酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「人質の朗読会」~極限状況で相寄る魂

2011-05-07 02:01:41 | 読書
 ビンラディン容疑者殺害で、オバマ大統領の支持率が急上昇した。憎しみの連鎖は増幅するばかりなのに、熱狂する国民の姿に、アメリカ民主主義の幼さを実感した。

 菅首相が浜岡原発全原子炉停止を中部電力に要請する。地震の可能性を考えれば当然の判断だが、政府は原発が壊した言論の自由、交付金依存の脆弱で醜悪な構図を直視し、地方自治再建に向けた道標を示すべきだ……と書いてネットで記事を確認し、愕然とする。防潮堤ができるまでの期間限定というから、全く無意味である。前々稿に記したように、田中三彦氏は揺れそのものが原発に大きな打撃を与えたと主張している。ほんの数時間だが、菅首相に騙された俺がアホだった。

 将棋界の保護者だった団鬼六氏の冥福を、心から祈りたい。官能小説を読んでいない俺にとり、最高傑作は「真剣師小池重明」(幻冬舎アウトロー文庫)だ。小池の盾であり続けた団氏は、手ひどい裏切りに何度も遭いながら、才能を惜しんで赦してきた。魅力に溢れる男の破滅を描いた同作は、壮絶な愛の物語でもある。

 さて、本題。肌寒かった亀岡で小川洋子著「人質の朗読会」(中央公論新社)を読んだ。八本の淡色の糸で織られ、爽やかな余韻が去らない物語である。小川作品を読むのは初めてだったが、映画「博士の愛した数式」(06年、小泉堯史監督)には感銘を受けた。深津絵里に胸キュンになったことも大きかったけど……。

 「人質の朗読会」は極限状況で企図された試みだ。南米でゲリラに囚われた八人の日本人が、自らの人生を振り返り、印象的な出来事を作文にして朗読する。人質の間だけでなく、言葉を理解できない犯人グループにも和みが浸潤していく気配を伝えるのは、語り部である特殊部隊隊員だ。

 盗聴によって状況を探る彼は、本好きの祖母に連なる思い出から、日本語に親しみを覚えている。朗読に聞き入りながら、以下のように独白する。

 <このまま朗読会がいつまでも続いたらいいのに。そうすれば人質たちはずっと安全でいられるのに。時に私は本来の任務とは矛盾する願いにとらわれ、自分でも戸惑うことがあった>……

 記憶に残る場面を選ぶという点では、「ワンダフルライフ」(99年、是枝裕和監督)と似ているが、死が間近に迫った状況ゆえ、カラフルで華やいだ瞬間は思い浮かばない。川面に落ちた雨は、交わらぬ弧を描いた刹那、沈んでいく。そんな距離感で相寄る魂に紡がれた物語が、八夜にわたって朗読される。透き通った作者の眼差しに心が潤む八幅の水彩画だった。

 俺が最も心に染みたのは、隣人と少年のひとときの交流を描いた第五夜「コンソメスープ名人」だが、読む者それぞれの温度と湿度によって、琴線に触れるエピソードは違ってくるはずだ。作者の遊び心を感じたのは、シュールで寓意に満ちた第三夜「B談話室」だ。

 「B談話室」の主人公は作家で、校閲者だった時期の思い出を語っている。校閲の本質、校閲者の宿命を小川ほど鮮やかに記した作家はいない。校閲という仕事について知りたい方は、本作の76㌻を立ち読みしてほしい。三流の校閲者たる俺は、記述と程遠いことを重々承知しているが……。

 読了後、まず頭に浮かんだのは、避難所で暮らす人々だ。朗読会ではないにせよ、自らの思い出や記憶を語り合っている被災者も多いだろう。互いの言葉に感応して心を癒やすことこそ、希望への第一歩だと思う。


コメント (2)
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