酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「世界侵略のススメ」~マイケル・ムーアに勇気づけられる

2016-06-08 23:55:24 | 映画、ドラマ
 まずは「アリ枕PART2」から……。アリ、フレージャー、フォアマンが3強を形成した1970年代前半は、ヘビー級の黄金期だった。当時を思い出すと、ノスタルジックな気分になる。亡き父、そして今はケアハウスで暮らす母とテレビ観戦した記憶が甦るからである。

 高1の冬、フレージャーがフォアマンに6度マットに這わされ、王座から転落する。父は「こんな強い奴は見たことない」と、攻防のバランスが取れたフォアマンに驚嘆していた。高3の秋には、母と「キンシャサの奇跡」を観戦した。アリの個性を嫌っていた母だが、あまりに一方的な展開に同情していた。一転した結末に、母は絶句していた。 

 先週末、荻窪で参院選東京地方区に立候補する佐藤かおりさん(女性と人権全国ネットワーク共同代表)の街宣に参加した。各党エース級に加え、田中康夫氏もおおさか維新から出馬する。厳しい闘いになるが、セクハラ裁判で労災認定基準の改善に風穴をあけ、女性のための労組を立ち上げた佐藤さんこそ、今の日本に必要な人間だと確信している。

 アメリカを牛耳る1%の意を受けたAP通信とNBCが選挙戦のさなか、特別代議員を個別に取材し、<クリントンで決まり>の流れをつくった。1%にとってトランプは与しやすいが、構造を根底から覆しかねないサンダースは極めて危険な存在だ。主要メディアもその主張を取り上げることは少なかった。

 サンダースの同伴者といっていいマイケル・ムーアの新作「世界侵略のススメ」(15年)を先日、日比谷で見た。鋭い刃を毒とユーモアでくるんでいるのはお約束といえる。タイトルは仰々しいが、<侵略>の目的は、各国の優れた制度と発想を持ち帰り、<改革>のきっかけにすることだ。現在の日本に違和感を抱き変革を志す方には、示唆に富んだ作品である。

 ムーアが最初に訪ねたのはイタリアだった。膨大な日数の有給休暇を享受する労働者に、生きること、働くことのバランスを考えさせられる。労使協調という意味では、週36時間労働が厳守されているドイツも同様だ。上司は休暇中の部下に連絡することを禁じられ、経営への労働者参画が制度化されている。〝バラ色過ぎる隣の芝生〟というべきだが、発想の根底にあるのは水平思考だ。お互いの尊厳を守り、共生することが人生の最大の価値とする考えが根付いている。

 ムーアはフランス、フィンランド、スロベニアの教育現場で衝撃を受けた。フランスの小学校で、ムーアは子供たちと一緒に給食を食べる。アメリカでは学校にもファストフードが進出しているが、フランスでは健康に留意した料理がリーズナブルに供される。給食の時間はマナーと文化を学び、多民族が交流する場になっている。

 世界最高の教育レベルを誇るフィンランドでは授業時間が極めて短く、個々の創造性と想像力を伸ばすべく工夫されている。人間性を涵養する課外活動も奨励されていた。学費が無料のスロベニアの大学で、ムーアはアメリカからの留学生を取材していた。日本でも卒業後の負担が大きい奨学金がクローズアップされているが、若者の貧困こそ戦争する国(徴兵制)への前提と指摘する声もある。舛添都知事を筆頭に、日本では学歴と教養の乖離が夥しい。フィンランドに学ぶべき点は多々ある。

 ムーアはポルトガルとノルウェーで、罪と罰の在り方を見据える。ポルトガルではあらゆる薬物が合法だから、清原も無罪ということになる。その結果、薬物使用は急激に減った。ノルウェーの凶悪犯専用刑務所では、人権尊重が徹底されていた。アメリカでの看守の凄まじい暴力がカットバックされ、その国の民主度を測る最適の物差しが監獄であることを端的に示していた。ちなみに両国では、犯罪者にも投票権がある。ポルトガルの警官3人が別れ際、ムーアを待ち受けて、「死刑廃止が民主主義の条件」と話しかけた。戦争法案に反対している人たちの何割が死刑廃止論者だろうかと、ふと考えた。

 チュニジアの女性進出、アイスランドの男女平等も重要な問い掛けだった。アイスランドでは経済破綻に導いた責任者を追放処分に科す。再建に貢献した女性たちは「男性的な投機的発想が国を滅ぼす」と話していた。自由と民主主義にとって女性が果たす可能性の大きさを実感した。

 ムーアの最高のお土産は<自身の罪を見据え、二度と過ちを犯さない>と繰り返し誓うドイツの姿勢だった。俺は本作を見て、「日本はどうにもならないか」と暗澹たる気分になったが、ラストで希望を抱いた。ムーアは友人とともにベルリンの壁を訪ね、「絶対に倒れないはずだったのに、みんなの力であっけなく壊せた」と述懐する。意志あるところに道は開けると勇気付けられた。
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