酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「嵐電」~シュールなメルヘンに憑かれる日々

2019-06-12 20:39:01 | 映画、ドラマ
 遺書代わり、備忘録としてブログを綴ることが生活の基調になっている。何より怠け防止の効果が大きい。間近に迫ったPOGドラフトに向けて泥縄を縫っている今、〝しばらく休業〟を告知してもよかったが、独り善がりの駄文に付き合ってくださる方への感謝を込めて、通常通り更新する。

 今回紹介するのは映画「嵐電」(2019年、鈴木卓爾監督)だ。嵐電とは京福電鉄嵐山本線と北野線の総称である。もう45年も前になるが、高校2年の時、京都市内から亀岡に実家が引っ越したので、通学で嵐電を使ったことがあった。短期間だったが、車内から見た光景がセピア色の記憶に残っている。

 帰属意識に乏しい俺は愛校心と無縁で、同窓会の類いに参加したことは一度もない。社会的不適応者の俺を雇ってくれた会社には感謝しているが、澱が溜まって15年前に辞めた。皆さんがご存じの通り、俺は安倍政権支持者から〝反日〟かつ〝非国民〟に分類されているだろう。

 拗ね者の俺だが愛郷心だけはあり、高校スポーツでは競技を問わず京都代表を応援する。そんな俺がタイトルに惹かれ、テアトル新宿に足を運んだのは当然の成り行きだった。体はドラフトに向けた突貫工事で疲れているが、心は「嵐電」に憑かれてしまった。

 俺は妄想家だから、夢や幻想が現実と混濁する。睡眠不足は〝症状〟を悪化させ、本作の見え方が周りと違った。観賞した知人に感想を尋ねたら、「不覚にも寝てしまった」とバツが悪そうに答えていた。俺はといえば。「夢の中で夢を見るように『嵐電』を見た」……。俺は今、異界に入り口に佇んでいる。

 本作の謳い文句は<交錯する三つの愛>……。語り部を担うライターの平岡衛星(井浦新)が鎌倉からやってきた。その目に京都の街並みが映った瞬間、ノスタルジーの袋が破れ、全身に染み渡る。衛星が嵐電線路脇に部屋を借りたのは、妻斗麻子(安部聡子)と京都で過ごした時間を辿るためでもあった。鎌倉を走る江ノ電から提供された車両が嵐電で走っている。

 二つ目のカップルは、修学旅行生の南天(窪瀬環)と地元高校生の子午線(石田健太)だ。8㍉カメラで嵐電を撮影する子午線に恋した南天は、家出同然で京都に居残る。台詞で触れらなかったが、宿命的な幼い恋は名前に導かれている。南点とは天頂から見て、子午線と地平と交わる南の交点だ。南天は青森の高校生で、青森といえば寺山修司……。虚実のあわいを行き来する寺山的色彩を帯びていく。

 三つ目のカップルは、カフェで働く嘉子(大西礼芳)と俳優の譜雨(金井浩人)だ。嘉子は太秦撮影所にランチを配達した際、スタッフに誘われ映画に出演する。その作品が「カメラを止めるな!」風のホラーというのも洒落が効いていた。嘉子は東京人の譜雨に京都弁を指導しながら、嵐電沿線でデートをする。劇中劇の台詞のような二人の会話はラストの撮影シーンに連なり、現実とフィクションの壁が曖昧になる。

 ヒロインを演じる大西を発見したつもりでいたが勘違いで、別稿で紹介した「菊とギロチン」にも出演していた。嘉子はタイムスリップしたかのような女性で、古風かつ不器用だ。前の恋人と別れたことが傷になり、自分の殻にこもっているが、秘められた情念が譜雨との出会いで皮膚を食い破っていく。

 寺山色に加え、本作に彩りを添えるのが宮沢賢治だ。終電後の〝妖怪電車〟に「銀河鉄道の夜」を連想した。どこにも行けるはずの電車に乗ったら、大切な人との距離が遠くなることを知っていた衛星は、身を挺して、南天と子午線が乗り込むのを止める。嘉子と譜雨は乗ってしまった。譜雨が約束を破って東京に去っていったことを知り、嘉子は悄然とする。

 怪奇譚の趣が次第に濃くなっていく。嘉子が帷子ノ辻駅地下で幽体離脱し、息絶えた自身に帷子を掛けられるのを見るハイライトシーンで、あがた森魚の「カタビラ辻に異星人を待つ」が流れる。帷子辻は故事に基づき、地名と駅名の由来になった。皇后「橘嘉智子」と嘉子は、1000年以上の時を超えて「嘉」で繋がっていた。

 ラストで映写される8㍉フィルムも謎めいていた。嘉子の父が生前撮った嵐電の映像に、衛星と斗麻子、譜雨と嘉子の姿もある。ブラックホールのような空間に閉じ込められたと思いきや、衛星たちが現実に戻ったと思わせる場面もある。再度観賞する機会があれば、ちりばめられたピースを組み立て、俺なりの「嵐電」を走らせてみたい。


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