酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

正常性バイアスに縛られて~状況から目を逸らす日本人

2011-08-14 03:37:23 | 社会、政治
 お盆は死者に思いを馳せる時季だ。俺ぐらいの年(54歳)になると、召された同世代の顔が浮かんでくる。高校時代、親しく交友したT君もそのひとりだ。

 ローマクラブ編「成長の限界」に感銘を受けたT君は、16歳でエネルギー問題に取り組むことを決意し、東大から通産省(現経産省)に進む。10年近く前、訃報に触れてネットを検索し、T君が政官界で〝将来の首相候補〟に挙げられていたことを知る。

 「○○(俺の姓)は将来、仕事で下らんことを書き散らかしてるわ」……。T君は俺の未来をほぼ正確に見通していた。仕事ではないが、俺は当ブログで下らぬことを書き散らかしている。15年もすれば、一途でちゃめっ気たっぷりのT君とあの世で再会できるだろう。

 北アフリカや中東で体制を揺るがした民衆の決起、身を賭した中国での民主化闘争、アメリカ各地で州議会を包囲した10万人規模の反組合法集会、現在進行中の英国の叛乱……。3・11以降、反原発デモに多くの人が参加しているとはいえ、日本人は総じておとなしい。

 日本人が<抵抗の力学>を失った理由をあれこれ考えていたが、整理記者Yさんが教えてくれた「正常性バイアス」もヒントのひとつになった。<自然災害、事故、戦争など深刻な事態が待ち受けている時、人間は都合の悪い情報を過小評価する傾向がある>というのが概要で、災害心理学の分野で生まれた定義という。「ペスト」(カミュ著)のリウー医師らのように災禍に立ち向かう者は少数なのだ。

 俺自身にも思い当たる節がある。知人の編集者の失踪や出版社の外注カットなどが重なって収入が激減し、〝公園デビュー〟が間近に迫った時期、俺は生活の質を一切落とさなかった。運だけで崖っ縁から帰還したが、俺はあの頃、正常性バイアスに縛られていた。

 太宰治は「右大臣源実朝」で<平家ハ、アカルイ。アカルサハ、滅びノ姿デアロウカ>と記した。日本人の死生観、滅びの美学を端的に表現した作品と評価されているが、正常性バイアスに照らしてみると別の見方も可能になる。

 日本人は3・11以前から、正常性バイアスに縛られていた。少子高齢化が進行すれば人口は今世紀中、確実に半減するが、政府は有効な手段を講じない。右派は解決策のひとつである移民受け入れに反対するが、英会話が出世の便法になり、韓流が浸透するこの国で、文化的潔癖を主張しても意味はない。

 NHKは昨日(13日)、<福島で1149人の子供を診察したところ、半数以上の甲状腺から放射能が検出された>と報じた。良心的な研究者が警鐘を鳴らした通りの事態が進行している。ようやく日本で公開された「チェルノブイリ・ハート」(03年)を初日に見た友人は、「やるせなくて涙が止まらない」とメールを送ってきた。旧ソ連と日本では面積と人口密度の桁が違う。福島原発から230㌔の東京もまた、ホットポイントなのだ。

 体内被曝の危機に直面している日本の若者の多くは、正常性バイアスに縛られているのではないか。「わたしを離さないで」のキャシーやトミーのように理不尽を宿命として受け入れないことを願うと同時に、俺は罪の意識に苛まれている。全共闘世代と俺たちの世代の転向と無為によって完成した超管理社会が、若者たちを馴致してしまったのだから……。
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