酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「どこに出しても恥かしい人」~友川カズキの磁力に引き寄せられて

2020-02-15 10:15:52 | 映画、ドラマ
 昨年末、ザ・フーの新作「フー」をタワーレコードに買いにいったら、国内盤が売り切れだった。あるライターの「〝死に水を取る〟つもりで買ったら、素晴らしかった」の評が的を射ていたことを先日購入して実感する。ピート・タウンゼントは74歳、ロジャー・ダルトリーは75歳……。ロックは瞬間最大風速、微分係数が常なのに、結成55年を経ても褪せない底力に驚かされた。

 初期衝動と成熟したソングライティングが隅々に行き渡ったアルバムで、ラストの「サンド」(デモ)など「キッズ・アー・オールライト」のサントラに入っていても違和感はない。幾つもの死を乗り越えたピートとロジャーにとって、バンド名を冠した本作は〝レクイエム〟なのだろう。

 ピートとロジャーより5歳年下の友川カズキを追ったドキュメンタリー「どこへ出しても恥かしい人」(2019年、佐々木育野監督)をケイズシネマで見た。撮影されたのは2010年夏だから、公開まで10年のタイムラグがある。俺を言い当てたようなタイトルが気に入った。

 友川初ライブは15年12月、オルタナミーティングの枠組みだった。阿佐ヶ谷ロフトで12月に開催されるイベントは、俺にとって今や師走の風物詩である。友川は原発再稼働に異議を唱え、安倍政権をぶった斬っているが、本作では政治に言及していない。競輪にのめり込む日常を追っている。

 大穴狙いで大抵負けるが、100万円以上をゲットする姿を捉えている。友川が暮らすアパートは、前々稿で記した鈴木邦男の「みやま荘」と佇まいが似ている。電気や水道を止められることもあるらしい。下流の還暦おじさん(撮影当時60歳)風だが、もちろん友川は鋭い牙を秘めている。

 大島渚や中上健次は友川の個展に足を運び、絶賛している。羽仁五郎や大岡昇平も友川に魅せられていた。阿佐ヶ谷ロフトの客席にも森達也や童話作家、画家、詩人の姿があった。大島は「戦場のメリークリスマス」の主演に友川を据えるつもりだったが、秋田訛りで断念したのは有名なエピソードだ。友川はざっくばらんに大島と酌み交わしていたという。

 友川の磁力は人を選ぶが、俺のような凡人さえ引き寄せられた。友川を基点とした広大な磁場の端っこに俺も棲息している。本作の冒頭、車中で友川とセッションしていたひとりは石塚俊明(頭脳警察のトシ)だ。友川は若い頃、頭脳警察の追っかけだった。

 スターリンのパフォーマンスに圧倒された友川は、亡きミチロウとは相互に楽曲を提供する友人だった。友川はミチロウ作の「思惑の奴隷」を「光るクレヨン」に、ミチロウは友川作の「ワルツ」を「FUKUSHIMA」に収録している。トシは両者と、PANTAはミチロウと頻繁に共演しており、<友川-頭脳警察-ミチロウ>は俺の中で同心円の表現者だ。

 友川はたこ八郎と親友だった。たこといえば40年前、ビートたけしを筆頭に錚々たる芸人が顔を揃えた正月番組の記憶が鮮明に刻まれている。たこは旧ソ連のアンドロポフ書記長を揶揄したギャグをかましたが、出演者はきょとんとして無反応だった。思い出を語る友川に、「たこは凄い」と絶賛していた知人の顔が甦った。

 本作には友川のアナザーサイド、即ち家族が描かれている。息子たちが登場し、友川と競輪に興じる場面も印象的だった。息子たちと一緒に暮らしていないが、友川は父として、いや友として息子たちと触れ合っている。その距離感が不思議でもあり羨ましかった。

 酒と競輪に酔う友川に重なるのが、銃弾が飛び交うベトナムの戦場に何度も赴いた開高健だ。学生の頃、開高の小説を読むたび、部屋を出て夜の街を歩いた。言葉の爆弾に火照った心と体を冷ますためである。鋭敏な開高、そして友川は、他者の心を透明なナイフで抉ってしまう。不可視を見抜くことの恐怖が、友川を酒と競輪に誘い、麻痺することで正気を保っているのではないか。

 5年前、初ライブに備えてベストアルバムで予習し、その後は2010年以降の作品「青いアイスピック」、「復讐バーボン」、「光るクレヨン」を聴き込んだ。いずれ劣らぬ傑作で、友川は還暦を過ぎても表現への熱量を保っている。まさに、老いの理想形だ。年末のライブが今から楽しみだ。
コメント (1)
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