酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「黒い司法」~高邁な意志が正義を導く

2020-04-04 18:53:38 | 映画、ドラマ
 「デモクラシーNOW!」のHPに、<新型コロナの一番の被害者は人種差別と貧困に喘ぐコミュニティー>と告発する医師の声が掲載されていた。トランプ大統領のコロナ救済措置(235兆円)は最も支援を必要とする層に行き渡らない<企業のための、企業によるクーデター>……。識者たちはこう批判していた。

 新宿ピカデリーで「黒い司法 0%からの奇跡」(2019年、デスティン・ダニエル・クレットン監督)を観賞した。スクリーン1のキャパは600人弱。封切り1カ月後とはいえ、客席は俺を含めて3人。通常の映画の日(1日)ではあり得ない〝奇跡〟を目の当たりにした。東京でもコロナ禍は深刻さを増している。

 個人的に本作は年間ベスト5候補だ。1980年代後半にアラバマ州で起きた事件をベースにした重厚なヒューマンドラマで、主要キャストは実在の人物だ。ハーバード出身の黒人弁護士ブライアン・スティーブンソン(マイケル・B・ジョーダン)はエリートの道を選ばず人権保護に取り組んでいる。白人少女殺しの罪で投獄された黒人労働者の弁護人になる。

 主役のジョーダンを支えるのはオスカー俳優たちだ。死刑囚ウォルター・マクミリアンを演じるジェイミー・フォックスと、助手として真相究明に奔走するエバ役のブリー・ラーソンだ。ストーリーの紹介は最小限にとどめ、四つのポイントに絞って記したい。まずは<黒人差別>から。

 俺はオバマ前大統領を〝史上最悪の武器商人〟と厳しく評してきた。別稿(3月19日)に紹介した「わたしは分断を許さない」で堀監督は、オバマの決断でイスラエル国防軍に追加援助された300億㌦がガザ虐殺に用いられたことを、抗議デモ参加者の視点で描いている。

 裏の顔はともかく、ノーベル平和賞を受賞したオバマは黒人たちに神格化されている。副大統領を務めたバイデンはアラバマ州の民主党予備選で60%超の票を得た。本作にも凄まじい差別の実態が描かれていた。弁護士のブライアンでさえ、警察や刑務所で屈辱的な扱いを受ける。〝犯人は黒人であれば誰でもいい〟という捜査方針の下、白人だけの陪審員によってウォルターは死刑を宣告される。

 次なるポイントは<死刑と冤罪>だ。ブライアンはウォルターと同じ刑務所の死刑囚棟に収監されているハーブ(ロブ・モーガン)の弁護にも携わっている。ベトナム戦争時の経験でPTSDを発症したハーブは想定外の事件を引き起こした。死刑反対論者のブライアンは再審を求めたが叶わなかった。それでもブライアンは執行までハーブに寄り添う。

 黒人コミュニティーではウォルターのように見込み捜査で有罪になり、死刑判決を受けるケースが少なくない。実在のブライアンはその後も冤罪裁判と死刑問題に取り組み、白人のエバもEJS(イコール・ジャスティス・イニシアティブ)の運営に関わっている。

 三つ目は<正義>だ。何が正義で、何が善かは、無意識下でコントロールされていると見えづらくなってくる。アラバマの多くの白人は〝黒人は存在自体が悪〟という集団意識に毒され、疑いを持たない。ブライアンは個としての突破力で風穴をあける。

 本作にはブライアンの含蓄ある台詞がちりばめられている。心に響いたのは<貧困の反対語は裕福ではなく正義>だ。前稿で紹介したマルクス・ガブリエルは、SNSと距離を置いて〝哲学〟することが自由、善、正義といった普遍的価値に近づく道と説く。前提は個に立脚することだ。本作のハイライトは、マクシミリアンが正義に向き合い、法廷で改心を表白するシーンだ。屈折した内面を巧みに表現したC・J・ブラウンの演技に瞠目した。

 最後は<司法の意味>だ。真っ黒なのはアラバマだけではない。現在の日本にも目を覆いたくなる。供託金違憲訴訟裁判傍聴のため何度も東京地裁に足を運んだ。国会が貴族院になり、<99%>の声が届かなくなった最大の理由はOECD加盟35カ国ではあり得ない莫大な供託金(選挙区で300万円)だが、政権に忖度した司法は〝国際標準〟を無視した判決で、日本が先進国になる道を閉ざした。

 河村夫妻にはメスを入れた検察だが、森友、加計、桜、レイプ記者には寛容で、人事介入も受け入れている。残念ながら、〝司法は時代、国を問わず黒い〟。絶望的な状況を打破するために闘った、いや、今も闘っているブライアンとエバの高邁な意志に敬意を表したい。
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