山氏は「掏摸」と「悪と仮面のルール」を取り上げ、<ドストエフスキーが追究したテーマを21世紀の日本に甦らせた>(論旨)と絶賛していた。ドストエフスキーの主立った作品を未読、再読を含め読了したばかりだったので、大いに興味をそそられた。当ブログでも両作の感想を記しているが、今回紹介する「土の中の子供」(新潮文庫)と「最後の命」(集英社文庫)はエンターテインメントに至るマイルストーンと位置づけるべき作品だ。なお、最新作「王国」については年内に記す予定でいる。

 今回は両作について併せて記しつつ、<中村ワールド>の本質に迫りたい。中村の作品の登場人物には共通点がある。成人までに経験した夥しい苦痛は、トラウマで括れるほど生易しいものではなく、死への情動に衝き動かされている。観念的に論じる部分もあり、痛くて重く、行間から喘ぎが聞こえてくるような作品だ。「最後の命」で繰り返し言及されているが、サルトルもまたドストエフスキーと並ぶ創作の糧になっているようだ。<自殺を否定した哲学者>という記述が、主人公たちの枷になっているようにも思える。

 主人公(私)が不良たちに無理な喧嘩を売って血まみれになる場面で、「土の中の子供」はスタートする。苦痛を友に生きる私には、高い所から缶や石を落とすという奇妙な性癖があるが、私が落下する物体に重ねているのは自分自身だ。この性癖は幼少時の経験と分かち難く結びついている。私の記憶の底には、自分を突き落とそうとした誰かがおぼろげにインプットされている。そして、突き落とされた先にある土の中に私を生き埋めにしたのは養父母だった。「土の中の子供」のラストに、「カラマーゾフの兄弟」を想起させる父子の相克が浮き上がってくる。

 友人の冴木と主人公(私)を対比させて描いた「最後の命」は、「土の中の子供」にエンタメ度を加味た作品といる。冴木と私は少年時代、女性ホームレスが集団で暴行される場面を目の当たりにし、数年後に主犯の男を<結果的殺人>に至らしめた。<罪―悪―罰>を問う出来事を共有した二人は、20代後半になって再会する。

 二つの事件と再婚した父と義母への不信感から自らの嗜好に気付いた冴木は悪に錨を下ろし、私は拠りどころを探してあてどなく彷徨う。冴木は自らを悪の化身と規定して罪を重ね、罪の意識におののく私は、鬱と自律神経失調症を患っている。読み進むにつれ、対照的に映る冴木と私が、二つの可能性を内在する〝双子〟であることが明らかになっていく。

 心の闇と深奥な世界を描く中村ワールドだが、ラストに一条の光が射し、主人公は再生への道を歩む可能性が示唆されている。すでに多くの論考が存在する中村作品だが、肝のひとつになっているのは、触れられるケースが少ない男女関係ではないか。

 「土の中の子供」のヒロイン白湯子と「最後の命」に登場するデリヘル嬢エリコは、心身に傷を持つ〝ファッキンクレイジー〟な女だ。「最後の命」の香里とは、私が精神を病んでいた時に療養先で知り合った。読者の想像に任せているが、冴木は香里の罪を肩代わりしたかもしれない。中村がこの2作で描いた壊れているけど無垢な女性たちに、俺は魅力を覚えた。中村と俺とは月とスッポンだが、<ピュアーで型にはまった恋なんて存在しない。孤独と絶望にもがいて伸ばした手の先に恋がある>という恋愛観は共有していると思う。

 「土の中の子供」は<もう少し生活が落ち着いたら、白湯子と小さな旅行をすることになっている。だがその前に、何かの決断も、要求することもできなかった。彼女の子供の墓参りをしようと思った>で締められる。「最後の命」のラストで私は、転院が決まった香里に「俺も一緒に、狂おうかと思うんだ。……一人で狂うのは、嫌だろう?」と語りかける。「罪と罰」と重なる購い、希望、カタルシスに胸を打たれた。




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